第35話 補佐職員の仕事とは

「そうですね。まずは、何故一軒だけに現象が起きているのかですね」


 大津はそう言って、畳の上に置かれているタブレットを持ち上げて操作しだした。そして、私からは見えないけど、三人に向かって何かを見せる。


「昭和の頃の航空写真です。国土地理院のサイトから見れます」


 ああ、先に過去の地図を見ちゃったのか。そっちの方が手っ取り早いからいいのだけど……今の現状から推察して欲しかったなぁ。


「山裾にある集落から真っ直ぐに道が伸びてます。集落の奥には広い空き地があり、山頂になにやら構造物のような物の鱗片が見えます。そして、問題の家がある場所の道の側に何かがあるように見えます」


 昔の航空写真だけど、家の一軒一軒の屋根の形まで確認できるものだと以前に確認している。ただ、細かいものはそこまで拡大して見えない。それが今の航空写真とは違うところだね。


「こういう場合によくあるのが、神仏分離令による影響ですね。空き地に寺があったのではないのでしょうか? それが現在西側に移っていると。そして山頂にあるのは神社です。それは今の地図でも記載があります」


 小高い山の上にあるのは神社だということは、あの山は霊山として崇められているということだ。


「そして、問題の家がある場所です。時折あるのが、参道に鳥居の足だけのこされているものですね。恐らく道路として使うには鳥居が邪魔だったのでしょう。門として機能しなくなっているのではと、考察しました」

「うん。100点だね」


 悪意をもって人を貶しいめようとしているのであれば、別の話になるのだけど。

 新興住宅街で、その家だけおかしいという不自然さは、土地柄として何か問題があると見るべきだ。


「鳥居の件までわかるって凄いね」

「昔の神社仏閣の敷地を考えますと、鳥居の位置としては無難かと思いましたから」


 そうだね。どこの神社の鳥居だっていうぐらい。道の向こう側にある鳥居を見かけたことがあるから、頭の隅には入れておいた方がいいだろうね。


「はい。ということで、あの家の下には鳥居の足が埋まっている。さて、どうする?」

「あの……何故鳥居が関係するのでしょうか?」


 私は榕と若月に聞いているのに、寿が質問してきた。私は貴女の指導する立場じゃないから、答えないよ。

 そういうのは大津の仕事だ。


「え? わからないのですか? 学校で何を勉強してきたのですか? 初等科からやり直してください」


 大津……それを指導するのが、大津の仕事じゃないの?


「代わりに榕様。お馬鹿な寿にわかるように教えて差し上げてください」

「え! 俺!」


 突然の指名に榕はオロオロとしだす。その榕に『さっさと答えてください。話が進みませんわ』と冷たい視線を若月は送る。そして、言葉を考えながらなのか、斜め上に視線を向けながら榕は答えだした。


「あー。確か……鳥居は門。神域につながる門。だから鳥居をくぐる時は挨拶が必要で……死者の魂は死の状態のまま苦しみ続けるから、神さんに助けを求めるために、鳥居をくぐるんだ。でも門である鳥居が壊されている。だから入れないから……入口で溜まっている? 無理じゃねぇか! それは祓っても開いていない門の前に溜まっていくしかない」


 かなり厳しい状況なのが理解できたのか、榕が騒ぎ出した。


「うるさい」


 その榕を鬼頭は一言で黙らす。そして鬼頭に向かって土下座をする榕。そこまでする必要はないと思うけど。


「現状の理解はできたかな? それじゃ、明日の朝までに、どうすればいいのか考えておいてね」


 そう言って私はソファーから立ち上がる。私も今から準備をしておかないといけないからね。


 部屋を出ていこうとすれば、私は引き止められてしまった。


「私は何か失礼なことをしてしまったのでしょうか」


 寿である。別に何もされてはいないけど、寿は私の担当ではないし、特に言うことはない。


「私の担当は藤宮だから、貴女に何かをいう立場ではないよ。そういうことも教えておくことじゃないのかな? 大津」

「私は本来ならここにいない立場ですので、それは直接上司から言ってもらいましょう」

「そう? その辺りのことは、私にはわからないから、そっちで話をつけて欲しいね」


 それだけを言って部屋を出る。

 私の立場が特殊だから何か勘違いしているようだけど、私に取り入っても何の特にはならない。


 私の立場は鬼頭に依存するので、鬼頭家のみに有効だ。そんな私に取り入ろうとした職員がいたけれど、陰陽庁としてはただの学生であり、陰陽師見習いという立場に過ぎない。


 取り入りたいのであれば、第一線で仕事をしている陰陽師たちにすればいいことだ。


 さてと、今から仕込みにかかりますか。







「くー! 死ぬかと思った。十環姉の鈍感さが欲しい!」


 真白と鬼頭が出ていくまで土下座をし続けていた榕は、そのまま畳の上で力なく伸びた。


「寿! 貴女、馬鹿ですの! 何故、真白様に声なんてかけたのですか! それもあんなつまらない質問を!」


 そして若月は後ろを振り向いて、自分より年上の女性を叱りつける。

 自分より年下である少女から怒られた寿は不満そうな顔をして俯いていた。


 学生であり陰陽師としての能力を有する者と、成人して陰陽庁で一般職員として働く者は目に見えて区別されていた。

 こういうところが能力者と無能力者の格差を広げていき、歪さを生み出しているのだろう。


「つまらないって……」


 寿としては、本当にわからないことだった。何が悪かったのかもわからない。鬼頭真白に声をかけても、寿とは話をせずに同じ職員の大津と話をしたのだ。まるで寿の存在が無いかのように。


「寿さん。貴女は勘違いしているようですが、今回の貴女の仕事はなにですか? できていると思っているのであれば、勘違いも甚だしいものです。私を頼った時点で貴女の今回の仕事の評価は最低だと言っておきますよ」

「大津。俺には優しくして欲しい。さっきのやつ、もう心臓バクバクだった」


 笑顔で毒舌を吐く大津に榕は、今言われるとメンタルが保たないと、先に宣言したのだった。

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