第13話 十環の式神が放置されていた
「ばぁ。ただいま」
仏壇というより、小さな机の上に木の板が立っているだけのところに向かって手を合わせる。
ばぁの墓はない。あるのはこの木の板だけだ。そう、これは土に還す骸がないということを意味している。
まぁ、言わずもがな。鬼頭の嫁の最後は鬼頭に食われるということだ。
ばぁに、帰ってきた挨拶を済ませた私は振り返って、鬼頭に問いかける。答えは決まっているけど。
「今日は遅くなってしまったから
「ああ、好きにしろ」
まぁ、そういうだろうね。
夏だから、ツルツルと食べられる素麺がいいよね。私は立ち上がって台所に向かう。
鬼頭は別に人の食べ物を食べないというわけではない。なんというか、おやつ的な感覚で、人が食べる食事を取っている⋯⋯らしい。
空腹を紛らわすという言葉がしっくりくるだろうか。とは言っても私の腕一本では小腹は満たせても、満足感は得られない。
だから空腹を紛らわす食事の量が半端なかったりする。
私が住んでいるところは、いつの時代の建物だという昔ながらの平屋だ。
昔は土間の炊事場だったところは、一部が板の間のキッチンになっている。
ばぁがいた頃にはなかった冷蔵庫や、システムキッチン、ガスコンロが備え付けられた。が! 私は昔のまま残っている土間に降りて、カマドに火を入れる。
そして両手で抱えるほどの釜に水を入れ沸騰するまで薪を焚べた。
そう、ガスコンロで賄える量の食事ではないのだ。ばぁと初めてあったときに、ぜんざいを沢山作っていると言っていたのは、あれは鬼頭用だったらしい。
ということはだ。普段立ち入らない炊事場に鬼頭があの時現れたのは、自分が食べる分を私にやるなと文句を言いに来たのだと、今は内心思っている。口には出さないけどね。
だからシステムキッチンがあってもガスコンロは殆ど使っていなかったりする。お茶のお湯を沸かすぐらいかな。
お湯が沸騰したら乾麺の素麺の束の封を切って投入する。そして業務用だろうという木の棒でかき混ぜた。
茹で上がったら、巨大なザルに上げて、土間の端にある組み上げ式の井戸水で冷やす。
私の分だけ皿に取り分けたら、後は何人前だという素麺をザルのまま大皿に乗せた。
あとは薬味を切って素麺のつゆの瓶をドンドンドンとお盆の上に乗せて、全部いっぺんに持っていく。
え? 持てるのかって?
いや、私が人かと言えば正確には人ではないからね。
片手にお盆。片手に大皿を持って、足で引き戸を開け、水屋を通って居間の襖も足で開ける。
「真白。行儀が悪い」
「両手が塞がっているしね」
丸い卓上にドンドンと皿を置く。鬼頭は縁側にいてこちらに視線を向けていないのに、私の行動を注意してきた。
私は、ばぁじゃないからね。そんな行儀良くできないよ。
そして既に一升瓶が横倒しになって、二本目が開いている。鬼頭は、一人で晩酌を始めていた。
「鬼頭。できたよ」
しかし鬼頭からの返事はない。庭が気になるのか、縁側から庭に視線を固定している。
何かあるのだろうか。裏庭には一週間放置した畑があるけど、南側の庭には特に何もないはずだ。
「何か気になるものでもあるの?」
私は興味津々で縁側に向かう。
すると、庭の先の高い塀の向こう側に発光物が浮いていない?
いや、よく見るとずんぐりむっくりな白い文鳥が、常時張ってある結界を飛びながら小突いていた。⋯⋯いつから?
「鬼頭。あれいつからいるわけ?」
「帰って来たらいたが?」
「⋯⋯気付いた時点で言ってよ!
「異物が入ってくるのは癪に障る」
鬼頭は自分のテリトリーの中に、己が許容してモノ以外を入れることをとても嫌がる。
おそらく昔に何かあったのだろうけど、ばぁも知らないと言っていたから、もっと古い時代のトラウマなのだろう。
私は白い文鳥もどきがいる辺りの結界に穴を開ける。すると、その穴を通って文鳥が入ってきて、私の肩に止まるかと思いきや、縁側に落ちた。
落ちた? いや、何かを察して床に下りたと言い換えた方がいいのかも。
『マシロさま。とわさまより、伝言がございます』
鳥の鳴き声のような甲高い声で、ずんぐりむっくりの白い文鳥が話しだした。それも、トットットと横移動しながら言っている。もしかして鬼頭から距離を取ろうとしている?
「
同じ鬼頭家の敷地内に住んでいるのだ。何もない塀がある方よりも、玄関の呼び鈴を鳴らしてくれたほうが、わかりやすいのに、十環の文鳥はいつも塀側から訪問してくるのだ。
『いいえ。めっそうもございません。小生が玄関から訪問するなど、おそろし過ぎて⋯⋯』
何? この怯えようは? もしかして私が居ないときに、何かあったのだろうか?
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