第6話 鬼頭サマがよくわからなくて……こわい

「まぁまぁ! どれほどここにいたの? 雪がこんなに積もっているじゃない」


 そう言って私の頭や肩に積もった雪を払ってくれたけど、私は誰とも会いたくなかった。だからその手を払う。


「いいの! 真白なんて、このまま死んじゃえばいいの!」

「あらあら、そのようなことを言っては駄目よ。あなたのお母様もお父様も悲しんでしまうよ」

「おかあさんは! 真白のせいで死んだの! 真白が悪い子だから死んだの!」


 すると体が温かなものに包まれた。

 その時は抱かれているとは思っていなかった。何故なら私は母に抱かれた記憶がなかったからだ。


「そんなことはないよ。子供は宝。マシロが悪いってことはないんだよ」

「違う。真白は悪い子だから! いらないって……」

「はぁ……この子の親は誰なのかねぇ?……そうだね。このばぁの子になるかい?」

「ばぁ?」


 声からして大祖父様より若い声なのに、ばぁとはどういうことなのだろうと気になって顔を上げる。

 そこには青い瞳の母親と変わらない歳の女性がいた。ただ、髪は白髪に黒髪が混じっており、祖父様とおそろいだと思った。


 それが鬼頭ユリ。当時の鬼頭の嫁であり、私の高祖母との出逢いだった。




「ほら、冷めないうちに、ぜんざいをお食べ」


 土間の部屋に通され、かまどから湯気が立ち上っている側で、私はお餅が浮いている御椀を渡された。

 赤茶色のお汁に豆が入っている?


「そこにお座り」


 式台に座るように言われ、木の板の床に腰を下ろす。高い式台は私の足を土間から浮かせ、冷たい冷気から遠ざけた。


「これ何?」

「おや、ぜんざいを食べるのは初めて? 甘くて美味しい食べ物よ。お餅はよく噛んで食べるのよ」

「甘い?」


 よくわからず、赤茶色いお汁を一口すする。


 甘い! 美味しい! こんなに甘くて美味しいものを食べたのは初めて!


 気がつけば、御椀の中は空っぽになっていた。もっと食べたいけど……我慢する。真白はいい子になるから。


 御椀を返すように差し出すと、御椀の中が甘いお汁に満たされて返ってきた。


「たくさんお食べ」

「食べていい?」

「たくさん作ってあるから、お腹いっぱいになるまで食べていいのよ」


 食べても怒られない。お腹いっぱい食べてもいい。

 お口の中が美味しいでいっぱいになる。


「それにしても前髪が長いね。切ってあげようかね」


 その言葉にビクッと震えた。

 私は一気にお椀の中を空っぽにして、土間の上に立ちあがる。両手に持った、御椀を突き返えした。


「もう、お腹いっぱい。ありがとう。もう帰る」


 この優しい人も真白の目を見ると怖がってしまう。


「あら? マシロは、ばぁの子になるんだよね?」

「いいの。帰るから」

「そう? いつでも、ばぁのところに来てくれていいから……あら? 鬼頭様。このような炊事場にこられるなんて、いかがされましたか?」


 鬼頭? 家の人は皆が鬼頭だから、名前で呼ぶようにって言われているのに?

 不思議に思い、ばぁが見ている私の後ろに視線をむけると、私を見下ろしている金色の目とあった。


 その瞬間、私はばぁの後ろに回って、その金色の瞳から身を隠す。


 私の目は見てしまった。あれは人の形をしているけど、人ではないモノだと。


「あらあらあら? どうしたのかしら?」


 ばぁは、隠れている私を前に引っ張り出して、人ではないモノの視線に私を晒す。


「マシロ。鬼頭様に挨拶をしなさい」


 あいさつ? なぜ?

 あれは人ではないのに?

 人ではないモノに声をかけても無駄なのに?


刀夜とうやの子か」


 鬼頭刀夜。それは真白の父親。だけど母と私が住んでいる別宅ではなく、本家の母屋で本妻と共に暮らしているので、年に数回会うぐらい。


 でも何故わかったのだろう?

 人ではないからわかった?


「マシロ?」


 ばぁは優しい人だけど、鬼頭サマはよくわからなくて怖い。


「はじめまして、鬼頭真白です」


 それだけを言って、ばぁの後ろに隠れる。鬼頭サマはなんだか怖い。


「ユリ。不要な者は結界内にいれるな。目障……」

「鬼頭様。お言葉を遮って申し訳ございません。このマシロはユリの子としました。不要では無く、ユリにとって大切な子でございます」


 ばぁは、声を荒げること無く淡々と話しているものの、その声には意思の強さがこもっていた。


 でも鬼頭サマは、ばぁの声に首を横に振る。


「その子供は刀夜の子だ。そもそもここにいるのがおかしい」

「では、鬼頭様自らマシロを親の元にお返しください。私はこの子と暮らすことを望みますので、親元には返しません」


 すると、鬼頭サマは土間に降りてきて、近づいてきた。私は金色の視線から逃れるようにばぁの着物にすがりつく。


「来い」


 私の腕が引っ張られるも、いやいやと首を横に振り、ばぁにしがみつく。だけど、その手をばぁに外されてしまった。


「マシロ。一旦お帰り。それでまた、ばぁのところに来たらいいの。刀夜に内緒っていうのはいけないからね」

「行くなら、ばぁと一緒がいい」

「あら? どうして?」

「鬼頭サマがよくわからなくて……こわい」


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