第5話 幼子のご機嫌を取るように鬼頭は言葉を連ねる

「そこのスマホを見ている貴女。誰だか知らないけど、そこは私の席だからどいて」


 正確には私の席ではなく、式神である鬼頭の席だ。すると自分のことを言われたとわかってくれたのか、スマホから私に視線が移る。


「キモっ!」


 私を見た第一声がそれだった。

 その言葉に周りがシーンと静まり返る。そして教室中に緊張感が走り、窓から逃げる者、自分の周りに結界を張る者、壁を抜けて逃げ出す者がいる。


「全部白目ってキモすぎ! ここっておかしな人が多いけど、白目だけってないわ」


 真白の名前の由来になったもの。それが全てを見通すと言われる見鬼が持つ瞳のことだ。瞳が銀色のため、人によっては目に色がないように見えてしまう。


 だから里の外に行くときは黒色のコンタクトを入れていた。


 こうも面と向かって言われたのは久しぶりだ。


 すると廊下側の壁一面に亀裂が走る。


「お前。真白に何を言ったんだ?」


 鬼頭を見るといつの間にか赤黒い刀を抜いていた! それも金色の瞳に光が宿っていた。これは流石に死人が出るよ。


「鬼頭。刀を抜くのは駄目だよ」

「だったら殴ればいいのか?」


 と鬼頭が言った瞬間に、亀裂が入った壁が瓦解する。

 ああ、また私が怒られるじゃない!


「早退するって先生に言っておいて!」


 そう言いながら鬼頭の背中を押して、教室の外に出ようとしても、鬼頭はびくとも動かない。

 わかっている。私の力では鬼頭は制御できないということを。


「見鬼を蔑む者は死ね」

「……真白は大丈夫だから……今日は一緒に帰ろう」


 だから私は幼子のようにお願いする。腕にすがってお願いする。すると鬼頭は私に視線を向けてコクリと頷いた。そして幼子を抱えるように片腕で抱き上げる。


「こいつの監督者は誰だ」


 鬼頭は辺りを見渡しながら尋ねた。だけどここに残っているのは、私達のことを呆然と見上げている名前もしらない女の子と、十環だけだ。今まで教室内にいた者達は、鬼頭が刀を抜いた時点で、この場から逃げ去っていた。


 だからこれは十環に尋ねたのだろう。


「指導科の柳森さんです」

「わかった」


 鬼頭はそれだけを言って、教室を出ていく。その私の耳がおかしな言葉を拾ったのだけど、きっと気の所為だろう。

 そう、鬼頭に刀を向けられたのに、カッコいいとか言うはずはないもの。



「真白は可愛い。だから泣かなくていい」

「泣いてないよ」

「八坂の饅頭屋に寄って帰ろう」

「だから泣いていないよ」

「饅頭は好きだろう?」

「好きだけど」


 鬼頭は幼子のご機嫌を取るように、私に話しかける。いつもはあまり口を開かないけど、こういうときは言葉数が多くなる。


 原因は勿論私にあった。



 鬼頭と初めてあったのは鬼頭家の集まりとかではなく、私の母の葬儀の日だった。

 あの日は燃えるような赤い紅葉が山を覆う季節だったにも関わらず、雪がちらついてとても寒かったのを覚えている。


 葬儀は本家の母屋の隣にある別宅で行われていた。私は母の葬儀中にも関わらず、その場にいることができずに逃げ出したのだ。


 何故なら弔問客から向けられる視線が、私の所為で母が亡くなったのだと責められている気がしたからだった。


 私の母は父の二人目の妾だった。それも里の外から来た人。たぶん父の見た目に騙されたのだろうと今は思っている。


 鬼頭家は複数の奥方を持つことを否定していない。何故なら子供が出来にくいからだ。

 ここに暮らす人たちは、それが当たり前だと思っているし、鬼頭家に妾でも一族に加えてもらえるのであれば、一生苦労しなくていいと言われている。だからこの里では一種のステータスとなるのだ。


 だけど、外から来た母は違った。


 私の事を気味が悪い子だとか。本妻の子に負けているだとか。産まなければよかっただとか。幼い私に言い続けていた。


 これは外の世界と隔離されたこの里の習わしに母が受け入れられなかったことと、鬼頭家がどういう存在か理解できなかったから、私に八つ当たりしていたのだろう。


 今思えば母は精神的に参っていたとわかるのだけど、当時の私は母に好かれようと無駄な努力をしていた。

 それが追い打ちをかけたのだろう。


 山から冷たい風が吹き下ろしてきた日に、母は凍りつくような庭の池の中に浮かんでいた。私は5歳だった。


 私は葬儀を抜け出して、闇雲に走っていき、葉が落ちた大きな木の根元に身を隠すように縮こまっていた。


「あら? こんなところで、どうしたの?」


 庭の木の根元にうずくまっている幼い私に、声をかけてきた人がいたのだった。



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