第2話
それからガルーといくつかの話をして、『私』と彼は『おばあさん』の家に向かうことにした。
ガルーは、二人を殺した罪でお腹に石を詰められたという。
私――『私』の意識が入る前の少女と、もう一人。
でも、巻き戻ったことで――そのもう一人も救えるんじゃないかという結論に至ったからだ。
「アッ、そこ、足元悪い……き、き、気を付けて」
「あ……ありがと」
ガルーが指した先には木の根が張り出していた。
彼が言うように、森の中はぼこぼこしていて歩き辛い。
「う、うん……ごめ、んね……ここ、抜けたら、もっとちゃんとした道になる、から」
「それもあるけど……『私』、あんまり歩いたことがなくて」
「カルミナ……あ、違うね……『君』は、何て呼んだらいいかな」
「……この子、カルミナっていう名前なの?」
「アッ、うん……でも、今話している、き、君は……違うよね」
「……『私』、
「ヤマナシミナ?」
「ミナ、でいいよ……ええっと、多分こことは文化が違う国の、未来……もしかしたら、違う世界から来た……と思う」
「あぁ、成程……まぁ、そういうこともあるかぁ」
……どうしてかガルーは、『こういうこと』に関しては理解が早い。
本人は言い難そうにしていたけど、『家系的に、そういうことに縁がない訳でもない』とのことだった。
それに、目的からしたら些細な事だ。ともかく、『私』もガルーも『二回目の死』は避けたい。
「じゃあ、ミナ……ええと、君も、さっき死んだ、って」
「……あぁ……体がね、弱かったの」
「
「ロウガイ?」
「あーっと……咳が一杯出る、病気?」
「ううん……悪い所ばっかりで、どこっては言えないくらい。だから、えっと……森を、歩いたこと、ないの」
スミレ畑から、ここまで体感で十分くらい。それでも、息は上がらない。
緑の匂いや、鳥の声。そんなものに気を取られるのもあるけど、そもそも経験がないのだ。
そう告げれば、考え込んだガルーはしゃがみこむ。肩越しに、柔らかく笑って。
「そうしたら、ここ抜けるまでは」
挙動不審ではないその発言に、思わず心臓が跳ねた。
けど、その綺麗な笑顔は長く続かない。『私』の沈黙に、またガルーは慌てだす。
「え、や、ハイジに何回かしてたから、そ、それに、僕は歩き慣れてるし、その、他意はなくっ……」
「ううん……ごめん、森を歩くの、初めてだと、歩き辛いしっ……」
「アッアッごめ……ごめん、驚かせるつもりもなくてっ……」
「うん……ありがと、でも、ガルーが不便じゃない?」
「ううん。この辺りなら、日中なら獣も出ないから」
その発言に、そう言えば狩人と言っていたな、とぼんやり思う。
彼が言うなら、大丈夫なのだろう。歩き慣れていないのは事実なので、有難く甘えさせてもらう
『私』を難なく背負ったガルーは、何も言わずともバスケットを持ってくれた。
高くなった視界に、ちょっとだけテンションが上がる。
まだ歩けた頃は病院の屋上から街を見下ろしたことがあったけど、それとはまた違った高さだ。
「……そ、そう言えば、み、みみみ」
「耳?」
「み、みみみみ、ミナ、は……この先、を……知ってるって、言ってたね」
ガルーは人に対すると、途端にこうなる。
『不思議なこと』を考える時のように喋って欲しいけど……難しいのだろう。多分。
出かけた溜息を飲み込んで、それに頷いた。
「童話で、似た話を読んだことがあるの」
「ドウワ」
「うーんと……物語、って言っていいのかな。子供向けの」」
「ああ、成程……ミナは未来か、違う世界からら来た、って、言ってたよね?」
「うん……推測、だけど」
「な、なら……ここでの出来事が、そういう形で伝わったのかもしれない。違う世界なら、似たことがあったのかも」
「……ガルー」
「ヒッ……ハ、ハイ!」
「あんまり、驚かないのね」
『私』が未来から来たことも。
この先を知っていることも。
普通なら驚きそうな部分で、逆にガルーは冷静に話す。
疑問に思ったそれに、答えは少し遅れて返ってきた。
「僕は、えっと……良き隣人や旧い神々に馴染があって……彼等の気まぐれは、何を引き起こしても不思議じゃない」
「良き隣人?」
「……海の向こうだと『妖精』とか言ったかな。人の世の隣で生きる、気まぐれな隣人達だよ」
「……それが、さっき言ってた『家系的に縁がある』?」
「ウン……あと、えっと……悲惨な事件は、ぼかして、物語の体で伝わることが多いから」
「……そう、なんだ」
「そういう話を集めている人もいるって、エスメラルダ……君の、おばあさんも言っていた」
そこで、近くの茂みが大きく音を立てた。
ガルーの動きは早かった。『私』を背中に隠して、身構える。
「なんだ、ガルーか」
「アッ……ま、マルコ、さ……ど、どど、どうも」
出てきたのは背の低い、髭の生えた男性だった。暗い色の髪に白い物が混じって、ゴマ塩、という言葉が頭に浮かぶ。
ガルーと違って服が汚れているのは、山の中を歩いてきたからだろうか。
「そんな睨むなよ、穏やかじゃねぇな」
「……け、獣、かと思った。い、い、今、手、塞がってるから」
「雉撃ちだよ……そっちのお嬢さんは?」
ぎょろりとした目がこちらを見る。思わずガルーの背中に隠れかけて、慌てて頭を下げた。
「……あぁ、バアさんとこの」
「う、ん……お見舞い、街道、抜けるの、ここ、早い」
「お前さんが嬢ちゃんと歩いてるのは珍しいな」
「ヒッ……あ、あの、危ない……し、転んだ、みたいで……」
「……まぁなぁ。狼は無くても、遅く生まれた熊の子はまだ親といる時期だ」
途切れ途切れのガルーの言葉に頷いて、『マルコ』と呼ばれた男性はこちらにやってくる。
少しだけ、つんとした匂いがした。
じろじろと『私』と、それからガルーを見たその人は、唇を歪めたかと思うと「気を付けろよ」と手を上げる。
ガルーはそれに頷いて、その人は『私』達が歩いてきた方へと進んでいった。
「……ガルー」
「どうしたの、ミナ?」
「今の人、は?」
「マルコさん、去年この辺りにやってきた樵で、偶に街の狩りを手伝ったりしてる人」
ガルーは特に気にした様子もなくそう言う。
そうして肩越しに『私』の様子を見て、「森の中で人が出てきたら、驚くよね」と笑ってくれた。
挙動不審ではないその笑顔に、ふぅ、と息が落ちる。
「……うん。この辺り、雉もいるの?」
「雉?」
「今の人、雉撃ちって言ってた。その割には、背中に銃を持っていなかった気がするけど
そう言えば、ガルーの口からは「アアアアアアア」と、よく分からない音が出てくる。
どうしてそういう反応になるのか分からず首を傾げる。ガルーは一頻り唸って、それからごんと、木に頭をぶつけた。
伝わった衝撃に、思わず肩が跳ねてしまう。
「ガルー?」
「……み、みみみみみ」
「み?」
「ミ、ミナみたいな、お嬢さんは、まだ……知らなくて、いいと思う」
「……何それ」
「……僕、からは、説明できない……」
呻きながらそう言うガルーは、なんとも言えない顔をしていた。
なんだそれは、と思ったけれど――下手に突っついて、また挙動不審になられても困る。
「分かった……とりあえず、先に向かいましょうか」
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