第26話 カルロスという男!

ボリビアの片田舎、貧しい農村で育ったカルロス・メサ・ロペス。彼は4人の弟妹と2人の姉を持つ長男であり、大家族を支えるために幼い頃から重い責任を背負っていた。父は農業を営んでいたが、痩せた土地と過酷な気候のため収穫は不安定で、家族全員が飢えとの闘いを続ける日々だった。




カルロスは粗野で短気な一面を持ちながらも、周囲から慕われる不思議な魅力を持っていた。家族や近所の子どもたちの面倒をよく見ており、そのリーダーシップは幼い頃から際立っていた。どんなに苦しい時でも、カルロスは家族や友人を守ることに全力を尽くしていた。それが彼の強さであり、彼の人生を支える信念でもあった。




出稼ぎへの決断


13歳のとき、カルロスは家計を助けるために首都ラパスへ出稼ぎに行くことを決意した。彼は家族にこう言い残した。


「俺が働けば、みんな少しは楽になるさ。」


親の反対を押し切り、わずかな荷物を背負い、一人でラパスへ向かった。




しかし、彼には頼れる親戚もコネもなく、ラパスでの生活は厳しいものだった。最初の数週間は、路地裏や市場で寝泊まりしながら、日雇いの仕事を探して歩き回った。工場や農園の管理者に頭を下げ、仕事を懇願する日々が続いた。サトウキビや綿花の収穫、コーヒー農園やバナナ畑での力仕事、工場での単純作業など、どんな仕事も断らずに請け負った。日銭を稼いではそれを家族に送り、わずかに残った金で自分の食事を賄う生活だった。




15歳のとき、カルロスは街の片隅で麻薬組織の末端構成員3人と遭遇した。彼らはカルロスに目を付け、金を巻き上げようとした。もともと腕っぷしの強さには自信があったカルロスは、彼らの要求を拒否し、逆に叩きのめしてしまった。しかし、これが彼の人生を大きく変えることになる。




翌日、カルロスは組織の報復に遭った。組織の構成員たちに捕らえられ、薄暗い地下室に連行された。腕力ではかなわない相手に囲まれ、彼は初めて自分の無力さを痛感した。




地下室での取り調べは過酷だった。組織の幹部はカルロスにこう言った。


「お前、なかなか肝が据わっているな。だが、この世界では腕力だけじゃ生き残れない。」




カルロスは命を落とすか、組織に入るかの選択を迫られた。そして、生き延びるため、彼はやむなく組織の一員となることを決意した。




組織での初期の日々


カルロスは最初、末端の雑用係として扱われた。汚れ仕事、運搬作業、使い捨てのような任務を押し付けられ、理不尽な暴力にも耐えなければならなかった。しかし、彼はそこで諦めなかった。家族に仕送りを続けながら、組織内での立場を少しずつ高めていった。




カルロスは持ち前の胆力と知恵を発揮し、次第に幹部たちの信頼を得るようになった。ある日、彼が密輸の任務で窮地に陥ったとき、冷静な判断力と大胆な行動で仲間を救ったことで、組織内での評価が一気に高まった。


カルロスは、組織に取り込まれたことを後悔しながらも、生き延びるために従うしかなかった。彼の心には常に家族を思う気持ちがあった。自分が泥にまみれてでも家族を養い、守るという信念が、彼を突き動かしていた。




一方で、カルロスは次第にこの世界の非情さを学び、必要とあれば暴力も辞さない冷徹な一面を育てていった。彼が農村で育った頃の純粋な少年の面影は、少しずつ影を潜めていく。それでも彼の中には、家族を思う優しさと仲間を守る責任感が消えることはなかった。




カルロスはこの時からすでに、自分がただの駒で終わるつもりはなく、いずれこの世界でのし上がり、自分自身の運命を切り開くという野心を抱くようになっていくのであった。






カルロス・メサ・ロペスにとって、25歳の年はその後の人生を決定づける大きな転機となった。所属する麻薬組織の首領が急逝したのだ。組織内は混乱に包まれ、首領の長男が跡目を継ぐことになったが、彼は典型的な「ボンボン」、つまり親の力だけで生きてきた無能な男だった。




長男は権威を笠に着て振る舞いは傲慢そのものであり、組織内の士気を急速に下げていった。さらに彼のリーダーシップの欠如が組織を不安定化させ、カルロスを含む多くの構成員が次第に不満を募らせた。




反旗の決意


カルロスは以前から組織のやり方に対して不満を抱いていた。弱者からとことん搾取し、彼らを食い物にする手口は彼の信念に反するものだった。幼少期の貧困体験が、彼に「弱き者を守る」というひそかな信念を植え付けていたのだ。




首領の死後、後を継いだ長男の無能さを目の当たりにしたカルロスは、この組織には未来がないと確信した。そして、その時期が自分の新たな一歩を踏み出す機会だと感じた。




「俺が動かなければ、組織も俺自身も滅びるだけだ。」




カルロスは決意を固め、ついに反旗を翻した。




カルロスには、長年組織で培った経験と人望があった。彼の指導力と実力を評価する者たちは少なくなかった。特に、現場で汗を流す末端の構成員たちの間では、カルロスは「頼れる兄貴分」として知られていた。彼の呼びかけに応じ、組織の約五分の一のメンバーが彼に従った。




一方、首領の長男を支持するのは、権力を握る幹部たちとその取り巻きだった。彼らはカルロスを「裏切り者」と呼び、容赦ない粛清を始めた。このことが内部抗争をさらに激化させ、組織は血で血を洗う戦いに突入していく。




激闘の果て


カルロスは戦略的な頭脳と圧倒的な実行力で対抗勢力を次々に打ち破っていった。彼は無駄な犠牲を避けつつ、敵の弱点を的確に突く作戦を展開し、自身も前線に立って戦い続けた。




最終的に、組織の長男派閥は壊滅した。カルロス派はこの激しい抗争を生き延び、組織の支配権を手に入れた。しかし、それは多くの犠牲を伴うものだった。抗争で失われた仲間たちを思い、カルロスは心の中でこう誓った。




「二度と無駄な血は流させない。俺の手で、この組織を変える。」




新たな組織の形


内部抗争後、組織は弱体化していたが、カルロスのリーダーシップのもとで徐々に立て直しを図った。彼は従来のやり方を見直し、以下のような改革を行った。




地域貢献活動


カルロスは麻薬取引の利益の一部を地元住民に還元する政策を打ち出した。学校の建設、医療支援、インフラ整備など、地域社会への貢献を通じて住民たちの支持を得ることに成功した。




構成員の待遇改善


組織の末端メンバーにも公平な報酬を与える仕組みを導入し、彼らの士気を高めた。これにより組織全体の結束力が向上し、内部抗争の再発を防ぐことができた。




非暴力的な交渉路線


カルロスは過剰な暴力に頼らない方針を掲げた。対立組織との紛争においても、交渉や取引で解決を図ることが増えた。


これらの改革により、カルロスの組織は勢力を拡大し、やがてボリビア国内外に影響力を持つ一大麻薬組織へと成長していった。




しかし、カルロスの中には常に矛盾と苦悩が存在していた。彼の改革は一見すると善意に基づいているように見えたが、根本的には麻薬取引という違法行為を基盤としたものだった。




彼は自分の行動が家族や地元の人々を守るためだと信じていたが、その一方で多くの人々を苦しめる麻薬の流通に手を染めている現実を受け入れざるを得なかった。


カルロスの組織はシンたちが現れるまでは順調に勢力を拡大していた。しかし、その裏には常に不安がつきまとっていた。


「いつか、俺たちよりも強大な力に屈する日が来るのかもしれない。」




その不安は、シンたちが姿を現したときに現実のものとなるのだった。

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