第25話 祝宴と協力者!

全世界の麻薬組織にとって、この一夜は悪夢そのものだった。わずか数時間のうちに、コロンビア、アフガニスタン、パキスタン、ブラジル、エクアドル、ペルー、メキシコ、中国、ナイジェリア、ベネズエラ、――10ヶ国に点在していた強大な麻薬組織の拠点が、謎の存在によって壊滅したのだ。だが、その裏で繰り広げられた苛烈な戦いの影響は外部に一切漏れることなく、すべての痕跡が消え去っていた。人々がそれを知るのは、翌朝のことになる。




一方そのころ、宇宙船【エリシオン】の艦内では、静寂とは対照的に和やかな空気が流れていた。戦いを終えた「エリシオン」のクルーたちは、食堂に集まり、華やかな宴を楽しんでいた。


煌びやかなライトが照らす広い食堂。長いテーブルには美味しそうな料理やデザートが並べられている。フレッシュな果物に豪華なワイン、特製ディナーが次々とサーブされていく。




「おう、お疲れ様、みんな!」


艦長であるシンが杯を掲げると、クルー全員がそれに応じて声を上げた。




「乾杯!」




数時間前までの過酷な戦場での緊張感はどこへやら、今では彼らの顔に笑顔が広がっている。そこには、戦いを終えた者だけが味わえる解放感と、同じ目的を共有する仲間たちとの絆があった。




「ミリア、いい子にしてたか?」


シンは食堂の片隅で待っていた少女、ミリアに声をかけた。




「うん!」


ミリアは無邪気な笑顔で答えると、飛び跳ねるようにしてシンの元へ駆け寄り、彼に抱きついた。その小さな体は、シンにとって戦場の狂気を忘れさせる癒しだった。




ミリアはその後、クルー1人ひとりの元へ向かい、感謝のハグを贈っていく。ヤシャスィーンは「本当に良い子ねぇ~」と言いながら頭を撫で、エマは「怖い思いをさせなくてよかった」と優しく微笑んだ。シグはハグの後「ウチと一緒に食べよう!」「うん!わあ~美味しそうな料理がいっぱい!」そのやり取りをシンたちは微笑ましく見ていた。




艦内での談笑


食事が進むにつれ、話題は自然と戦いの結果へと移っていった。




「で、次はどうするの?」


ジラーが豪快に肉を頬張りながら尋ねた。




「麻薬組織の残党がどう動くか、それを見極めるのが先だな。」


シンはグラスを傾けながら答える。




「さすがに10ヶ国同時壊滅なんて例は聞いたことがないわね。」


リーイエが、情報端末を操作しながら冷静に分析を加えた。




「この一撃で、他の麻薬組織もかなりの衝撃を受けているはずよ。もしかしたら、統制が崩れて内部分裂する可能性もあるわ。」


暗に見極める必要がある事を示唆するエマ。




「それでも~、どこかの組織が動くかもしれないわ~」


ヤシャスィーンは明るく笑いながらも、どこか警戒心をにじませた表情で言った。




「まあ、そのときはまた潰すだけさ。」


シグがワイングラスを掲げながら軽く肩をすくめた。




「私たちの目標はただ壊すだけじゃないわ。」


リーイエが落ち着いた声で口を開く。


「壊した跡地をどう再建するか、それも大切な仕事よ。」




エマが頷きながら言葉を継ぐ。


「そうよね。特に、今回の作戦で助けた人たちには、新しい生活の基盤が必要だわ。今度は彼らを安全に保つことが私たちの役目ね。」




「…セーフティーネットを築く事も今後の課題ね」


アイシャが呟く。




「ウチは…もう少し慎重に…ゆっくりでもいいかな~」


不満を言うシグ。     「お前はダラけたいだけだろ!」すかさずツッコム、シン。




艦内に笑い声がおこる。




「アタシは暴れられれば、なんでもいいよ」「右に同じよ」


ジラー、エルザの言。




「救済も必要だけど、もっと「サンプル」も欲しいわ」「そうですわ「モルモット」は、いくらあっても邪魔になりませんわ」


ジャネット、ダミルィ―。欲望のままに言う。


ジラー、エルザ、ジャネット、ダミルィ―の発言にシンも苦笑いだった。




宴が続く中、ミリアはみんなの笑顔を見て安心したようにホッと息をつく。


「みんな、すごいなぁ。」


小さな声でつぶやくと、それを聞いたシンが彼女の肩を軽く叩いた。




「お前も立派な【エリシオン】の一員だ。いつかお前にも、もっと手伝ってもらう時が来るかもしれないな。」




ミリアは少し驚いた顔をした後、満面の笑みを浮かべた。「うん!」と力強く頷くその姿に、クルー全員が微笑む。


こうして【エリシオン】の祝宴は続いていく。






ボリビア麻薬組織のドン・カルロスの困惑と動揺


ボリビアの一大麻薬組織を統率するドン・カルロス・メサ・ロペスにとって、この5日間は悪夢のような日々だった。彼は豪奢な邸宅の中、深々と椅子に腰掛け、額に滲む汗を拭うことなくじっとテーブルに並べられた報告書の束を睨みつけていた。




「ブラジルのディアスとペルーのサンチェスとの連絡が取れないだと?」


そう告げられたのは、ちょうど5日前だった。ドン・カルロスにとって、彼らは単なる取引相手ではなかった。ディアスの組織は原材料の調達と密輸ルートの管理を担当し、サンチェスの組織は精製施設の運営を一手に引き受けていた。両者の存在が彼の組織を支える基盤そのものであり、彼らとの連絡が途絶えることは、事業全体が瓦解する危機を意味していた。




「とにかく情報を集めろ!」


苛立ちを隠せないカルロスは、幹部たちに厳命を下した。組織の資金と人員を総動員し、国内外のルートに精通した者たちを動員して新たに情報収集を開始させた。ディアスとサンチェスの居所や、組織の動向を突き止めることが最優先事項となった。




「通信妨害の可能性も考えられる。新しい機材を用意しろ。周辺国の警察や軍の動きも確認しろ。金をばら撒け、とにかく詳しい情報だ!」


普段の冷静さを失ったカルロスの指示は的外れではなかったが、その声には焦燥感が滲み出ていた。




広がる混乱


しかし、情報を集めるにつれて状況はますます奇妙なものになっていった。情報は断片的で、一貫性がなかった。




「ブラジルの組織が消息を絶ったのは数日前らしい。最後に目撃されたのは山中の拠点だが、それも瓦礫の山になっていたそうです。」


「ペルーでは、何者かに一夜で壊滅させられたという噂がありますが、詳細は不明です。」


「どちらの現場も、軍や警察が介入した形跡は一切ありません。ただ…目撃者の証言では、空中を飛ぶドローンのようなものを見た者がいるとか。」




幹部たちが報告する内容はどれも曖昧で、核心には迫っていなかった。




「噂話なんかいらん!確かな情報を持ってこい!」


カルロスは拳でテーブルを叩き、怒声を上げた。




さらに困惑を深めたのは、「犯人」に関する不可解な噂だった。


「どの拠点も、短時間で壊滅させられているらしいです。しかも、現場には生存者がいない。」


「それだけじゃありません。武器や装備が残されていないんです。まるで軍隊でも動員されたかのようですが、政府や軍の動きは確認されていません。」




ある幹部は、慎重な口調でこう言った。


「…ドン、これは何者かが裏社会そのものを狙っているのではないでしょうか?」




カルロスはその言葉に耳を傾けたが、すぐには答えを出せなかった。裏社会全体を壊滅させるなどという目的を持つ者が存在するのか?もしそれが真実なら、自分たちも狙われる可能性が高い。




数日後の朝、カルロスのもとにようやく幾つかのまとまった情報が届いた。


「ブラジルとペルーだけではありません。コロンビア、メキシコ、中国、ナイジェリア、アフガニスタンなど、世界中の麻薬組織が一夜にして壊滅状態に陥ったとのことです。」


「何だと…?」




カルロスは信じられなかった。これほど大規模で、同時多発的な攻撃を仕掛けられる存在とは一体何者なのか?




「犯人が誰であれ、我々が次の標的にされるのも時間の問題です。ドン、どうしますか?」




問いかける幹部たちの視線が一斉にカルロスに注がれる。




「…防御を固めろ。」


カルロスは深く息を吐き、椅子から立ち上がった。


「全拠点のセキュリティを見直し、武器を増強しろ。周辺の情報収集を続けるんだ。連絡が途絶えた取引先との関係が復旧するまでは、絶対に隙を見せるな。」




それでも、カルロスの心にあるのは圧倒的な不安だった。背後に潜む何者かの正体がまったく掴めない。軍でもない、警察でもない、謎の存在が一夜にして裏社会全体を壊滅させている。




「…もし次は我々が狙われたら。」


その考えを振り払うように、カルロスは目の前の報告書に目を戻した。しかし、そこに書かれた内容はどれも不十分であり、確たる対策を打ち出すには至らなかった。




それからさらに数時間後、カルロスはついにひとつの決断を下した。


「次に狙われる前に、こちらから仕掛けるべきかもしれない。」




だが、その決断が正しいかどうかは誰にもわからなかった。彼の視線は、壁に掛けられた地図に向けられた。赤いピンで示された自らの拠点。それが次々と消されていく未来が、彼の脳裏にちらつく。




「我々は、すでに終わりの始まりにいるのかもしれないな…。」




そう呟く彼の目には、冷静さの裏に不安と恐怖が滲んでいた。






ボリビアの一大麻薬組織を率いるドン・カルロス・メサ・ロペスは、自らの執務室で深いため息をついていた。机の上には、これまでの組織運営を支えてきた書類や報告書が山積みされているが、そのすべてが無意味に思えた。彼の顔は疲弊しきっており、かつてボリビアを裏社会で支配していた威厳は影を潜めている。




「…対抗するなんて無理だな…」


カルロスの声は力なく響いた。その瞳は虚ろで、焦燥感も恐怖も通り越し、ただ運命を受け入れるような諦めが滲んでいた。




「俺の命運も尽きたか…」


そう呟くと、彼は深くうなだれ、椅子に沈み込んだ。






シンたちの観察


その様子を、遥か彼方の空間に浮かぶ巨大な艦【エリシオン】から監視している者たちがいた。彼らは虫型偵察機を通じて、カルロスの一挙手一投足を見届けていた。




「ほぉ、潔いいじゃねぇか。」


艦内で監視映像を眺めていたシンが、感心したように口を開いた。ディスプレイには、うなだれたカルロスの姿が映し出されている。




「案外使えるかもしれないわね。」


冷静な声で言ったのは、艦の戦略担当であるリーイエだった。彼女の頭脳は常に効率を最優先とし、敵でさえも有益であれば利用する価値を見出す。その視線はディスプレイの端に映るカルロスの組織の詳細データに向けられていた。




「だけど、どっちにしろ力の差を見せつけなくちゃ!」


隣で高周波ブレードを手入れしていたエルザが、不敵な笑みを浮かべながら言った。




「ガン○ーノ一家のように使ってみる?」


ジラーの言葉に、場の空気が少しだけ和らぐ。彼女が口にした“ガンビーノ一家”とは、シンたちが過去に制圧した別の麻薬組織だった。彼らも当初はカルロスのように絶望の淵に立たされていたが、最終的にシンたちの指揮下で統制の取れた組織運営を行うようになった。




「調べてみたら、麻薬組織としてはまともな方ね。」


分析データを読み上げながら、リーイエがつぶやいた。その声には意外なものを見つけた時のわずかな驚きが含まれていた。




「無理に搾取していないし、むしろ地域貢献活動をしているわ。」


彼女の言葉に他のクルーたちも関心を示した。画面にはカルロスの組織が運営する学校や診療所、地域の治安維持活動などのデータが映し出されている。




「ふむ、なるほどな。」


シンは腕を組み、顎を撫でながら考え込んだ。




「使えそうだな。」


最終的にシンが出した結論は単純だったが、その裏には彼らしい鋭い洞察が隠されていた。




「カルロスの組織を完全に潰すのは簡単だが、逆に俺たちの統制下に置けば、この地域を効率的に管理できる」




「どうやって力を示すつもり?」


リーイエが尋ねた。




「簡単さ。直接的に叩く必要はない。今夜、虫型偵察機を使って少しだけ“遊んで”やろう。カルロスに俺たちの力を見せつけた上で、交渉を仕掛ける。」




その夜、カルロスの組織の主要拠点が次々と謎の故障や停電に見舞われた。防犯システムは無力化され、拠点周辺には無数の虫型偵察機が飛び交う光景が確認された。




「な、なんなんだこれは!」


幹部たちが混乱する中、カルロスはただ黙ってその異常事態を見つめていた。そして翌朝、彼のもとに一本の通信が入った。




通信の主はシンだった。画面越しに現れた彼の姿に、カルロスは直感的に相手の正体を悟った。




「ドン・カルロス、俺の名はシンだ。昨夜の出来事で、俺たちの力の一端は理解してくれただろう。」


「…あんたが、すべての元凶か?」




カルロスの声には怒りよりも諦めが混ざっていた。




「その通りだ。ただし、俺たちはお前の命を奪うつもりはない。むしろ協力を求めている。お前のような男には役割がある。」




「協力…だと?」




シンの提案は、カルロスの組織を完全な管理下に置き、その資源とネットワークを彼らの目的に利用するというものだった。代わりに、カルロス自身の命と立場は保証される。




「…わかった。だが、俺を裏切れば容赦はしないぞ。」


カルロスは精一杯の虚勢を張りながらそう言い放ち、提案を受け入れることを決断した。彼の心にはまだ僅かな疑念が残っていたが、それでも生き延びるための最善の選択だと信じていた。






こうして、ドン・カルロスの組織はシンたちの指揮下に入り、新たな役割を担うこととなった。彼の一大麻薬組織は、次第にその姿を変え、裏社会の中で異彩を放つ存在となっていく。カルロス自身もまた、次第にその役割を受け入れ、シンたちの計画に不可欠な駒として動くようになるのだった。

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