第16話 美味し!5

2030年、史実では地球は未曽有の危機を迎える。大規模な核戦争が勃発し、人類文明はほぼ壊滅的な打撃を受ける運命にあった。滅亡を免れたわずかな人々が地下や隔絶された地域で生き延びるも、地球は「忘れ去られた地」となり、宇宙規模の歴史の中で消えゆく存在となる…。




そんな未来を知るシンたちは、地球の運命に特段の感情を抱いてはいなかった。


「人類がどうなろうと俺たちには関係ねえ。ただ、譲れねえもんがある」


シンが熱を込めて力説するのは、地球が育んだ 「食文化」 と 「酒文化」 の素晴らしさだった。


「寿司もラーメンも、日本酒もワインも、蒸留酒も、こんな唯一無二の文化を消しちまうのはもったいねえだろ!人類がいなくなるのはどうでもいいけど、これだけは保存しなきゃならねえ!」


その言葉に同調したのは、アイシャだった。


「そうよね。あと、温泉文化 もね。美肌効果もだけど、あのリラックス感は宇宙中探してもそう簡単に見つからないわ!」






1.メキシコ:シン、ミリア,ジラー、ジャネット




伝統的な酒、特にテキーラやメスカル


タコス、エンチラーダ、チラキレスといったメキシコ料理,スパイスやハーブを味わう予定




2.中国:エルザ、ヤシャスィーン、シグ




中華料理の多様性を探る四川、広東、上海料理を中心に


伝統的な中国酒(白酒、紹興酒)


茶文化、特に工芸茶や緑茶なども楽しみにしている




3.イタリア:リーイエ、エマ、アイシャ、ダミルィ―




パスタ、ピザ、リゾット、ティラミス、ジェラート、チーズ(パルミジャーノなど)


イタリアワインとオリーブオイル、特にトスカーナ地方の銘柄のワインを楽しむ予定




それぞれの地域で収集したデータを艦に戻し、再現実験を行う。そして、宇宙のどこでもこの文化を楽しめる環境を整えることを目指す。




シン、ミリア、ジラー、ジャネットの4人が食卓を囲むとき、それは単なる食事以上の出来事だった。文化を愛し、新しい発見を求める彼らにとって、料理はただの栄養補給ではなく、冒険と学びの場であり、喜びそのものだった。




目の前に並ぶのは、多様なメキシコ料理の一部。香辛料の香りが部屋に満ち、カラフルな料理が視覚を楽しませた。




テーブルの中央には、香ばしいトルティーヤを何層にも重ねたエンチラーダが鎮座している。その隣には、真っ赤なトマトソースが鮮やかに輝くタコスが数皿。さらに、緑黄色野菜をたっぷりと使ったグアカモーレ、スパイシーなサルサソース、チップスが添えられている。デザートには、シナモンとチョコレートが香るチュロスが準備されていた。




「いやー、これが本場のメキシコ料理ってわけか。見た目からしてうまそうだな!」シンが声を上げる。彼はいつも食卓の中心にいて、無邪気に食事を楽しむ。




「まずはタコスから行こう!」ミリアがそっと手を伸ばし、トルティーヤに肉、野菜、チーズ、そして少しピリッと辛いサルサをたっぷりと詰め込む。彼女の手際はスムーズで、食べる前から料理の一つ一つを大切に扱っているのが伝わる。




「ちょっと辛いのが苦手なんだけど、大丈夫かな…?」と控えめな声を上げたのはジャネットだった。ジャネットは繊細な味覚の持ち主で、スパイスに敏感だった。しかし、目の前の料理が彼女の好奇心をそそり、少しだけ冒険する気持ちになったらしい。




「大丈夫だよ、ジャネット。辛さは調整できる。サルサを控えめにして、グアカモーレを多めに乗せるといい。」ジラーがアドバイスする。予めジラーは調査してたらしい。




ジャネットはジラーの言葉に安心し、彼の提案通りにタコスを作った。「ん…美味しい!」ジャネットが頬を緩めながらタコスを頬張ると、シンが大きくうなずいた。




「だろ?これがメキシコの力ってやつだ!」と声を上げるシンは、すでに2つ目のタコスに手を伸ばしていた。その勢いでエンチラーダも試し、チリの辛さが口の中に広がると、彼は軽くむせてから笑った。「おお…これもなかなか攻めてるな。でもうまい!」




「アハハ!シン、おかしい。」ミリアが微笑む。彼女はエンチラーダを少しずつ切り分け、じっくりと味わっていた。「このソース、トマトの甘みとスパイスのバランスが絶妙だよ!」




「シナモンが入ってるんじゃないか?」ジラーが応じる。「メキシコではシナモンやチョコレートを料理に使うことが多い。意外に思えるかもしれないけど、これが深みを与えるんだ。」




食事は進み、話題は自然とメキシコの文化や伝統に移った。「あの市場で見た唐辛子の種類、すごかったな。色も形も全然違う。」シンが感嘆する。




「そうね。それぞれの唐辛子が持つ特有の風味や辛さが、この料理に奥行きを与えてるんだと思うわ。」ジラーが答える。「例えば、このサルサには…ハラペーニョかな?」




「その通り。ハラペーニョはメキシコ料理の基本よ。でも、もっと辛いハバネロも使うことがあるわ。」ジラーが補足する。




「さすがジラー、詳しいわね。じゃあ、このグアカモーレはどう?」ジャネットが尋ねる。




「シンプルだけど完成度が高い。アボカド、ライムジュース、塩、そして少しのシラントロ。このバランスが重要よ。」ジラーが説明する。




最後にデザートのチュロスが登場すると、全員のテンションがさらに上がった。シンが一口かじると、サクサクとした食感と甘いシナモンシュガーが口いっぱいに広がる。




「こりゃたまらん!デザートって正直、あんまり興味なかったけど、これなら別だ!」シンが笑顔を見せる。




「ふふ、シンもデザートの虜になっちゃったわね。」ミリアがからかう。




「いや、これは別格だろ。」と真剣な顔で言い返すシンに、一同が笑った。




こうして彼らの食事は笑いと感動に包まれながら終わりを迎えた。ただの料理が、シンたちにとっては新しい世界との出会いそのものだった。




シン、ジラー、ジャネットの三人は、メキシコの夜の街並みを背に、高級ホテルのバーラウンジへと足を運んでいた。ホテルの一室で眠りについたミリアには、護衛用のドローンを残していたため安心だ。ラウンジのカウンターに腰を下ろすと、ジラーが興味津々な表情でメニューを手に取り、「この土地の伝統的な酒を試したいわね」と言った。


「じゃあ、やっぱりテキーラとメスカルだな」とシンが応えると、ジャネットも「エキゾチックな香りがするらしいわね。飲むのが楽しみ」と微笑んだ。




最初に出てきたのは、透き通るようなシルバーのテキーラ。バーテンダーが「ブルーアガベ100%の最高級品です」と説明しながら、テキーラのショットグラスをカウンターに並べた。シンは軽くグラスを持ち上げ、「まずはそのままで」と一気に飲み干した。


「おお、喉にくるな!」彼は目を細めながらもその刺激を楽しんでいる様子だった。




ジラーも一口飲むと、「ピリッとするけど、後から甘みが出てくるわね。これがアガベの力?」と興味深そうに語る。一方でジャネットは、ライムと塩を添えた伝統的なスタイルでテキーラを楽しみ、「こういう飲み方も面白いわね」と微笑む。




次に提供されたのはメスカルだ。琥珀色に輝く液体が、煙のような香りを放っている。バーテンダーは「こちらはメスカル。テキーラよりも力強い味わいで、土壌の個性が現れる酒です」と説明した。




シンはグラスを持ち上げて香りを嗅ぐと、「お、スモーキーだな。なんだか焚き火のそばにいるみたいだ」と独特な香りに驚きを示した。その後、少しずつ口に含み、「深いな。これはゆっくり飲むべき酒だ」と言って頷いた。




ジラーは「これ、さっきのテキーラよりも複雑ね。ちょっと野性的な感じがするわ」と語りつつ、舌の上で転がすように味を楽しんでいた。一方で、ジャネットは「これだけ個性的だと、チョコレートとかナッツと合わせても面白そうね」と提案する。




グラスを重ねるごとに、三人の会話はさらに弾んだ。シンが「こんな酒を作れる地球人、やっぱり大したもんだな」と称賛すれば、ジラーが「でも、作り手はこんな風に飲むことを想像してたのかしら?」と冗談を交える。ジャネットは笑いながら「どんな飲み方でも、この味が愛されるのは間違いないわね」と返した。




三人は時折、バーテンダーと酒についての会話を交わしながら、地元の人々が伝統を守り続ける情熱に思いを馳せた。その一方で、護衛用ドローンを通じてミリアの様子を確認し、彼女がぐっすりと眠っているのを見て安心するのだった。




最後の一杯を飲み終えたシンは、グラスを軽く傾けながら「地球の文化ってのは、ほんとに面白いよな。こういう酒一つ取っても、作り手の歴史や思いが詰まってる」と呟いた。それにジラーが「文化って、味わうことでしか分からない部分もあるものね」と応じる。




ジャネットは「今度は地元の蒸留所を訪ねてみたいわ。もっと深く知りたくなった」と微笑み、三人は満足そうに席を立った。




ホテルの部屋へ戻る道中、涼しい夜風に吹かれながら、彼らはメキシコの伝統文化の一端を堪能したことに、密かな充足感を抱いていた。

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