第16話

「お姉ちゃん..」


 院内の地下に位置する霊安室は

腐食防止のため他の部屋よりも寒く、私は身震いした。


 お姉ちゃんの魂の抜けた肉体は、寝袋のような大きさの

遮光性ビニールの中に包まれており、そんな塊(かたまり)は私が目視

した限りでは同室内におよそ20ーー


 遺族である事を半ば放心状態で伝えると、職員の一人が

私に姉の遺体を見るか否かの確認を促してくる。


 何故? と尋ねるに、かなり損傷が激しいとの事だった。

恐らく私の年齢を鑑みての配慮であると思われたが私は同意した。


 この目で姉の遺体を確かめないと納得が出来なかった。


 

「...。これの、、これが本当に..。姉なんですか..?」

「ええ..。かろうじて残されていた生徒証明書から本人のもので..」


「嘘!! 嘘嘘嘘嘘ーーそんなわけない..。そんな....」



 あまりにも強いストレスに晒されると、人は意外と泣かないものだと

どこかで聞いた事があるけど、私もそうだったーー


 炭化して黒くなった、姉の焼け焦げた顔に手を添え、


 ”ただいま”と一言残してからだった。


 私はその場に倒れ込み、もう二度と会えなくなった姉の最後を

看取るまでもなく、最後まで嫉妬心のままに悪態をついてしまった、

そんな自分の愚行が痛切に感じられ、獣のように叫んだ。


 涙を沢山こぼして、頭が痛くなってきた私は軽い酸欠状態に

陥りながらも、フラつく足元を支えながらかろうじて歩く事が出来た。


 そうやって歩きながら向かったのは病院の入り口だーー


 つい数分前までは行方不明者の欄に書かれていた

姉の名がいつの間にか、死者の欄に記載されていた。


 そんな時だった。この最悪なタイミングで、

私を更に絶望の奥底へと突き落とすある一つの出来事が生じた。


「し、ズク....」


 姉の名が記載されたボードを凝視し、彼女の名を何度も

口ずさんだ後、その場で硬直し動かないリョウの姿がそこにはあった。


「あ、、」


 この時、私はすぐにその場から立ち去らなかった事を後悔した。


「シズク!!」


 リョウと、目が合ってしまったのだ。


「シズク..。お前、、生きてるーー」


「違う..。ご、ごめんなさいーー私は」

「え..」


 この時、リョウの顔面からは一気に血の気が引いていった。


「私は..、、シズクじゃない..。クイナ....」


 リョウの元へと縋り付いたまま話した当時の私も、かなり気が動転していた。


「シズク、、じゃない..? クイナ..。シズクはどこに..」

「先輩..。シズクはね、、私のお姉ちゃんはもう、この世のどこにもーー」


 その直後だった。私の頬に、鈍器で殴られたかのような衝撃が走った。


「うるさい!! 黙れ!!」


 はぁ、はぁと息を荒げる声の主がリョウであると気付くのには時間がかかった。

普段温厚な彼がここまで取り乱し、半狂乱になって暴れる姿など誰が想像出来ただろう。


 そのせいで周囲がざわつくのにもそう時間は掛からなかった。

病院の職員と自衛隊の隊員が彼の方に向けて駆け出して行く。


 その間に、彼は私の方に詰め寄り、立て続けに三発ー


 お腹に本気の蹴りを入れてきた。

私の口からは、血と唾液の混ざった液体が漏れ床に溢れた。


「なぁ..。お前、、シズクだよな..。なぁ、、」


 姉の死という現実を受け入れられず暴徒と化した彼の眼は充血していた。


「......」


 何も言わない私に対し、彼が側頭部へ最後の殴打を加えると同時に、

複数の隊員が取り押さえにやってきた。


「はぁ、、シズク....シズク」


 もっと暴れると思った彼は、無抵抗のままそう呟いた。


 自衛隊の人たちに連行されながら、儚げな顔でずっとそう呟いている彼の顔にはもう

先程までの狂気は宿っておらず、生気の抜けたその色が、姉の死体と重なったーー


「....」


 それは、ほぼ無意識に私の口から発せられた。


「シズクだよ!!」

「....」


 すると、リョウの顔には途端に生気が戻ってきた為、私は自衛隊の人に

ただの痴話喧嘩である旨を伝え、彼の蛮行は私にも非がある事を説明し解放してもらった。


「シズク..」


 私より一回り背の高いリョウにハグされるのは初めてだった。


「良かった..。生きてたんだね..」


 感動の再会であるが故、彼が私の身を抱き寄せる力は強く、

さっき蹴られたお腹が再び疼き出した。


「うん」


「じゃあ、どうしてあんな所に名前が書かれているの..?」


 この時だった。


「誤報だよ。死んでしまったのは、私ではなくて妹のクイナ..」


 私は、私を殺した。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る