第15話
クイナの日記は、そこで切れていた
「....」
理解が追いつかなかった。
頭が痛くなった。
俺は昔、シズクの事が好きで、
妹の事なんてすっかり忘れるような薄情者なのにーー
あれから数年経ちタイムスリープした今、
俺はずっとあいつの事が気掛かりでどうしようもなかった。
普段は強がってるくせに土壇場になると臆して
しまうとことか、知的ぶって話そうとする割に年相応の面を
見せてくるクイナが可愛らしくて、危なっかしくて、常に近くにいないと
不安になるような奴だった。
♢
桜島が噴火した時、姉は火口付近の展望所にいたそうだ。
比較的海に近い所から市街地を眺める私とは対照的に、
桜島の記念写真を撮影していた姉が見たものは何だろう?
その日、
私達の存在を嘲笑うかのように舞った噴煙は青空を掻き消し、黒い雲で空を覆った。
私は合宿前日に読んだパンフレットで
姉のいる展望所が避難舎になっている事を知っていたけど、あれだけ凄まじい噴煙が上がれば、火口付近は完全に埋没してしまう事は容易に想像できた。
姉はもう助からない。
そんな最悪な妄想をした時、前日の夜、リョウ先輩が欠席した事を
嘆く彼女に対し、冷ややかな言葉を投げかけた自分の行いを思い出した。
ピ・ピ・ピ
どうして、今更そんな事を思い出すのだろう?
桜島噴火から二日たった今朝、被災者の専用病棟に運び込まれた私は
緊急避難施設内に立ち込めた噴煙と火山灰の影響で軽度の呼吸器障害を起こしておりむせるような咳が止まらなくなっていたのもようやく落ち着いてきた今ーー
私は姉の消息が気掛かりで仕方がなかった。
既に島内へ足を踏み入れた
捜索隊により多くの人の身元は特定されており、院内の入り口にはその都度
入ってきた救助者及び死者の実名が貼り出されていた。
そんな中、姉は未だに行方不明者として扱われているーー
「クイナ..。お姉ちゃんの行方、まだ分からないの..?」
「うん」
私と二人組のペアを組んだ隣の席の女子が病室に訪れた。
彼女は火山灰が肌に付着し皮膚炎を起こしたせいか、腕にガーゼが巻かれていた。
「なんか、凄い事になっちゃったね..」
と、彼女の言葉に私も頷いた。
一昨日の噴火の当事者である事に今でも実感を持てないのは、
私がいた箇所は比較的被害が浅くすんだからであろうーー噴火当日、
私たちは地元局のインタビュアーに対しいくらか回答をしたが、
もしかしたらその時の映像は全国に出回っているかもしれない。
「噴火の様子とか、凄かったもんね..。
クラスの子の何人かはインスタに上げてたんだよ」
「呑気ね。そんな悠長な事をする時間があるなら早く避難すれば良いのに..」
「えへへーー本当にそうだよね..」
その通りだ。のんびり撮影出来る時間があるレベルーー
それが私達が居た場所での噴火の現実で、事実あの島内において
死者はもう百人を超えた。つまり、撮影する時間はおろか、
逃げる時間さえもなくあの異臭を放つ火砕流に飲み込まれた人が何人いる事か?
そういう人たちの生の声は、死んでしまえば届かないというのにーー
「あ! 窓の外見てよ! ヘリコプターが沢山飛んでるねぇ」
「うん、そうだね..」
私も一昨日自衛隊に救助されるまで
ヘリコプターという乗り物に乗った事はなかった。
状況はこの院内の極めて落ち着いた雰囲気とは裏腹にかなり逼迫しているようで、
港が火山灰に覆わたためフェリーの運行は当分の間見合わせ。
桜島と県を結ぶ唯一の道も、厳戒態勢が敷かれている今ーー
バリケードが張られ一般市民が安易に立ち入り出来ないよう閉鎖区画となった為、唯一の移動手段は空路のみであり、鹿屋基地(かのやきち)から連日桜島へと飛び立つ自衛隊のヘリの光景が、ここからでも見る事ができた。
「うるさいから勘弁して欲しいよねぇ..」
ある一台のヘリが病院の外の平地に降り立った。
「本当に、ね..」
中に積まれていたのは、
行方不明とされていた私の姉、東條シズクの遺体だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます