第12話

 周囲から鳴り響く轟音と、トンネル形の緊急避難所内に充満しつつある煙に

怯えながら、私は身を屈めつつただ迫り来る死を待つだけだった。


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。



 桜山が噴火したという未曾有の大災害はその日、

全国のニュース番組が取り上げ、国内では様々な議論が飛び交った。


 今回の噴火に関しては前兆現象が

かつての大正の桜島大噴火と酷似していた点と、噴火前日から

島内での地震が頻発していたにも関わらず、早めの避難勧告を

促さなかったとして気象庁他多数の国家機関は猛烈なバッシングを受けたし、

中には中国による人口噴火だなどと筋違いな陰謀論を唱える輩もいたくらいだ。


 被害が発生し一夜明けた今も、未だに正確な死者・負傷者・行方不明者の

全容は定かにはなっていないものの、この一件はかつての御嶽山噴火以来の

民間人に多数の犠牲者が出た自然災害として、歴史の1ページに名を刻むのは

間違い無いーー



 シズクが懸念していた事は、最悪なタイミングで現実のものとなった。


 どうしてだ..。どうして俺は、こんな事まで忘れていたんだ??


 自分の顔面を思い切りぶん殴ると、口の中が切れて血の味がした。


 こんなものでは足りない。

自傷行為で荒ぶる心は収まるものではない。

冷静になろう。まず、俺は刺されて過去にタイムリープしたと断定したけどー


 果たしてこれは本当にタイムリープなのだろうか?

いくら忘却機能を兼ね備えた俺のバカな脳みそとて流石に、これほど被害を出すような災害はそう簡単に忘れるものではない。


 なら、この世界はいわば並行世界(パラレルワールド)

のようなもので、本来の時系列通りに事が進む訳ではないのだろうか?


 そうだ。そうに決まってる。じゃなきゃおかしい。


 忘れる訳がない。


 違う。さっきから俺は何を考えているんだ? 二人は、、新入生歓迎合宿で

桜島にいったシズクとクイナは無事なのか?? 


 先生や、学校の友達だって心配だ。死んだって、誰が死んだんだ?

もう実名報道はされてるのか? それに被災者は今救助されているのか?

どこかで助けを求めて待っている人は? 専用の病棟はどこにあるんだ?


 やばい。やばいやばいやばいやばいやばいーー


 この時の自分は、試験で緊張し頭が真っ白になった時と酷似していた。

テンパって思考が上手く纏まらず、複数の疑問が脳内を駆け巡るあの感覚ー


 五感が冴え渡り、

無駄に高鳴る心音だけがこの薄暗い部屋の中でひっきりなしに響いた。


 そんな中、枕元に置いてあった携帯が振動した。

ラインの着信音のようだーーありもしない淡い期待にかられた俺は、

相手の名前を確認し絶叫した。


 シズクからの通知音だった。


「シズク! 大丈夫だよな!? 今何してるんだ?」


「....」


 しばらく沈黙が続いた。およそ15秒ー

彼女が今どこにいるか定かではないが、向こうからのノイズは酷く、

恐らく通信環境が悪い場所にいるのだろうなと推測した時、最悪の光景が

思い浮かんだ自分は電話越しの彼女に対し、声を張り上げ言った。


「まさか..。まだ桜島にいて救助されてないわけじゃないよな??

どこにいるんだ!? それを教えてくれ!!」


「....」


 また沈黙が続いた。


 相変わらずノイズが酷く、

仮に彼女が何か声を発してもこれでは聞き逃してしまうかもしれない。


 俺は携帯電話に耳を押したて、彼女が話すのをただ待ち続けたー


 すると、1分は経過した時であろうか?

電話越しに、ようやく何か人の声のようなものが響き始めた。


「ーーーー来て」


「シズク!!」


 聞き慣れたシズクの声がした。良かった。生きてる..。


「シズク..。来てって、俺はどこに行けば良い?」


「東條豆腐..」

「え..? どうして..」


 聞き返そうと思った矢先、ノイズが消えたためもしやと思い

画面を見ると、既に通話は切られていた。


 しかし彼女に指定された以上、

ここで行かないという選択肢は俺にはなかった。


 桜島に居るはずの彼女がどうしてそこに行くよう

指示するのかは皆目見当が付かないけど、幸いにも家から近く、

まだ少し微熱のある今の俺でも体力的に余裕のある距離だ。



 とはいえ当然、豆腐屋にシズクがいる筈はなかった。


「ん..?」


 そんな時だった。


 店の奥の方にある仕切りに一枚の紙が貼り付けられており、

その紙にはシズクの筆跡で、『中に入って』と書かれてあった。


 俺は彼女の指示に従い荒屋の中に入る。すると今度は、階段に

そって上向きの矢印の書かれた紙がーー上れという事なのだろうか?


 全て上り終えると、今度は左向きの矢印だ。


 廊下に沿って歩き続ける。奥まで行けばシズクの部屋だ。

にも関わらず意外な事に、矢印が入るよう俺に指示した部屋は、

その一つ手前にあるクイナの部屋だったーー


 一応ノックはしたものの、返事が返ってくる訳もない。

無断で入るのは忍ばれたが、致し方ないために意を決して足を踏み入れると

驚くべき事には、誰もいない室内にも例の如く紙が貼られている事だった。


 『開けて』


 右奥にある彼女の勉強机にある、小物入れ用の棚ーー

以前興味本位で何が入ってるのか詮索し、かなり食い気味に断られたから覚えてるけど、そこを開けろと、紙は命じた。それもクイナの筆跡ではなく、またもやシズクの字でー


 となると、姉が妹に関する何かを、

ここまで遠回しに俺に伝えようとする意図が不明だった。


 直接会った時に言えばよかったのに、それさえも忍ばれるような事なのだろうか?

段々と興味が湧いてきた為、俺は彼女の机の棚を引き中に入ってあるノートを取り出した。


 油性マーカーで、表面に『日記』と大きな文字で書かれているーー


 これは正真正銘、クイナの物だった。



 

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