第7話

「シズク..。クイナの奴さ、

まさか俺のせいで思うように調子が出なかったわけじゃないよな..?」


 タイムリープで過去が変わってしまうのは、SF映画でよくある話だ。


「ううん。違うと思うよ。クイナってさ、本当は凄く臆病な子なんだ」

「え..?」


「石橋を叩いて渡るタイプって言うのかな? 小さい時から優柔不断で、

何を始めるにも、まずは徹底的に下調べをする。無理そうだったら引き返す。

その繰り返しで、何か大きな事に挑戦するって経験がほとんどないの」

「あ、なるほど..」


 小中で分不相応な目標にチャレンジし、

恥という恥を掻きまくった自分とは偉い違いだ。


 一見すると良い事のように見えるが、要は踏み出す勇気がないって事だ。


 よりによってクイナがこのタイプに該当するとは思いもしなかったが、

彼女は普段俺に見せない複数の顔を器用に使い分けているだけなのだろう。


 人は往々にして、そういうものだ。


「でも、今日は合格発表日だよ。クイナは今どこに?」


 試験日から一日挟んだ二日目の朝

その日は合格発表があるという事で、学校は臨時休校となった。

今朝真っ先に豆腐屋に向かいクイナを励まそうとしたが、丁度入れ違ってしまったようだ。


「もう、学校に着いたんじゃないかな?

でも何の連絡も来ないや..。受かったって、、」


「不吉なこと言うなよ..」

「そうだけど。やっぱり少し心配になる..」


「そうだな、、きっとクイナも、同じ気持ちだよ..」


 そう言って、俺は何をしたのか。


 思考より先に、足が、手が、勝手に前へ前へと動き出した。

行動の理由を問うシズクの声も耳には届かなかった。



 俺は学校の最寄駅に向かうため、天文館から出る路面電車に乗った。


 街並みが徐々に移ろいでいく。


 鹿児島市の市街地からほんの少し郊外にそれ、

数十分経った先にある谷山駅で降りた。


 冬晴れの寒い一日だった。

相変わらず、カイロを持ってないと凍えてしまいそうになる。

はぁっと吐いた息は白く、冷気にさらされた頭はほんのり痛む。


 そんな駅のホームで、見慣れた顔付きの少女が一人、

自分の目の前をゆっくりと通過していく最中ーー


 人混みの喧騒にまぎれつつ、かろうじて発した俺の声は

彼女の鼓膜を震わせたか否か、


 どっちにせよ、向こうが気付いてくれたという事実に変わりなかった。


「....クイナ。試験..どうだった?」

「..」


 自分のした質問に応じない代わりに、彼女は俺の袖口をギュッと掴んだ。


「..、一緒に、きてほしい」


 それ以上の台詞は、彼女の口から出てくる事はなかった。


 車内でも、バスの中でも、彼女は呼びかけには応じず、

ただ口を真横に結んだまま、まるで人形のように静かだった。


「どこに行くの?」

「..」


 無言のまま、彼女が僕を案内した先は、城山公園の展望台だった。

桜島の絶景が見渡せるベンチに腰を据えた彼女は、そこでじっとしていた。


 中学の制服姿で、マフラーは巻いているもののやはりこの寒さか、

耳は朱色に染まっている。感染症予防のためのマスクから白い息も漏れ出ていたー


「はい..」

「え..?」


「あったかい麦茶、途中の自販機で買ったから上げるよ」


 もう彼女の試験の結果は明らかだ。


 過去が、変わってしまったのだーー


「えっへへ。ありがとうございます。

寒かったので助かりましたーー」

「....」


 彼女の笑顔を初めて見た気がした。

やはり血の繋がりからか、笑い方までそっくりだったものの、

これは無理して笑顔を貼り付け、不安をおくびにも出さない彼女の巧妙な演技だ。


 辛い時は泣いていいのに、無理をさせている自分が不甲斐ない..。


 そんな、時だった。


 試験の結果は残念だったけど、仕方がないと伝えようとした時、


 クイナは桜山をじっと見据えたままこう呟いた。


「リョウ先輩..」 と、そう一言呟いた。


「....。そっか。もういつもの、先生呼びの必要ないもんな。

同じ高校生だし、、そっか..」


「はい。春からは先生と同じ高校に通う事になったので、

私の二個上の先輩ーーだから、リョウ先輩と呼ばせて下さい」

「....え? 今....。なんて、、」


 すると、彼女は公園のベンチから立ち上がり、今なお噴煙を上げ続ける

活火山を背景に、少し上半身を屈め、笑顔で言った。


「先輩。私、桜島学園から無事、合格を頂きました。

今までの、先輩のご指導ご鞭撻のおかげです。ありがとうございました!」


「....」


「..? リョウ先輩。どうして泣いてるんですか?」


 どうしてだろう。確かに現状の感情に整理をつけるのに、幾分かかかりそうだった。




 

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