運命の出会いかも

 夕食の時間。ダニイニングテーブルで、ママのつくったドリアを頬張っていた。私の真正面にはおねえちゃん、その隣には武正兄ちゃん、私の隣には湊兄ちゃん、奥に向かい合って座っているパパとママがいる。


 まおちゃんは、ママの隣でドッグフードを頬張っている。ドッグフードを毎回準備するのは私だ。まおちゃんを我が家に迎えた頃、ママとパパはともかく、「残飯でもあげたら?」と言いそうなおねえちゃんと兄ちゃんたちに任せるのが心配だったのだ。まおちゃんの世話を見ていたら、いつの間にか私一人の当番になっていたけど、全く負担ではない。最近は、兄ちゃんたちも散歩とか代わりに行ってくれるようになったし。


「ねえ、私って彼氏作った方がいいのかなあ」


 私は最近、モヤモヤしていることがある。それは恋バナが楽しくないことだ。気づけば、そのコンプレックスが自分の口からまろび出ていた。


「燈!?」

「急にどうした」


 おねえちゃんがガタッ!と立ち上がる。他の家族も、目を丸めていた。


「いや、あの、私もそろそろ年頃だし……」

「駄目っ、絶対だめ!! 男は狼なんだよ、軽率に付き合ったら痛い目見るんだから!!」


 おねえちゃんはとても必死な様子で私にそう訴えた。まあ、十中八九聞きかじりの耳年増だろうけど。だっておねえちゃん、彼氏いたことないし。できそうだったら武正兄ちゃんがガードしてるし。


「言い過ぎだ……とはいえ、事実な部分があるのもな……」

「無理して作らなくていいんだよ」

「うん……そうだね。ごめんね、変なこと言って。ありがと」


 でもよかった。私は今のままの私でいいんだ、って安心した。

 スプーンを口に運んでいると、おねえちゃんが着席した。「ところで」とママが話を切り出した。話題は変わる。


「そろそろ家族みんなで出かけたいよね。最近みんな忙しくて、そんな機会を作れなかったけど」

「あっ、ハイハイ! カラオケ行きたい!」


 私は張り切って立候補する。


「また?」

「燈好きだよな」

「正直、俺たちがカラオケで歌っても、燈の引き立て役のようなもんになるしな……」

「そんなことないよ!! ね、いいでしょ?!」

「うーん、じゃあ、カラオケで」

「やったー!」


「クーン」


 今週末、ペットホテルで預けられることとなったまおちゃんが、甘えた声で鳴いた。


――


 カラオケ屋についてから一時間後。私は最近ハマっているアニソン歌手の歌を歌っていた。サビの盛り上がりが綺麗なことが多いから、アニソンっていいよね。

 低音を丁寧に、高音を丁寧に歌い、安定性が崩れない程度にビブラートもかける。結果、96点だった。


 家族みんな、拍手してくれる。私はペコリとお辞儀をした。


「えへへ……はい、次おねえちゃんだよ」

「燈のあとに歌うのか……ハードル高い」

「えっ、おねえちゃん歌わないのっ?」


 おねえちゃんの歌おうとしている曲は、私も知っているものだった。つまり、おねえちゃんが辞退すればもう一回歌えるのである。


「う、歌うよ……そんなキラキラした目で見ないで、マイク渡したくなっちゃう」

「駄目なの?」

「一人一曲で一周っていう、ルールが崩れるでしょ」


 おねえちゃんが歌い始める。綺麗で、人の耳にすっと入ってくる歌声だ。ただ、ちょっと素直に聞きほれるには外野がうるさいけど。


「今日はゆっくりゆっくり休んで~♪ 明日旅に出ましょ~♪」

「天使の歌声だああ……!! 玲音ー!! 愛してるよー!!」

「ちょっと、武正うるさい」

「静かに聴くことすらできないのか」

「あははは……」


 歌い終わったあとのおねえちゃんに、武正兄ちゃんはスネを蹴られていた。自業自得だよね。

 ……ドリンクバーのジュースをがぶ飲みしていたら、そろそろトイレ行きたくなってきた。


「ちょっとトイレ」


 そそくさと、私は細目でマスカラとタンバリンをシャンシャン振っている、湊兄ちゃんの隣から立ってトイレに向かった。


――


 トイレを無事に済ませ、私はカラオケルームの扉を開けた。


「きゅんっ、きゅんっ♪ キラキラの、魔法をかけて、あーげるっ♪」


 ん?! フリフリのピンクの服を着た女の子が、飛び跳ねたり振付をしながら、高い声で歌っている?! あれ、部屋間違えた?!

 あ、てかこれ、武正兄ちゃんが好きな魔法少女アニメのOPじゃないか。鑑賞会で観たから知ってる。意外と難易度高い曲なんだけど……この娘、すごい。完全に自分のモノにしている。

 女の子は、私の存在に気づいていない。聞き惚れているとやがて、曲が終わり、採点画面が表示された。


「あー、八十九点か……惜しい」


 私は100点をあげたい。すごかったもん。ただ、機械の好みに合わなかったってだけだ。だから私は、痛くなるほど両手を叩いた。


「?!」

「すごーいっ!!! めちゃめちゃ歌うま!!」

「へ……あの……」

「低音も高音も綺麗で、原曲を引き立てるような解釈の選び方にぐっときちゃった!! 」


 突然の不審者に戸惑っていたようだが、私の言葉をきいて、目を見開いた後に尋ねる。


「……キモくはなかったですか?」

「え、なんで? めちゃくちゃ可愛かったよ」

「可愛いって……うふふ……」


 女の子は嬉しそうに、頬に両手をあてた。耳の下で切り揃えられていて、どちらかというと涼し気な切れ目がかっこいい。声も、歌っていたときとは違って、意外と低めだった。でも言動はめちゃめちゃキュートだよ。


「って、そうじゃなくて、貴方なんでここにいるんですか?」

「あっ、そうだった!! ごめんなさい、私部屋間違えちゃったみたいで……」


「燈ー!!!」


 バッ!! 扉が蹴破られる。


「お、おねえちゃん?! 」

「GPSの反応がトイレじゃなくて隣の部屋からしていたから、心配になってみにきたの」

「あ……ごめんね、遅くて。心配させちゃったね」

「謎の少女に部屋に連れ込まれているじゃない! 何?! 百合セでもするの?!」

「何言ってるの、おねえちゃん!?」


 やいのやいの言っていると、おねえちゃんの後ろからパパが顔を出した。


「どうした?」


 そのとき、パパは、魔法少女アニメのOPを歌っていたショートヘアの女の子を見て、目を見開いた。


「……」

「あ、あの。なんかすいませんでした……?」


 居心地悪そうに、女の子は両手をいじる。


「君が謝ることじゃないよー! 全部私と、おねえちゃんの言いがかりのせいだよ」

「私、帰りますから……」

「そんなことしなくていいのに!」

「いえ、終了十分前になったので。気持ちよく歌っているところを十分前のお知らせで邪魔されるの苦手なんですよ。それじゃ」


  甘辛コーデってやつ? 女の子は、黒いコートを羽織り前を閉めると、急に可愛いピンクのワンピースが隠れてかっこいい系になった。

 てか、十分前のお知らせ電話苦手なのかー。あー、わかるかも。ヒトカラのときとか、あれうざったいよね。ってそうじゃなくて!


「えっ、ちょ、待って!!」


 パシッ!! 女の子の手を掴んだ。


「私、貴方とデュエットしてみたい!!」

「え……」

「連絡先教えてよ!! 私、六ノ瀬燈!! 中学二年生なりたてほやほやだよ!」

「燈?! 彼氏は作らないとしても、彼女は作るつもりだったの?!」

「おねえちゃんは黙って。」

「あう……」


 女の子は、視線を左右に彷徨わせた後にうなずいた。


「ラインでよければ……」

「わあ! 嬉しい!」

「嬉しいのはこっちですよ。だって全然キモいって思ってそうな反応しなかったし。……そういう人となら、萌え系電波ソングをいっぱい楽しみたいし」


 なるほど、電波ソングを楽しむ仲間を、この子は求めていたのか。


「えへへ! よろしくね! お名前は?」

「医達ヘレン。よろしくね、燈ちゃん」


――


「燈、本当に私のこと嫌ってない?」

「嫌ってないよ、ごめんね! キツい口調になっちゃって」

「いいけど……本当に? 私のこと好き好き大好き?」

「好き好き大好きだよ!!」


 六ノ瀬が予約したカラオケの一室で、抱き着いてくるおねえちゃんを抱きしめ返して、背中をさする。

 視界の片隅で、ヒソヒソとパパとママが何か話していた。


「あー、悪いニュースが燈にはあるんだ」


 そして、パパが頬をかきながらそう言った。


「どしたん?」


「あの、ヘレンちゃんとはあまり付き合わないほうがいい」


 予想外。え、こんなことある?


「えっ、どうして?!」

「えっと……あの子は何を企んでいるのかわからないからだな」

「そんな人を陥れそうなタイプじゃないよ!!」

「あはは。うーん、説明が難しいよね……とりあえず、何かギラギラと企んでいそうな目をよくする子だよね」

「全然ギラギラじゃなかったよ! キラキラだったもん!」


 もー、なんでそういうこと言うのかな?! 新しい出会いは毒になるかもしれないって?! もう! おねえちゃんほどじゃないけど、パパとママは過保護なんだから!


 むっとしていると。ジャーン!!! 突如、室内にイントロがかかった。部屋の中央を見ると、武正兄ちゃんがマイクを構えていた。


「それでは聞いてください。愛しの妹とその他に向ける、『しゅきぴでリアコで沼るで候』」

「何その曲?!」


 そんな感じで、数時間カラオケを家族と楽しんだ。偶然の結果、新しい友達もゲットできたよ! 両親に付き合いを反対されたど。……むう、私だって一応反抗期なんだから! ヘレンちゃんと親友になってやる!

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