私と元魔法少女仲間兼、友達


「「いってきまーす」」


 玄関で、おねえちゃんと私は家の中にそう声をかけた。


「いってらっしゃい」

「ん」

「おう、いってら」

「玲音~! 燈~! 不審者には気を付けるんだぞ、連絡くれたらすぐに飛んでいくから!」


 家族から様々なバリエーションの返事が返ってきた。


 ご飯を食べた後は、おねえちゃんと一緒に家を出る。学校は、バスに乗っていく。電子カードをピピッと押して車内に入る。おねえちゃんと一緒に座れる隣り合った席を探す。


『発車します』


 プシューと、出入り口が閉まりバスが動き出す。ゆらゆらと過ぎ去る景色を見ていた。桜はもうとっくに散ってしまっていて、新緑の季節だった。太陽光によって明るく照らされた建物が、それぞれの色を放っている。空は青く、ほどよく綿菓子のような雲もあって、穏やかさを感じさせた。


 ふと、右肩が重いことに気づく。おねえちゃんが、私にもたれて目を閉じていた。花の匂いが、その綺麗な黒髪からは香っている。経験則から、おねえちゃんは居眠りしているのではなく、私に甘えているのだとわかった。


 ……そういえば、みんな言ってたな。おねえちゃんの精神年齢は未就学児レベルだって。パパが「身体は大人、中身は子供」と茶化していたっけ。その後ろに顔が般若になったおねえちゃんがいて、パパはしばらく口をきいてもらえなかったけど。


 私は小声で「よすよす」と、おねえちゃんの頭を優しく撫でた。さらに右肩が重くなる。


――


 私の通っている学校は、共学の私立の中高一貫校だ。私も、こう見えてお受験を乗り越えたのだ。


「六ノ瀬さんたち、おはよう」

「ええ、おはよう」

「おはようございます!」


 おねえちゃんは、高校の生徒会長だ。高校生徒会の「お手伝い」である中学生徒会よりも、権限が強い。

 おねえちゃんは、勉強と運動が得意だし見た目がいいから、遠巻きにされているけど人気があるらしい。だから選ばれたのはとても簡単だって、武正兄ちゃんが言ってた。

 まあ、そもそもおねえちゃんが生徒会に興味を示したのは、武正兄ちゃんが生徒会長を務めていたからだろうけど。私にしてみれば、武正兄ちゃんが生徒会長に立候補したほうがびっくりだった。武正兄ちゃん、ずっとおねえちゃんの言いなりになっていられさえすればいい的な? 野心なんてないと思っていたから。武正兄ちゃんのお友達の英美里さん曰く、お兄ちゃんが高校生のときは面倒な派閥争いがあった時代で、それに巻き込まれて仕方なく……ってことらしかった。


 てか、おねえちゃん本人は認めないだろうけど、武正兄ちゃんはキモいけどおねえちゃんにとってとても大切な存在だと思う。キモいけど。

 だって、おねえちゃんの同級生で親友の灰原アルテ先輩がこの学校に転校してくるまで、おねえちゃんは孤立していたんだって。それを毎休み時間、武正兄ちゃんやそのお友達がわざわざ三つ下の、つまり中学の校舎までやってきて、おねえちゃんが寂しくないように構っていたらしい。


 おねえちゃんが高校生になるころには武正兄ちゃんはこの学校を卒業しちゃったけど、今は灰原アルテ先輩と私と友達がおねえちゃんを構っているから、兄ちゃんたちが言うような「闇落ち」?はしないと思う。


 六ノ瀬玲音は、本質的に寂しがりやで、ちょっと面倒くさい。付き合いが長いから、この言葉には納得しかない。


「ねえ、おねえちゃん」

「なに?」

「私も中学か高校で、生徒会に入っておくべきなのかな?」

「まあ、貴方なら楽勝でしょ」

「うーん、ありがとう。でもそういうことじゃないんだなぁ」


 私は、義務や指針として生徒会に関わるべきかの答えを知りたかったのだ。軽い気持ちで訊ねたからいいんだけどね。

 おねえちゃんは、首を斜めに傾げた。

 ふと、前方に書類を抱えて歩いているらしき黒フードを被ったパーカーの女生徒が見えた。


「先輩!!」

「へあッ?! ……あ、レイネ様。アカリ様」

「おはよう、アルテ」


 黒パーカーの女生徒は振り返る。灰色だけど透き通った質の綺麗な髪に、これまた透き通ったグレーの瞳を持つ彼女は、灰原アルテ先輩。生徒会の書記で、おねえちゃんのクラスメイトで親友並みに仲がいい。学年のテストの総合点争いをおねえちゃんとできるほど頭がいいのに、なぜかビクビクしているのが勿体ない人だ。


 私たちは、中学生と高校生の校舎の分かれ道に行くまで、一緒に歩く。おねえちゃんが、アルテ先輩の持っている書類の束を指さした。


「その書類は?」

「あ、えっと、生徒会室へと……道端にいた先生に頼まれて」

「そう。かなりあるじゃないか」

「そ、そうですよね……断れなくて」

「もっと勇気と交渉力を身に着けたほうがいい」

「うう……」


 どうやら、その書類たちは全部おねえちゃんたち生徒会が処理するものらしい。大変そう……。

 すると、分かれ道についた。


「じゃあ、おねえちゃん、アルテ先輩!! またね!!」

「うん、また」

「あ、はいっ」


――

 ローファーから上履きに履き替える。私の所属する教室につく。二年生と一年生の教室を間違えることも、最近ではなくなってきた。


「おっはよー!」

「おお、おはよ」


 入口の近くにいる生徒が挨拶してくれる。だれかしら反応してくれるのって、気持ちがいいしありがたいよね。


 私は教室の窓際に固まっている四人組に近づいた。


「おはよ!」


 この子たちは、私が小学生上級学年になってからの付き合いだ。魔法少女戦隊メンバーだった。今でも、この五人組で一緒に居る。


「燈ちゃん、おはよう」


 唯一の男子生徒の、野輪コリスくん。メイド服みたいなコスチュームの魔法少女ホワイトだった。今ではこんなに高身長なイケメンだけど、昔は女の子よりも可愛かった。あの湊兄ちゃんの恋人でもある。……今朝見せてもらった自撮りの件は、話題にされても反応に困ると思うし、伏せておこう。


「おはようなの」


 この金髪にオレンジみたいな瞳をした、カーディガンを羽織った女の子は、艇グレイちゃん。正統派魔女っ娘っぽいコスチュームの魔法少女レッドだった。お兄ちゃんが大好きで、女の子っぽいファッションやメイクも好き。流行とかは、この子から教えてもらっている。


「おはようである」


 この堅苦しい口調の、ビン底メガネをかけたプラチナブロンドの少女は、伊佐ベルちゃん。ベレー帽のついたコスチュームの魔法少女イエローだった。グレイちゃんの手によってメイクアップさせられたときは、美人すぎてビビったな。


「おはよぉ」


 眠そうに眼を擦っているのは、霊羅ローラちゃん。着物っぽいコスチュームの魔法少女グリーンだった。色々と天然で、マジメなベルちゃんや、恋人の天然さで対処に手慣れているコリスくんがよくツッコミをする。……あ、まあ湊兄ちゃんの近くによくいて慣れている私もか。ちなみに、グレイちゃんは悪ノリしがち。


 そんなこんなで五人で窓際に集まって、今日の科目や人気のタレントの話をする。すると、今日はグレイちゃんがあからさまに機嫌がよかった。


「グレイちゃん、なんか機嫌よさげ?」

「ふふっ、ヒント、今日はなにか違うと思いませんか?」

「……アホ毛ツインテール?」


 グレイちゃんは身だしなみに厳しい。だから、頭の頂点で毛がピョンピョン跳ねていることはあまりないのだ。しかし今日は、頭のてっぺんで細い毛が踊っている。


「もー! 違うのだわ! これはお兄ちゃんが触れたことによる聖なる幸せの毛なのよ……!」

「聖なる幸せの毛……」


 どうやら、グレイちゃんのお兄さんが、慣れないなりにヘアアレンジをしてくれたようだ。アホ毛を微塵も恥じていない。本当に、お兄さんのことが好きなのだ。その愛の深さに私たちは感心して、いじる気にも突っ込む気にもなれなかった。


「本当にグレイは兄が好きなのである」

「当たり前なの! 将来はお嫁さんになるの」

「ガチ度高~」

「逆に、みんなは好きな人いるの?」


 この話の流れで、私は冷や汗をかいた。実は私、恋バナ苦手なんだよね……。でも、女の子が恋バナ苦手なのって、やっぱ変だよね。


「コリスは恋人がいるものねえ~?」

「あ……うん」


 あ、よかった。話題の矛先は、彼氏持ちのコリスくんになるらしい。


「真っ赤になってるのよぉ」

「可愛いのである」

「うう……」


 そのときちょうど、HRのチャイムが鳴った。ほっと、息をついた。私たちは自席へと散って行く。先生の後ろの黒板をみながら考えた。私も、恋人を作るべきなのかなあ。でも、関心が微塵も持てなくて途方にくれた心地になった。

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