第3話「真夜中のカレーパン」



「甘みと酸味...足りない何かがあるはず」


深夜0時を回った社員食堂。さくらは試作中のカレーを見つめながら、スマートフォンのメモ帳をスクロールしていた。前回の失敗から、彼女は徹底的に準備することにしたのだ。


原価計算表、製法の手順、市場調査データ。画面には整然と情報が並んでいる。


「準備は完璧みたいだね」


いつものように、松田課長が姿を現した。


「課長、こんばんは!今日はカレーパンに挑戦してみようと思って」


「カレーパン?意外とオーソドックスだな」


「はい。でも、普通のじゃないんです」


さくらは目を輝かせながら説明を始めた。


「カレーには林檎のすりおろしを加えて、甘みと酸味のバランスを取ります。それから、パン生地には粗挽きの黒こしょうを練りこんで...」


言葉が途切れた。松田が静かに微笑んでいる。


「どうかしましたか?」


「いや、君の成長を感じてね」


「え?」


「前回と違って、商品の個性がはっきりしている。原価も計算済みだろう?」


さくらは嬉しそうに頷いた。


「では、作ってみようか」


二人で材料を計量し始める。さくらが生地をこねる間、松田はカレーの仕込みを手伝った。


「課長、カレー作るの上手いんですね」


「単身赴任が長かったからね。料理くらいは」


会話が自然に続く。前より二人の距離が近づいているような気がした。


できあがったカレーパンは、黄金色に輝いていた。


「課長、どうぞ」


松田は一口かじると、目を見開いた。


「これは...!」


「まずいですか?」


「いや、逆だ。すごく美味しい」


松田の言葉に、さくらの顔が明るくなる。


「本当ですか!?」


「ああ。これなら、きっと通るはずだ」


さくらは思わずガッツポーズをしそうになり、慌てて我慢する。でも、この気持ちは抑えられない。やっと、一歩前に進めた気がした。


「ありがとうございます、課長」


「僕は何もしてないよ。これは全部、君の頑張りだ」


外は夜が深まっていたが、さくらの心の中は朝日のように明るかった。

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