第24話


ふとリオンの隣に立っていて思う。

ヒロインの条件とはなんだろうか。


漫画やアニメでは多くの場合、男主人公の恋人候補だったりする。だが元々は主人公ヒーローの女性形だったではないか。


そういう意味で考えれば、リオンはまさしく主人公ヒロインと言って差し支えない。


高潔な魂、優しい心、そして新たに身に着けた力――


六道六花りくどうりっか


――リオンがそう名づけた彼女だけの魔術は、自分を中心とした地面に半径6メートルの魔法陣雪の花を咲かせる。


六道は輪廻転生の循環を表し、六花は六角形の雪の結晶を表す言葉だ。正直、リオンが何を思ってこんな魔術を考えついたのか疑問だった。そもそも彼女が氷属性なことにも驚いていたのに。


ともかく今、俺たちの周囲を大量の藁人形めいたマンイーターが取り囲んでいるが、幻影に惑わされることはない。アナタニクビタケが冷気に弱く、【六道六花】の範囲内に入れば幻覚作用も死ぬことは確認済みだ。ミーナは泣いていたが。


「始めるぞ、ソール」

「はっ」


破壊の黒火ガンドエルヴ】と【再生の赤雷ザンダルハ】は無から有を生み出すことはできない。だが、それが0から1を生み出す魔術と組み合わさる時、より大きな力を発揮することを俺たちは知った。


リオンの【六道六花りくどうりっか】に俺が干渉し、拡大する。それによって生み出される広範囲凍結領域――


紅蓮地獄レッドロータス


――赤い稲妻ほとばしる氷花に飲み込まれ、マンイーターの群れは全て凍結した。


その光景を見たリオンが不敵に笑う。


「有象無象は相手にならんな」

「だといいんですが」





キメラの本体を特定するなら、分身であるマンイーターの根っこを調べればいい。どれだけ根が深くても掘り進めればいつかは根源にたどり着くはずなのだから。


そう考えてマンイーターたちの根っこを辿ろうと錬金術で穴を掘ったわけなのだが、


「だめです殿下……根っこがぐちゃぐちゃでどこから来てるのかまったく分かりません」


本体の特定は極めて困難に思えた。


「そう安々と事は進まぬか。いたしかたない、地道にマンイーターの数を減らしていくとしよう。敵も無限に湧いてくるというわけでもあるまい」


リオンの言葉に俺はうなずく。ゲームとかだと魔物は無限に湧くんだよな。ここがゲーム世界でないのが救いだ。


「何か聞こえるぞ」


リオンに言われて耳に意識を集中すると、



ズゥゥゥン……ズゥゥゥン……



遠くの方から地響きらしい音が聞こえてくる。


「なあソール、前にもこんなことがあったな」

「ドラゴン、ですね」


だが、前に戦ったドラゴンとは何かが違う……そんな根拠のない予感があった。






――時はさかのぼり、ソールたちがヒルデガルトの声を聞き終わった頃。同じく歴戦エルフの声にうんざりとした顔で耳を傾けていた者がいた。


「エルフって脳筋なんですの!?」


ニーフェルアーズとエルフの森よりも南にはいくつかの領域テリトリーが存在し、蛇人ラミアの森もそれらの一つ。ラミアの森には、上半身が人で下半身が蛇の種族が暮らしていた。


「あんな雑な指示でどうやって脅威と戦えばよろしくて!? ここ最近ただでさえドラゴン、ドラゴン、ドラゴンが! やたら侵入してきて面倒ですのにぃ!」


ラミアの森の族長の娘ライラは、遥か遠くで笑っているであろうヒルデガルトに届ける勢いで叫んだ。


「忌々しいですわあぁぁぁ!」


なお、届かない。

ライラは太く長い蛇の尻尾――黄色い鱗が光に照らされると美しいと評判――を地面に打ちつけると、天に向かって拳を突き上げる。そのまま背中から地面に倒れ、自身の尻尾を枕にした。


ライラは木々の隙間から見える空を睨んだ。


ああ、本当に忌々しい……! 一方的に無理難題を押し付けられる身にもなってごらんなさい。殺意が湧きますわ……! 第一マンイータ―とアナタニクビタケのキメラってなんですの? 幻覚を見せる? 息を止めながら戦えですって? おバカなの?


「あんなのが盟主っていかれてますわぁぁぁ!!!」


樹海同盟はエルフの森の守護隊長ヒルデガルトを盟主とし、樹海の危機を守るという一つの目的を達成するために結成された。


なお、ヒルデガルト本人は盟主としての自覚に乏しく、むしろ兵士のような精神性を持つ人物としてライラの目には映っていた。それでも500年前の戦争に終止符を打った偉大なるエルフとして崇められ、そのカリスマ性から盟主として担ぎ上げられている事実が、ライラには面白くない。


「冗談じゃないですわ……! 皆様いつの時代の幻影にすがっていますの!? 昔は昔! 今は今! 時代は新しい風を求めていますのに!」


ライラは地面の上でじたばたすることでストレスを発散し始めた。衣服が乱れ、へそが丸見えである。


そんな哀れな姿を見守る者がいた。侍女のナナである。


「お嬢様! どうかお気を確かに! お召し物が乱れてしまいます!」


ナナはライラの服を正しい位置に戻し、へそを隠した。

ライラはすんとして落ち着きを取り戻す。


「気はしっかりしてますわ。正気を失っているみたいに言わないでくださいまし」

「失礼しました、お嬢様」

「ナナ、村に戻りますわよ。緊急集会が開かれていることでしょうから」





ライラはラミア族の緊急集会に参加し、自らの調査部隊への参加を主張した――


ラミア族で一番強いのは誰? わたくしではなくって? 数で補おうと無駄に戦力を費やして人死にを増やしてどうするんですの? 同盟の大義を果たすにはわたくしという最高戦力を使うことで果たせるのではなくって? 第一、盟主の話ぶりにしても安全を最優先にしろと言っているように聞こえましたわ? そもそもあの脳筋エルフがわざわざ樹海全体に伝えたということはよほどの緊急性が高い事態が起きていることは間違いないわけでして……


――などと、言いたいことを言いまくってその場を支配したのである。





そして現在、ライラはラミアの森を出て周辺の調査部隊を指揮している。


「お嬢様」

「なんですの」

「お嬢様も大概、脳筋ではないですか」

「お黙りなさい。わたくしは無駄が嫌いなだけですの」

「それにしても、厄介なことになっていますね」

「本当に。ここからは目と耳には頼らずに行きますわよ」


鬱蒼とした深い緑の中、獲物を待ち伏せるような気配が根を張るようにうごめいていた。確かに他の種族の方々だと、気づきにくいかもしれませんわね。


ラミア族は、蛇の部分の下半身で振動を感じ取る。音ではなく、振動そのものだ。目があまり良くない代わりに、振動探知能力は群を抜いているのである。


ライラは尻尾で地面を叩いた。



バシィッ!!!



すると、大量の気配が揺れ動いたことをライラは感じ取った。音に反応するようですわね。人の形をした何かが、10、20……数えきれない。


「お嬢様、本体なんているのでしょうか……根深く絡まっているせいで、気配が掴めません……!」


確かに、常に地中を何かが這いずり回っているせいで、何がどうなっているのか分かりませんわ。これがマンイーターとアナタニクビタケのキメラですのね。


ライラは長大な尻尾をガラガラと震わせ、薙ぎ払うように振るった。


「【黄金尾刃フラウガラーラ】ッ!!!」


金色の尻尾が閃くと、光の刃がキメラを一掃する。ついでに木々もたくさん薙ぎ倒された。


その光景を見てナナはため息をつく。


「ああ、樹齢500年越えの木々たちが、何本も」

「戦争の時はことごとく燃やされたのでしてよ。樹海の精霊も許してくださいますわ」


さて……知覚できたキメラは一掃しましたわ。次はどう動きますの?


「……これは!」


キメラたちと繋がっていた根がバラバラの方向に逃げていくのをライラは感じ取った。このことが意味するのは二つ――本体が一つではないか、本体を悟られないために小細工をしているか、だ。


「忌々しいですわ……!」


いずれにしても面倒な話だった。ヒルデガルトが本体がいると考えているということは、後者の可能性が高いのだろう。ヒルデガルトは気に食わないが、樹海のために行動するという一点においては信じられる……というのがライラの見解だった。


ではキメラ本体がいるとする。本体は知能が高く、用心深い。地中に根を張り巡らせ、地上に生きる者たちを幻影で翻弄する。それに、知能が高ければ決まって切り札を用意しているもの。何を仕掛けてくるか分かったものではない。


……質が悪すぎますわ! 


「皆様! お聞きなさい! キメラの本体の特定は極めて困難だと予想されますわ! 各部族にラミア族を二人ずつ派遣して領地防衛の手助けをするよう族長にお伝えなさい!」

「はっ!」ラミアの一人が威勢よく返事する。「キメラの知能は極めて高く、目下本体の特定は容易ではない! 我々ラミアの振動探知能力で少なくとも膠着状態は維持し、最低限の被害は抑える――ということでありますね!」

「そうですわ話が分かってけっこう!」


後ろに控えていたラミアたちにそう伝えた直後、ライラは大きな振動を感じ取る。


「もう……次から次へとなんなのですの……!」


ライラたちの目の前に木々を薙ぎ倒す巨大な影が降り立った。


ドラゴンだ。


「皆様お行きなさい! わたくしとナナで処理します!」

「「「はっ!」」」


またドラゴン……ほんとにもう――


「――お山にお帰りくださいな……!」





――続く。

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