第23話


ミーナは笑顔の裏で歯噛みする。


自分には何もできない。ソールとリオンの――初めてできた友だちの助けになれない。ホムンクルスとかオートマタとかはよく分からないけど、とても自分がたどり着ける場所にはいないのは明らかだった。


それなら自分には何ができる? みんなのために何が? もっと力があれば、二人の助けになれるのに。もっと力があれば、パパとママだってもっと早く助けられたかもしれないのに。


ぜんぶ……ぜんぶ、自分の力で何も成し遂げられなかった。


「ワタクシには、人の心がないのですね。それに加えて、外には出られない役立たずの粗大ごみでございます。証明終了QED


ストゥルタがぽつりとこぼした言葉に、ミーナは即座に反応した。


「そんなことない! ルタちゃんはずっとママとパパの看病をしてくれた! 見ず知らずのミーたちに優しくしてくれた! もう忘れちゃったの!? ルタちゃんには心があるよ! おばか!」


ミーナは自分に対する苛立ちとストゥルタへの感謝を同時にぶつける。もういい、知るもんか。


「ソールはルタちゃんに心がないからあんなことを言ったんじゃない! ルタちゃんに心があるから言ったんでしょ! ルタちゃんは心がないんじゃなくて……おばかなだけだよ」


ミーナはだんだんと声を静めた。


「ごめん、ばかばか言って。でも、自分のことを役立たずなんて言わないでよ……笑えなくなっちゃうから」


ストゥルタが顔を上げ、ミーナの手を取る。


「謝らないでください。ワタクシが愚者でした。ワタクシにとってミーナ様は外から来た新しい繋がり。そのことを忘れて外の人間はどうでもいいなどと言ってしまったことも、反省いたします」

「ルタちゃん……」

「ワタクシはただ、ソール様とリオン様にいなくなってほしくなかったのです」

「そんなこと分かってるよ。みんなね」


ミーナがストゥルタを抱きしめ、抱き合う二人を保護者たちが見守っていた。


「青春ね、パパ」

「そうだね、ママ」

「もう! そういうのは聞こえないように言ってよ!」


ミーナは心を落ち着けると、再び考え始める。自分たちにできることは本当にないのか、ただじっと友だちの帰りを待つことしかできないのか。


マンイーターとアナタニクビタケのキメラ、その根源かもしれない精霊シャーレアはソールの前に姿を現した。シャーレアはソールに倒してもらいたがっている。その割にはソールに事情を話してはくれなかった。話せないからだ。


どうして話せないの?


『こんな体では言いたいことも言えないと、そう言って――』


シャーレアは『言いたいことも言えない』と、そう言っていたらしい。

こんな体……キメラの体……キメラは異なる生き物が合体した生き物。分からない、自分と他の生き物が合体する感覚なんて。


「ミーナ様……? 大丈夫でございますか?」


ルタちゃんは自動人形オートマタだ。オートマタは生き物じゃないって何度も言われたけど、でもルタちゃんには心がある。


じゃあマンイーターにも心があるのかな? あるかもしれない。もしもマンイーターに心があるんだとしたら、ソールに倒されたいなんて思うのかな。ううん、きっと思わない。


「そっか……キメラには心が二つあるんだ」


精霊とマンイーターの二つの心が。でもそうだとして、それが分かったとして何の役に立つんだろう。


……ううん。何が役に立つかなんて、後で考えればいい。ずっとそうやって、キノコを拾ってきたんだ。


『無限の苦痛――』


ふとミーナの耳がソールの言葉の一片を思い出した。だが、その先に続かない。その言葉が何かとても大切な気がして、ミーナは声を張り上げた。


「ルタちゃん! ソールから聞いた精霊の言葉覚えてる!? 『無限の苦痛――』とかなんとか言ってたの!」

「もちろんです。『無限の苦痛、無限の飢餓、無限の孤独、そして罪悪感。彼女はそのいずれにも耐えられると言ってみせました』でございます」


孤独――それは人ではない者の孤独。

飢餓――それは人を食べたいという欲求。

罪悪感――それは人を食べてしまった後悔。


じゃあ苦痛は? 苦痛ってなんだろう。他と何が違うんだろう。分からない。


「苦痛ってなんなの……?」


あと少しで、何かが分かりそうな気がするのに……!


両肩に手を置かれ、ミーナは耳を立てる。

手を置いたのはパパとママだった。


「ミーナ、パパたちもずっと考えていた。どうしてあの日、ウルシハミタケなんかを食べてしまったのだろうと。どうしてあんなことをして、ミーナに苦しい思いをさせてしまったのだろうと、ずっと苦しかった……」

「苦痛ってそういう気持ちなのかもしれないわね。なにかの参考になるかしら……」


ストゥルタが間に入る。


「それは罪悪感では?」

「「……確かに」」


パパとママの一番の苦しみ――それは罪悪感だったのかもしれない。


「すまない、ミーナ」「ごめんなさい、ミーナ」


でも、それだけじゃない。


「ううん。ありがとう、パパ、ママ。おかげで分かったかもしれない」

「「本当?」」

「うん。それに、ウルシハミタケを食べられるキノコと勘違いしたのは、パパとママのせいじゃないかも」

「「ええ!?」」


ミーナは立ち上がると、玄関の間から自室へと駆け出した。

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