第3話
『――錬金術は既に世界から失われ、
いきなり現れた戦闘メイドは、確かにそう言った。だが、俺とリオンはおそらくホムンクルスだ。
「つまり、あなたたちは侵入者なのです。
……証明、雑じゃない? そう思ってしまうのは、俺がこの世界の人間ではないからだろうか。
「侵入者は、排除します」
鋭利なナイフが俺とリオンに投げられる。正確で迷いのない一投、いや二投。
リオンが無理なくかわすのを確認しつつ、俺は目の前の刺客に飛び込んだ。
(なんで、俺はこんなに冷静なんだ……?)
ゲーム世界の主人公に転生した影響なのか、あるいはホムンクルスの肉体の影響か……飛んでくる刃物に対する恐怖心がなかった。いや、恐怖すべきものに見えないというのが正しいのかもしれない。
ナイフは確かに高速で飛んできているはずなのに、俺にはそれがどうも遅く見えて仕方がなかった。
ある種の人間、ある種のアスリートには超人的な動体視力が備わっているという。だが、それは天性の才能もしくは血のにじむ努力で獲得されるものだ。
それがどうして自分の目に宿っているのかは分からないが、今言えるのは、
「これは助かる……ッ!」
ということだった。
俺という存在が――
転生者であり
ホムンクルスであり
ソール=アウレアスという主人公でなければ
――飛んでくるナイフに反応してリオンを守るということもできなかったに違いないのだから。
今だって、投げられたナイフを手に掴んで投げ返すなんて離れ業ができる気がしてならなかった。
(まさか本当にできるとは……)
普通ならあまりに無謀に思える冒険に身を投じた結果、俺は飛んでくるナイフを通り過ぎ様に掴み、即座に投げ返す。
もちろん、メイドを狙ったわけではない。彼女には、先ほど言っていたことの意味を説明してもらわなければならない。
『――世界からは既に錬金術が失われ、
錬金術にホムンクルス――そうした概念が存在するのはいいとして、それが失われているとはどういうことだ。そうだとするなら、ホムンクルスに生まれ変わったであろう俺とリオンはなんなんだ……?
(いずれにせよ、目の前のメイドを無力化しないと……!)
投げ返したナイフが、向こうから飛んでくるナイフを弾く。と、無表情なメイドの動きが一瞬だけ硬くなる……その一瞬があれば、今の俺には十分だった。
「話し合おうッ!」
床が砕けるのではないかと思えるほどに足に力を込め、叫んだ。
ダンッ! という大きな音を置きざりに、メイドとの距離を一気に詰める。
(やばい)
体験したことのない未知のスピードで迫ってしまったせいで、俺は彼女を押し倒すしかなかった。だが、とっさに彼女の後頭部に手を添え、そのまま倒れこむ。
「いやん」
「あっ! ごめん!」
自分の背中にナイフを投げた女に対して言うことでもないが、俺はつい謝ってしまった。
(というか、いやん……? なんて棒読みな子なんだ)
どうでもいい疑問を持ち始めたころ、相変わらず無表情のままメイドがその整った顔を背ける。
「発情期ですか」
「違います」
「いやらしい」
「違うよッ!?」
と、全く説得力のない抵抗をしてみせた。ところで、人間という生き物は一年中ずっと発情期なのだと聞いたことがあるな……人体の不思議だ。
(それにしてもこの子の体、やけに硬いような……)
俺は思わずメイドの手首をさりげなく揉んでみた。うん、硬い。
「……ではなく。俺たちの話を聞いて欲しいんだが」
そう、このメイドとは話をしなければならない。
「ぷい」
ぷい……じゃないが。このメイド、
と、リオンが悠々と歩いてくる音がする。
「……楽しそうだな」
押し倒され、両手首を掴まれたメイド。
それにまたがるようにしている俺。
その様子をじっくり覗き込むリオン。
リオンの赤い瞳が鈍く光る。
「殿下、何かおっしゃってください」
何も言われないのが、かえって怖かった。
ともあれ、状況を確かめなければならないわけで……俺がメイドを押さえつけるのに専念し、リオン殿下が尋問するという形に自然となった。この間、メイドは逸らしたはずの目を再び俺の目に合わせてくる。あまりに気まずい。
(リオン、早く喋ってくれ!)
俺は心の中でリオンを呼び捨てにする練習をすることにした。
と、リオンが口を開く。
「これから尋問を開始するが、命まで取る気はない。安心しろ」
「ワタクシに尋問は無意味です」
「ならば楽しくお喋りをするとしよう」
「それならいいでしょう」
…………いいわけないでしょう?
「ではまず、貴様は何者だ?」
「何者、と聞かれましても、ワタクシはワタクシのことを部外者に話すことは許されてはいません」
「だが、それでは楽しくお喋りできないだろう?」
「なるほど、それはそうかもしれませんね」
……おいおい。
「……楽しくお喋りするためには、やはりここがどこかも知るべきだろうな?」
「なるほどなるほど、そうでございますね」
……なんだか雲行きが怪しくなってきたな。
「ここは秘密結社『黄金の兄弟団』のアジト――『ニーフェルアーズ』でございます」
ああ、今この瞬間、秘密は秘密でなくなった。
このメイドさんは、クールビューティな娘ではない。
「そして、ワタクシはここの守護者であり――」
アホの子だ……それも重度の。
「――自動人形。つまり、オートマタと呼ばれるものです」
リオンに向けられていた無表情なメイドの顔が、俺に向き直る。彼女の腕を握っている手が、急に冷たくなったような気がした。
(自動……人形……?)
この子は何を言っているんだ? いや、ホムンクルスがいるなら、自動人形くらいいてもおかしくはない、のか。
(いや普通に美少女だが……?)
改めて彼女の顔を確かめるが、一目に人形とは気づけない精巧さだった。青い瞳にしたって、まるでサファイアを埋め込まれたかのように見える。いや、まさかな。
ただ、
「これで、楽しくお喋りはできますか?」
『楽しく』を強調するメイドが、ここにいる。そして、ほんのわずか……それは1ミリにも満たない動きだった。言い終わった後の彼女の口元が、微笑んでいるように見えたのだ。
俺が言葉を失っていると――そもそも喋る予定もなかったが――リオンが小さく笑う。
「このままでは楽しくお喋りはできない。なあ、ソール?」
「……確かに」
ナイフで傷つけられたことが、不思議とどうでもよいことに思えてきた。この感覚は、人として正常だろうか?
そんな疑問を抱きつつも、俺は押さえつけていたメイドの両手首を離した。
「君のことは……なんて呼べばいいかな」
「皆様、ワタクシのことを愚かな娘――ストゥルタと呼びました。長ければストゥ、言いづらければルタとお呼びください」
もっとも、リオンは『良き名だ』と言って、そのまま呼ぶことに決めたようだ。どこまで本気で言っているのか分からないのは勘弁願いたい。
さて、楽しくお喋りをしようと言っておきながら、リオンは情報収集する気満々だ。
「楽しくお喋りをするには、ストゥルタが知っていることを全て話すべき……そうは思わないか?」
「なるほど、そうかもしれません」
そのやり取りを見て、俺は頭を抱えた。
(心配過ぎるこの子……!)
人形相手に心配しても仕方がないが、あまりにも先行きが不安である。
リオンもリオンだ。相手の弱みに付け込んでいるようにしか見えない。ただ、俺たちとしてはできることはしなければならないのも正しいし、
(殿下はこういうこと言うからなあ……)
と、不思議な納得感はあった。
「ですが、ワタクシは欠陥品でございます。情報量、精度、共に基準値を下回るそうです。また、いくら欠陥品のワタクシとはいえ、重大な機密事項の公開は不可能かと思われますが、よろしいですか?」
「構わない。むしろ、その正直さは美徳と言えよう」
「あなた、いい人でございますね。では、何からお話しましょうか」
「ふむ。聞きたいことはオウルの山ほどあるが、ずばり聞こう――」
――この世界は、どのようにして生まれた?
リオンは創世神話について尋ねている。それは、確信を突く質問でもあった。
現実、ファンタジー、いずれにせよ、世界が生まれた理由は必ず存在する。
俺やリオンが知っている神話であれば、この世界は確実にゲーム世界だ。
そうでなければ――
あるいはゲーム世界の未知の大陸
あるいは俺の前世
あるいは異世界
――だ。俺は固唾を飲んで確定の時を待った。
ストゥルタがゆっくりと平坦な調子で語り出す。
「ざっくり申し上げて――」
一日目、世界をことごとく焼き尽くした
二日目、焼きすぎて乾ききった世界に水を注いだ
三日目、注ぎ過ぎた水に風を送り世界を湿らせた
四日目、水底から土を削り大陸を生み出した
五日目、削り過ぎた土の奥から毒が溢れたので毒をもって制した
六日目、制しすぎた毒を氷河に閉じ込めると、世界が冷えた
七日目、冷えすぎた世界を光で照らした
八日目、誤って世界を揺らし眠れる魂を呼び覚ました
九日目、命の種を雷と共に世界に落とした
十日目、まぶしすぎる世界に草木を生やした
十一日目、削りすぎた土から金を生み出した
十二日目、混沌とした世界を夜で区切った
「――以上です」
俺は、リオンの揺れ動く赤い瞳を見て、確信した。
ここは、ゲーム世界でも前世でもない。
異世界だ。
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