大転生時代の闇と黒き龍
1話 命の価値
2021年4月 大学病院 診察室
「余命はあと4年ほどだと思っておいてください・・・」
僕、卯都巳 翔(うつみ しょう) は中学に入ったばかりの頃にいきなり余命を宣告された。
唐突の宣告に、真っ黒になる視界に、真っ白になる頭の中。どこか他人事のようにも聞こえてしまうほどにあまりに非日常的で現実味の湧かない内容を前に、僕はしばらく生気を失い現実逃避をしていた。しかし皮肉なことに、それでも脳は「自分の死が迫っている」というその瞬間も生きていくうえで無視できない必要な情報を必死に整理して僕の心にドクドクと鼓動と共に懸命に伝えてくるので、ジワジワと何とも言えない喪失感や恐怖心などの様々な感情が次第に膨らんでいき、気づくと僕は自然と涙を流していた。ふと目をやると横では顔を両手で覆って泣き崩れる母に、険しい表情で肩を震わせながら唇をかみしめる父の姿。目の前ではとても気まずそうな表情をみせる主治医に看護師の姿。決して忘れたくても忘れることのできない悲痛な光景であった。
高校1年生の春、今年でついにその4年目である・・・。あの診察室での絶望的な景色が走馬灯のように蘇る。 いや、むしろ命の期限が迫るにつれてそれは自分にとって現実を突きつけるものとして日々色濃く重いものとしてのしかかってくる。
僕は余命宣告を受けたあの後もなんやかんやあって両親からの強い勧めで中学に通い続け、さらには高校にも進学することになった。中学では僕が余命宣告を受けたことがたちまち話題になり、みんなは僕に優しくしてくれたり、気遣ってそっとしておいてくれる…どころか「どうせすぐに死ぬ未来のない、いじめるには格好の獲物」として捉えてきて、毎日のようにいじめてきた。陰湿なものとしては、教室の黒板にでかでかと「転生おめでとう!」と悪意のこもった太文字を落書きとともに書き殴り、机の上には菊の花とモノクロにした僕の顔写真に黒いリボンを巻き付けて葬式の祭壇を再現するなど。直接的な殴る蹴るなどの暴力もまた日常茶飯事であった。いじめのリーダー格であった医者を目指す金持ちの家の同級生とその取り巻きたちは「お医者さんごっこ」と言って僕を会議室なんかにある長机の上に無理矢理寝かせ、その脚と僕の手足を縄で縛り付けて制服の腹の部分をめくり、カッターナイフや彫刻刀にハサミなどを持ち出して至近距離で突きつけてきては、医療ドラマなんかでよく見るような手術での様子の真似事をしてひたすら下品に笑い騒いでいた。「お前なんかどうせ死ぬんだから俺の輝かしい未来のためのモルモットにしてやるよ!ありがたく思え!」などと散々僕を罵り、恐がらせ、実際に切り付けてきたりこそしないものの、ひたすら僕の心身を弄んできた。もはやどれほどの屈辱的な言葉を浴びせかけられたかなど数えきれないほどだ。教師は教師で、その光景を目の当たりにしても軽く彼らをあしらう程度で、僕に対して「お前がそう長くないのは本当のことなんだから、わざわざいじられに学校へ来る方が間違っているんだ。嫌な思いをしたくないのなら悪いことは言わんから残りの人生は終活でもしてゆったりと過ごせ。ここは本来未来のある者たちが来るべき場所なんだから、お前のようなやつが来るべき場所ではない。」と完全に僕のことを見限ったような冷徹で残酷な言葉を浴びせてくる始末だった。僕はいじめにはとても辛い感情を抱いていたが、実のところその教師の言うことにも一理あると思っていたため、「やはりもう中学に通うのはやめる」と事の一部始終を両親に説明して、改めて終活に力を入れることを話したところ、両親は「生きている限りお前から学ぶことを奪う権利は誰にもない!死ぬことを前提に過ごす必要なんてない!」と僕に言い放ち、教師の発言やいじめの実態に大激怒して学校に猛抗議した。いじめの主犯格であったあの医者志望の生徒の家は中学に多額の寄付をするほどの金持ちだったため、結局教師はまともに取り合ってはくれなかった。それでも両親は今度は僕を自由な校風のフリースクールに転入させて決して学ぶことをやめさせず、中学3年生になると家に家庭教師を呼んで受験勉強までさせたのだった。そして僕のように余命宣告を受けていたり、様々なハンデを抱えている多様な生徒たちの受け入れに充実している私立高校を受験させた。主治医から言い渡された命の期限は換算すると高校に入る年だというのにだ。もういつ死ぬのかわからない期限に突入しかけているというのに勉強する意味が正直解らずも、僕は1年間優しく熱心に指導してくれた家庭教師の先生やフリースクールの先生たち、そして両親の思いもなんだかんだ無駄にはしたくなく、試験に臨み合格した。合格通知を見て、親も先生たちも大喜びをしてくれていたが、当の僕はと言うとすでに死んだような目をしていた。もうすぐ死ぬのに高校に合格して喜ぶその図がとても残酷なものに思えたからだった。
僕は春休みが明けるとトボトボと重い足取りでその高校へと通い始めた。両親は相変わらず僕をこれといって特別扱いせずに、「体調に異変が起こらない限りは1人できちんと歩きと電車で学校まで通うこと」という約束まで提示してきていた。だから今日もこうして定期券を使い、家から最寄りの停留所から高校の最寄りの停留所まで、やや満員の路面電車に乗って、あとは歩いて通学していた。4月も中盤に入り、新しい通学路も歩き慣れ、風景も馴染んできたが、心は安定しないままであった。今日は雨の降る憂鬱な月曜日であったために僕の苛立つ気持ちはピークに達していた。
「どうせ今年あたりで死ぬんだから、もう好きにさせてくれよ・・・わざわざ家庭教師呼び込んで受験勉強までさせて、それも学費の高い私立に通わせるなんてどうかしてるとしか思えない!合格したってちっとも嬉しくないわ、クソが!僕が死んだ後に夫婦2人仲良く老後まで幸せに暮らしていけるように浮いた学費や養育費なんかの分も貯金しとけばいいってのに!」
僕は今のこの現状の苛立ちを抑えきれずに愚痴をこぼすと小石を思いっきり蹴飛ばしてみせる。たいして遠くへ飛ばないので余計に苛立つ・・・。もう一度大きめの石を思いっきり蹴飛ばしてみようとしてみたが、目の前に1羽の白い鳩がいたので思わず足を引っ込めた。白い鳩は呑気にも「クルッポ」と鳴きながらこちらを見て首を傾げると、次の瞬間羽を羽ばたかせて僕の頭の上を通り越し、大空へと飛び去って行った。そんな一連の動作を見てすっかり僕は脱力した。「ふぅ~」とため息をつくと傘を持ったままふとその場に立ち尽くし、しばし考え込んだ・・・
僕は、余命宣告される前の小学生の時こそ勉強では理科と図工が大好きで、外に出ては自然公園で虫やら小動物やらをひたすら追いかけまわしたり捕まえたりしながら、スケッチブックにその絵を描いて日々を過ごしてきた。その時には両親や中学入学前に老衰で亡くなってしまった祖父にも生き生きと得意げにその絵を見せたりしていたものだ。しかし、僕が小学4年生の頃の2018年に突然、自らを「新世界の神」だと名乗る「ダークマンバ」という黒大蛇の姿をしたどこか禍々しい存在が雲に乗って天空に無数の星々を引き連れて突然姿を現してからはこの世界は大きく変化した。
ダークマンバ「この世界の人々は我、蛇神(へびがみ)に選ばれし存在である。我こそはこの世界の救世主に相当する。ここに宣言しよう!生きることに疲れた者たちは極楽浄土となる我の創造した『異世界』へと『輪廻転生』するがよい!そこではお前たちひとりひとりが高貴な身分や高い能力を手にすることができ、その世界では特別な者として君臨できる人生が待っている!約束しよう!死んだ者たちには1人につき我の力により創造した、この無数の星々の中に存在するひとつの異世界のどこかに転生させ、強大な力を与えた後に今よりも良い生活を送らせることを!」
ダークマンバの降臨とこの言葉に多くの人々が影響を受け、辛い生活などを送っていた者たちは次から次へとよりよい生活や能力を手にするべく、自ら死を選ぶようになり、俗にいう「異世界転生」が大ブームとなった。最初こそ「本当なのか」と疑いを持つ者も多かったが、科学者たちが研究をした結果、本来観測できるはずのなかった「人間の魂」が臨終した人間からダークマンバの発生させたと思われる物質と結合することでエーテル体となって観測可能になり、有人ロケットでの直接の干渉こそ不能ではあったものの、無人探査機ではダークマンバの創造した無数の星々の中の観測が可能であり、そこではそのエーテル体は新しい肉体を持ち、本当に勇者や人知を超えた力を手にした者へと生まれ変わり、充実した日々を送ることができることが正式に判明してからは、いよいよ人生の上手くいかない者たちによる「転生」が後を絶たない「大転生時代」へと突入したのであった。
だが一方で、このことから人々がどんどん命を軽視したり、あまりにも簡単に命を粗末にすることなども倫理的な側面から社会問題になっており、さらには現実世界で上手くいかないからといって別の世界で反則的な力や人生を手に入れることを「マネーロンダリング」をもじって「ライフロンダリング」と揶揄されたりもするようになっていった。 (ちなみにこれにはもう一つ意味があり、マネーロンダリングは資金の洗浄を意味することに対し、ライフロンダリングは極端な「命の洗濯(洗浄)」をするということともかかっている)
翔が最初の中学でいじめを受けていたのも、ダークマンバ降臨による転生と異世界の存在の判明により、命の価値が若者たちの間でもどんどんと軽いものへとなっていったことも要因のひとつであった。
「今のこの時代、ここまでして生きることに価値ってあるのかな?・・・」
翔はもう一度深くため息をつくと、また重い足取りで本降りになりつつある雨の中を歩いていくのだった・・・
インフェルノワールドラゴンズ おおいた ゆずみ @matsunan23
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