インフェルノワールドラゴンズ

おおいた ゆずみ

プロローグ 「転生」

 「そうだ、『転生』しちゃおうっと!」 

明るい口調でなにかを決意する19歳の新成人の若者。次の瞬間、彼女は赤いランプが交互に点滅して警報の鳴り響く遮断機が閉まっている踏切内に立ち入り、堂々と手を広げて高速で走行してくる電車と正面衝突することであっけなく絶命した。生前までの彼女の明るい口ぶりとは正反対に見える行動であった。当然周囲の人らはざわめき、電車内の乗務員たちは対応に追われていた。警察や消防もすぐに駆け付け、ブルーシートで屍となった彼女の身体は覆われた。しかし、やがてそんな群衆の中で人々の発する言葉もどこか不自然かつ異様であった。

高校生「また『転生』かよ・・・ ま、例によって遅延証明書のお墨付きで堂々と授業サボれるからラッキーかな?」

サラリーマン「『転生』するのはいいけど時間帯考えて欲しいな・・・取引先の人、時間に厳しいから・・・」

主婦「いいわね今の若い子たちは・・・好きに『転生』できて・・・私もしたいけど、流石に5歳の息子を残してはね・・・」

警察官「(無線越しに)報告します!はい!また『転生希望』の若者かと思われます。救急隊からの情報によりますと既に即死の模様。念のため応援願います!」

運転士「ったく毎度毎度朝から勘弁してくれよ・・・俺の乗務するダイヤだけでも今月でもう『転生』は6度目だぞ・・・」

車掌「(車内アナウンスにて)お客様にお知らせいたします。この電車は先ほど、踏切内での『転生目的』と思われます、人との接触事故の発生の影響に伴いまして只今も緊急停止しております。運転再開の目途はまだたっておりません。お客様にはご不便とご迷惑をおかけいたしますことを心よりお詫び申し上げます。 また、『転生目的』での電車の利用は多くのお客様や関係者、その他の方々への多大な迷惑となりますので、絶対におやめいただきますことを再度お願い申し上げます。」

乗客たち「やっぱり『転生』か・・・」「勘弁してくれよまったく!」「『転生』したいのは俺だって同じだっつの!」

ドライバー「今の瞬間、ドラレコにしっかりと映ってたよな!?・・・でも今どき事故なんて『転生』目的で起こすやつも増えたし、テレビ局やマスコミもさほど珍しくねえか・・・」


とある中学校の屋上でも1組のカップルがその華やかな青春を感じさせる光景からは想像のつかない会話をしていた。

 「私さ、親ガチャ大失敗しちゃったっぽい・・・」「それならいっしょに『転生』しちゃおっか⁉リセマラしようぜ!」「・・・痛いのはやっぱり怖いかな・・・」「大丈夫だって!ほら!2人で手を繋いで落ちりゃ、痛いのも一瞬だって!」「『向こう』でもずっと一緒だよね?」「ああ!もちろん!2人で豪遊しようぜ!」

女子生徒は俯き、少し間を置いた後にゆっくりと頷くと、男子生徒の差し出した手を強く握り締めた・・・ そして2人は屋上のフェンスの上に立ち、その後はあっけなくグラウンドへと落ちていった。グラウンドにはたちまち、血まみれになった2人が辛うじて手を触れ合いながら倒れている。体育の準備運動で軽くランニングをしていた生徒たちからは悲鳴や絶叫が聞こえる。しかし、ここでも生徒たちは次第に口をそろえて言い出す。

「うわ!『転生』かよ!」「つーかこの2人、『転生』も仲良くとかどんだけリア充よ!」「リア充だったら『転生』なんて選ばなくね?」「まあきっとうちらの知らないところでいろいろとあったんだよ・・・よい『転生』を!」「いいのかな?・・・その・・・まだ息があるっぽいけど・・・」「バカ!今助けたらかえって苦しい思いさせるだけだろ!いいんだよこのまま放っとけば!」

体育教師「ほらお前らー、もう『転生者』が出ただけでいちいち騒ぐなー。授業始めるぞー。」

遅れてやってきた体育教師までも言動がどこかおかしい。特に慌てるそぶりも見せず、倒れた2人に向ける視線はまるで夏の終わりの地面に落ちた力尽きたセミにふと送るような冷たいものである。

体育教師「ま、生徒の人数が減るだけこっちも楽になるか・・・いじめだのDVだのの相談ばかりで、生きられててもなにかと面倒だしな・・・はは!」

助けも呼びに行かずに死にゆく生徒を放置して見捨てていく体育教師の笑いもその不気味さをより一層際立たせる。


介護マンションの一室ではベッドに寝たきりの高齢女性が息子の嫁になにやら怪しげな話を持ち掛けられていた。

「お義母さん・・・その・・・ね・・・私も旦那も、正直もういっぱいいっぱいなんですよ・・・はっきり言わせていただきますと、あなたの介護はお金もかかりますし、時間や体力も持っていかれるんですよ・・・私たちの子供2人も今年から小学校でしょ?いつまでも寝たきりのあなたにつきっきりという訳にもいかないんですよね・・・どうか・・・私たち家族を助けると思って・・・『転生』してしまえば『あちらの世界』では身体もまた自由で豊かに、それも女王様のように暮らせることが『新世界の王であるダークマンバ様』によっても直々に保証されているんですから、あなたにとっても悪くない話のはずですよ?今年からは日本も正式に『安楽転生』を認めてくれていることですし、これをいい機会に・・・この同意書にサインさえいただければ!・・・これ、『安楽転生』のための薬です。できるだけ苦しまずに『転生』することができますので!」

「・・・はあ・・・もう話がなにがなんだかわからねえけど・・・これ、とりあえず書けばいいんだな?・・・」

畳みかけるように話す嫁の話の内容にいまひとつついていけていないながらも、半ば押しつけられるようにペンを受け取り、『安楽転生同意書』と書かれた紙に自身の名を記入する義母。その直後に嫁はニヤリと笑うと、「じゃあお義母さん、早速ですけど、このお薬飲んで楽になりましょうね!色々とお世話になりました!『あちら』でもどうかお元気に!」と言って先ほど取り出して見せたカプセル状の薬を急かすように渡して水と一緒にゴクンと飲ませた。やがて義母は意識を朦朧とさせ、眠るように息を引き取っていったのであった。嫁は嬉しそうにスマホで旦那に電話をかけていた。

「あ、あなた?ようやく『転生』していってくれたわよ!・・・ええ本当!やっとだったわー!これであのクソババアの地獄のような介護生活ともおさらばね!今夜はレストランで『転生祝い』といきましょう!」

嫁の奇妙な内容の会話声が昼下がりのマンションの一室にこだまする。


信号が無く交通量の多い道路の横断歩道をこともあろうに車が行き交う中ダッシュで駆けていく小学6年生の児童。すぐにトラックに轢かれてしまう。トラックの運転手はすぐに降り、児童に大声をかけ、警察や消防に通報した後に懸命に応急処置をするも手遅れであった。児童のズボンのポケットからは遺言状と思われる紙が血に染まってはみ出ていた。

「中学受験に疲れたので『転生』してチート勇者になることにしました。 神条 イサム」

トラックの運転手はその紙をそっと手に取ると、遠く空の向こうを見つめながら悲しそうな眼差しでポツリと呟く。

「なんでったってこんなふうに長ったらしい題名の表紙の本の中にあるみたいな世界が本当にできちまったんだ・・・」


夕暮れの空の向こうには、紫色に禍々しく光る無数の星々が顔をのぞかせていた。やがてその星々と共に、この世界の闇を象徴するかのような夜が街を包み込んでいくのであった・・・

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インフェルノワールドラゴンズ おおいた ゆずみ @matsunan23

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