第3話 Chapter3 「演習」

【群馬県訓練所】

 ミント、パトリック、樹里亜、瑠美緯は群馬県の訓練所で演習を行っていた。今回の演習は内閣情報統括室の戦闘チームとの模擬戦闘である。条件を変えて3回戦い、2勝した方が勝ちとなる。1回目の戦闘はニコニコ企画の暗殺チームがギリギリ勝利した。交戦距離が近い近接戦闘だったため、日頃の訓練の成果を出せたのだ。


 模擬戦闘にはペイント弾とレーザーユニットを使用する。ペイント弾は実弾を改良した弾丸で、有効射程は80mである。ペイント弾が命中すると弾頭が破裂して黄色いペイントが飛び散り、当たった物を着色する。腕を除く上半身にペイント弾が当たった場合は戦死判定となる。レーザーユニットは銃に取り付けるレーザー照射装置で有効射程は300m。レーザーユニットはトリガーに連動しており、ペイント弾の発射と同時に0.3秒間レーザーを照射する。レーザーユニットから照射されたレーザーが体の5カ所に付けた樹脂製のレーザー受光パネルに当たるとヘルメットに付けたブザーが鳴り、小型のライトが赤く光るようになっている。レーザーが当たった場所によって『軽傷判定』、『重症判定』、『戦死判定』の3つに判定される。軽傷判定時はブザー『ピン』と鳴り、赤いライトがゆっくり点滅する。重症判定の場合はブザーが『ピーー!』と鳴り、赤いライトが高速で点滅する。『戦死判定』の時はブザーが大きな音で『ブーーーー』と鳴り、赤いライトが点灯する。重症判定の場合はベースと呼ばれる小屋に戻り、キーを使ってリセットすることで戦闘への復帰が可能だ。戦死判定の場合は戦闘から離脱しなければならない。軽傷判定でも2回目は重症判定となる。


 2回戦が始まった。ミントと瑠美緯は地面の窪みに伏せ、前方を窺っていた。紺色の戦闘服に紺色のカバーを着けたヘルメットを被っている。ヘルメットは耳と後頭部をカバーする形のフリッツタイプの米軍M88ヘルメットだ。前面には透明の強化プラスチック製の防弾バイザーを装着していた。樹里亜とパトリックはそれぞれ左右から敵の陣地に向かって低い姿勢で前進していた。

『ピン!』

ミントのヘルメットの右横に付けたブザーが鳴り、赤いライトがゆっくり点滅する。

《こちらビーナス、被弾した、軽傷判定。ジュピターは現在位置から迂回して》

《こちらジュピター、私も被弾しました、重症判定です。一旦ベースに戻ってリセットします》

《ビーナス了解》

《こちらサターン、俺も被弾した。戦死判定だ。クソッ、悔しいぜ!》

《ビーナス了解》

「瑠美緯ちゃん、ヤバイよ、樹里亜ちゃんが重症でパトちゃんは戦死だよ」

「敵が見えません。マズルフラッシュも確認できません」

「レーザーだよ。距離は100m以上。多分スコープとサプレッサーを使った遠距離からの狙撃だよ。頭を低くして」

ミントは双眼鏡で右前方を見た。

『ブーーーー!』

ブザーが鳴り、赤いライトが赤く点灯した。戦死判定だ。

「瑠美緯ちゃん、やられたよ」

[ミント先輩! 敵の位置を確認しました。突撃します]

瑠美緯は足の速さに自信があった。米子よりは遅いが100mを12秒で走れる。ミントは瑠美緯にアドバイスを与えたかったが戦死判定となった者はルール上話す事ができない。瑠美緯が体を起こすと窪みから飛び出し、前方の林に向かって駆けだした。林までの距離は80m。瑠美緯は走りながらM4A1アサルトライフルを森に向けてセミオートで5発撃った。『ブーーーー!』。ブザーが鳴り、赤いライトが赤く点灯した。

《こちらマーキュリー、被弾、戦死判定です。悔しいです》

《こちらギャラクシー。全員ベースに戻れ》

 

 ミントと瑠美緯は500m後方の2階建てのコンクリートの小さな建物に戻った。

「ミントさん、瑠美緯ちゃんお疲れ様です」

樹里亜が声を掛けた。

「なんだ全滅か。悔しいぜ。それにしてもスナイパーを使うなんて汚いぜ。俺達は全員アサルトライフルで近距離戦を想定してたんだ。1回戦の白兵戦で、俺が2人パンチでぶっ飛ばした腹いせか!?」

パトリックが悔しそうに言った。

「1回戦は近距離戦だから勝てたが、今回敵はスナイパーを配置したんだ。スナイパーが相手だと手も足も出ないな」

木崎が言った。

「そんなの聞いてないよ! 模擬戦闘っていうからアサルトライフルと拳銃の戦いを想定してたよ。それに私達は暗殺専門のチームだよ。最近は戦闘もしてるけど、相手は戦闘専門のチームだよね? ただでさえ不利なのにスナイパーまで投入されたら勝ち目がないよ、冗談じゃないよ」

ミントが抗議するように言った。

「私は走ってるところを撃たれました。射手はかなりの腕前です」

瑠美緯が悔しそうに言った。

「戦闘チームには警察のSAT(特殊急襲部隊)出身者や元陸自のレンジャー資格者がいる。狙撃はお手のものだ。次の3回戦はこの建物の防衛戦だ。戦闘開始から30分間この建物を守れば勝利だ。遮蔽物が使えるし、最終的には近距離での戦闘となるから俺達にも勝機がある。ただし人数は攻撃側の向こうが6人でこっちは4人だ。20分後に戦闘開始だ。ミント、戦闘指揮を執れ」

木崎が言った。

「わかったよ。パトちゃんと瑠美緯ちゃんは1階の窓から射撃。私と樹里亜ちゃんは2階から撃つよ。パトちゃんはM240を使ってね。弾丸は200発の給弾ベルトが3本だよ。コードネームはさっきと同じ。私がビーナス、パトちゃんはサターン、樹里亜ちゃんはジュピター、瑠美緯ちゃんはマーキュリー、木崎さんはギャラクシーだよ」

「俺は戦闘に参加できないがしっかりと観戦して教訓を残したい。それとコードネームは俺も考えたんだが」

木崎が口を挟んだ。

「木崎さん、コードネームはさっき言った通りだよ。大阪で二和会を殲滅した時使ったやつだよ」

ミントが返答した。

「私はこのコードネーム気に入ってます。ジュピターってカッコいいです。木星ですよね。ネットで木星について調べました」

「私もこのコードネームが好きです。カッコいいですし米子先輩が考えたコードネームです」

樹里亜と瑠美緯が言った。

「うーん、俺も考えたんだけどな」

木崎が言う。

「どうせ焼き鳥とか野菜とかダサいんでしょ? だったら米子の考えた惑星シリーズの方がイケてるよ」

ミントが言った。

「そうか。今回は動物シリーズでカッコいいんだけどな。まあいい、今回は惑星で行こう。次は俺の案を採用してくれよ、約束だぞ」

「ミント、敵を発見したら指示を待たずに掃射するぜ」

パトリックが言った。

「いいよ。とにかく弾幕を張ってね」

「ミント、提案がある」

木崎が言った。

「木崎さん、何?」

「スコープ付のレミントンM24スナイパーライフルが1丁ある。スコープは調整済みだ。樹里亜に撃たせたらどうだ? 樹里亜は視力が2.0だ。狙撃は今回の防衛戦に有効かもしれないぞ。相手は狙撃に対して油断している」

「樹里亜ちゃん、やってみる?」

ミントが樹里亜に訊いた。

「はい、訓練所で狙撃の基本は習いました。成績はAでした。さっきは悔しかったのでリベンジしたいと思います。スコープがあれば600mまでは狙撃可能です」

「わかったよ、狙撃よろしくね」


 模擬戦の第3回戦が開始され、各自が配置についた。ミントと樹里亜は2階から外を監視していた。パトリックと瑠美緯は1階で敵を待ち受けている。

《ビーナスから各位、南を12時とする。敵を発見の際は方位と距離を知らせよ》

《こちらジュピター、2時の方角より敵2名接近中。距離200》

《ビーナス了解。各自待機。敵は全部で6名。あと4名の確認を急いで》

樹里亜が小さな三脚に載せられた倍率30倍の観測用望遠鏡を覗いている。

《こちらジュピター、別の敵2名が11時より接近中。距離300》

《ビーナス了解。最初の敵を『敵Aアルファ』、2番目の敵を『敵Bブラボー』と命名する》

樹里亜がM24スナイパーライフルのスコープを覗く。スコープは1倍から12倍のズームが可能だ。ボルトを引いて7.62mmNATO弾を薬室に送る。地面の窪みに伏せていたターゲットのヘルメットが2つ見える。黒い十字線をターゲットの1つのヘルメットに重ねる。敵は80mまで接近していた。樹里亜は慎重にトリガーを引いた。

『バスッ』

ターゲットのヘルメットの赤いライトが点灯した。樹里亜がボルト引いて排莢し、ボルトを戻して次弾を装填した。

《こちらジュピター、敵Aアルファの1名を狙撃、戦死判定確認》

「樹里亜ちゃんやったね! その調子で頼むよ」

「はい。もう1名をやります」

敵Aアルファのもう一人は窪地に伏せて頭を低くした。樹里亜はターゲットの動きを予想した。窪地から左方向10mに瓦礫が積み上げられた高さ1mの山があった。樹里亜はターゲットが窪地から飛び出し、瓦礫の山の影に隠れる事を想定した、

《ビーナスからサターンへ、敵Aアルファに1連射の後、敵Bブラボーに1連射をお願い》

《サターン了解》

『ドドドドドドド』 『ドドドドドドド』

敵Aアルファの隠れた周辺と敵Bブラボーの伏せた周囲に7.62mmが着弾し砂煙が上がる。

《こちらビーナス、サターン、敵Bブラボーにもう1度長めの斉射お願い》

『ドドドドドドドドドドドドドドドドド』

「樹里亜ちゃん、敵Aアルファが飛び出すよ」

ミントが言った。敵Aアルファの一人が窪地から飛び出した。敵Aアルファは敵Bブラボーが攻撃を受けている隙に移動を試みたのだ。ミントの目論見通りだった。

『バスッ』

樹里亜がトリガーを引いた。飛び出したターゲットの後ろに砂煙があがる。惜しくも外れた。樹里亜が素早くボルトを引く。ターゲットが瓦礫の影に飛び込もうとする。樹里亜がターゲットの胴体に狙いをつけてトリガーを引く。

『バスッ』

瓦礫の影に飛び込んだターゲットのヘルメットの赤いライトが高速で点滅する。

《こちらジュピター、敵Aアルファの残りの1名を狙撃、2発目でヒット、重症判定確認》

《こちらビーナス、サターンは敵Bブラボーを間欠的に掃射。他は残りの敵を索敵して。あと2人いるはずだよ》

ミントは2階の窓から。双眼鏡で戦闘区域全体を観察した。

「樹里亜ちゃん、今回はイイ感じだよ。勝てるかもしれないね」

『ガシャーーン!』

ミントと樹里亜のいる2階フロアの後方でガラスが割れる音がした。ミントと樹里亜が後ろを振り返った。

『バス! バス! バス! バス!』 『バス! バス! バス! バス!』

銃声が響き、ミントと樹里亜が被弾し、紺色の戦闘服が黄色いペイントに染まる。ヘルメットのライトも赤く点灯している。迷彩服を着た敵2名が後方の窓から侵入し、射撃を行ったのだ。銃はサイレンサー付きのベレッタM9だった。

《こちらビーナス、ビーナスとジュピター被弾、戦死判定》

ミントと樹里亜は戦死判定となった。進入した敵の2名はパトリックと瑠美緯がいる1階へと続く階段を静かに降りて行く。1階に敵の襲撃を伝えたかったがルールの制約でミントと樹里亜は声を出すことはできない。ミントは敵が侵入した窓に駆け寄ると屋上からロープが2本垂れ下がっていた。パトリックと瑠美緯は1階の窓から外を伺っている。

『ドドドドドドドドド』

パトリックが敵Bブラボーに向けてM240汎用機関銃を射撃した。

「くそ、あいつら動かねえな。出てきやがれ! 瑠美緯、ミントと樹里亜はやられた。がんばろうぜ」

「パトさん、私が外に出て大きく迂回して敵Bブラボーを攻撃します。援護射撃をお願いします」

瑠美緯が窓から飛び出そうとする。

『バス! バス! バス! バス!』 『バス! バス! バス!』 

1階の室内にサイレンサーを装着した時の銃声が響いた。

「クソ、どっから来やがった」

パトリックと瑠美緯は背中を撃てれ、戦死判定となった。パトリックと瑠美緯を撃った男2人は建物の玄関から素早く出て行った。

《こちらサターン、俺とマーキュリーは戦死判定だ》

《こちらギャラクシー、戦闘終了だ。1階に集まれ》


 全員が1階に集まった。

「ご苦労だった。残念だが1勝2敗だ。1つはスナイパーにやられた。もう1つは敵が屋根からロープで2階に突入して予想外の急襲を受けた」

「クソ、侵入されたのは気が付かなかったぜ。どこから屋上に登ったんだ?」

パトリックが悔しそうに言う。

「建物の裏の排水パイプを登ったんだ。レンジャー資格を持っているか、対テロ市街戦のエキスパートだろう。一旦屋上に登って様子を見てたんだ。戦闘開始直後に俺達が正面の敵に気を取られてる間に大回りしたんだ」

「全然気が付かなかったよ。敵は見事な連携だったね。でも樹里亜ちゃんも狙撃で2人倒したからこっちも少しは成果があったよ」

「ああ、樹里亜は狙撃の素質がある。よかったら自衛隊かSATの狙撃部隊に紹介状を書くぞ。1ヵ月間訓練してくるか?」

「いいんですか? 嬉しいです!」

樹里亜が笑顔で言った。

「それと瑠美緯、お前も対テロ部隊で潜入訓練を受けたらどうだ。建物への潜入や爆破工作、ナイフ戦闘の訓練ができるぞ。お前は体が軽くて動きが機敏だ、今回の敵みたいに屋根から潜入するのは暗殺でも役立つぞ」

「やります! なんかカッコいいです」

瑠美緯も笑顔になった。

「よし、鍛えて来い!」

木崎が言った。

「いいなあ。私も能力を伸ばしたいよ」

ミントが言った。

「お前は近接戦闘が得意だ。戦闘指揮を執って欲しい。教本で勉強するんだ。これからは暗殺だけじゃなくて戦闘任務も増えるだろう。だから今回も本部から演習の要請があったんだ」

「わかったよ。米子の代わりが出来るように頑張るよ。今回も米子がいたら勝ってたかもね」

「いや。米子でも狙撃や敵の潜入には手を打てなかっただろう」


 米子は部屋で受験勉強をしていた。机の上のスマートフォンが鳴った。

『もしもし』

『米子? ミントだよ』

『ミントちゃん、久しぶりだね。元気だった?』

『うん、元気だよ。樹里亜ちゃんは狙撃、瑠美緯ちゃんは潜入工作の訓練で他の組織に行ってるよ』

『へえそうなんだ』

『この前本部の戦闘チームと演習したんだけどボロ負けだったんだよね。だから戦力強化のために2人を研修に出したんだよ。私は戦闘指揮を勉強中だよ』

『皆頑張ってるんだね』

『米子は勉強頑張ってるんだよね?』

『うん、このまま勉強すればどこの大学でも受かりそうだよ』

『凄いね。私も時間を見つけて受験勉強してるよ』

『同じ大学に行けるといいね。皆と合いたいなあ。仲間だもんね』

『米子変わったね。孤独が好きなイメージだったけど、今の方がいい感じだよ』

『前は他人なんてどうでも良かったし、自分の事ですらどうでも良かったけど、最近は仲間とか、他人も大切だと思うようになったんだよ』

『樹里亜ちゃんや瑠美緯ちゃんと米子の家に遊びに行ってもいい?』

『いいよ、美味しいコーヒー淹れてあげるよ』

『うん、楽しみだよ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る