第29話「初月の試練と予想外の逆転」

 新学期が始まり、鍛錬と学内イベントが本格化した最初の月末に、学院は早くも一つの「中規模戦術試験」を用意してきた。これは定期的に行われるミニ大会で、参加者たちはM級魔物相当の課題をクリアし、最終的な順位や達成状況によって追加講座への参加権などが得られる。もちろん、ワシもリールも参加登録を済ませている。


 朝、訓練場前に列を作る生徒たちが既に緊張した面持ちで待っている。告示によれば、今回のミニ大会は「空洞地帯でのM級魔物討伐と資源確保」が主題らしい。地形は洞窟や地下空間を模した特殊施設で、光源が乏しく、音が反響する複雑な環境が用意されているらしい。

 ワシは地図を確認してからリールに視線を向ける。「暗所での戦闘は前にも試したが、今回はさらなるトリックがあるかもしれないな。M級対応は安定してきたが、ここで何か新たな戦術を試すチャンスかも。」

 リールは笑顔で「そうね。あたしも光魔法で暗所を味方にしやすいから有利かもしれない。」と応じる。


 しかし、問題はワシらがペアで参戦できないルールがあることだ。今回のミニ大会は個人戦が基本であり、同盟は原則禁止とのこと。総合戦術大試験では一時的同盟が認められる場面もあったが、今回は明確に「単独で資源と魔物対応をすること」が求められている。

 リールが少し口をとがらせ、「単独か…じゃあ今回はあたしが『ワシ』――あ、バルって呼べないくらい余裕ないかもね。」

 ワシはすかさずツッコむ。「おい、だから『ワシ』呼びはやめろって!ややこしいだろ!」

 周囲の生徒がクスクス笑う。リールは肩をすくめて「ごめん、ごめん。気楽にからかえないってことよ。今回はお互い一人で頑張るしかないんだから。」

 この微妙な笑いを引き出し、周囲が和やかな空気になる。


 開始の合図が響き、参加者たちは割り当てられた地下空間へと誘導される。ワシは蝋燭のような簡易光源と音鳴らし用の小鈴、そして短剣を携え、暗く広がる洞窟へ足を踏み入れた。中は湿気が多く、足元が滑りやすい。

 「暗所でのM級…光が限られているならどうする?」ワシは独り言を呟きながら、事前に考えていた戦術を思い出す。リールがいない今、光魔法は使えない。ならば音を中心とした誘導と、限られた光源を工夫することが必要になる。


 しばらく進むと、M級魔物が低い唸り声をあげて現れる。洞窟の柱や岩陰が目立ち、こちらが自由に動きづらい地形だ。ワシは足音を最小限に抑え、音具をわざと別方向に投げて岩に当て、音の反響で敵を惑わせる。魔物がそちらへ意識を向けた隙に、狭い隘路を通って背後へ回り込む計画だ。


 実際にやってみると、反響音が予想以上に複雑で、魔物が本来以上に混乱しているように見える。魔物は音源を特定できず、あちこちに頭を振り向けて動揺している。ワシは心中でガッツポーズ。

 「よし、これなら短期決戦で行ける。」ワシは慎重に間合いを詰め、光源を岩に隠しながら最後のステップへ。魔物が音に釣られていた瞬間、背中を向けているのを確認し、短剣を急所へ差し込む。一撃で息絶えるM級魔物を見て、ワシは自分の成長を再確認した。


 あとは資源確保だ。指定の薬草が洞窟内の水たまり付近に生えているらしく、暗がりの中でそれを探す必要がある。音だけでは分からないから、ここで微弱な光源を活用する。蝋燭を隠し持っていたワシは、岩陰で小さく明かりを灯し、水面に反射する模様を見ながら目標の植物を見つける。

 「ここか。」静かに葉を摘み、袋へ入れる。


 途中、別の参加者が近くに来る気配を感じた。相手も資源を狙っているらしい。ここで正面衝突すれば互いに消耗する。ワシは再び音を岩に当て、相手が音の方向へ気を取られた瞬間、逆側から水たまりを回り込んで脱出。相手は空振りし、焦っている気配が伝わる。

 「やはり知略が決め手だな。」心中で自信を深める。


 時間切れが近づく中、ワシは任務条件を満たし、出口へ戻る。結果発表で、ワシは上位成績者として名前が呼ばれた。N級だけでなく、M級やN近い学生たちも参加している中で、この暗所での戦術がハマった結果だ。

 外に出ると、リールが少し頬を膨らませている。「さっきから『ワシ』って呼ばないでって言ったのに、観客の間であたしまで『ワシペアの子』と呼ばれてたわよ…。もー!」

 ワシは苦笑して首を振る。「こっちのせいかよ…まあ、ちょっと逆要素になっちまったな。でも、冗談はさておき、どうだった?お前の成績も良かったみたいじゃないか。」

 リールは「あたしも上位よ。M級魔物を正面から光で攪乱して短時間で倒せたから、評価が高かったみたい。」と胸を張る。


 学院側は、こうして毎月のように小さな試験やイベントを挟むことで、我々N級者をMクラス安定、さらにはK級近くまで押し上げようと狙っているのだろう。

 ワシは帰り道でガルスに遭遇し、「お前も上位か、すごいな。毎回上位に食い込めば、あと半年もすればM級安定させてK級に手が届くって話だぜ。」と声をかけられる。

 ワシは「わかってる。半年でそこまで行けるか保証はないが、努力する価値はある。」と力強く答える。


 夜、寮の部屋でノートに記録を残す。暗所戦術、音の反響利用、光の代用手段…。これら経験から戦術の幅がますます広がっている。

 一年間でK級まで行くには、まだまだ鍛えねばならぬことが多いが、こうした日々の小さな勝利が積み重なれば、いつか目標に達するはずだ。


 ワシは微笑んで瞼を閉じる。知略を駆使し続ける限り、上達の可能性は無限だ。

 この一年、ワシは知略を縦横無尽に振るい、MからK級へと駆け上がってみせる。そんな決意を胸に、眠りにつく。




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