第22話「発想拡大と地形活用」

 翌朝、鮮やかな朝日が窓を染める中、ワシは早起きして校庭を散歩していた。清々しい空気を吸い込み、軽くストレッチ。N級としての充実感が心を軽くしている。このところ、心の中には常にリールの存在があり、それが奇妙な安定感を与えてくれるのが不思議だ。


 すると、リールが少し後れてやってくる。「おはよう、あんたこんなに早いなんて珍しいわね。」

 「たまには早起きも悪くない。気分転換さ。」ワシは肩を回しながら答える。「今日は特に予定はないけど、午前中に少し実験的な訓練しないか?昨日のアイデアをまとめてテストしてみたい。」

 リールは微笑み、「いいわよ。早朝から訓練できるのはあたしたちN級だからこそ、体力が持つんだろうね。ZやYレベルの生徒じゃこんなペースについてこれないでしょう。」

 「確かにな。N級は最低自立ラインと言われてるけど、何気なくハードなスケジュールもこなせる。これが成長の余地を広げてくれる。」


 午前、訓練場で再び光と動きの訓練を行う。リールが光弾を一定リズムで出し、それに合わせてワシが目標物に近づくペースを変える。今回は音の要素も加えるため、簡易的な笛や発声用の筒を借りてみる。

 ワシが低い声や軽い笛の音を出し、魔物役の人形(代用)に対して「音を意識する」仮定で動く練習をする。音と光の二重トリックが可能かどうか、正直難しいが、考えてみる価値はある。


 最初は上手くいかない。音を出すとリールが光のタイミングを合わせづらくなったり、ワシが距離感を見誤ったりする。しかし、試行錯誤を繰り返すうちに、ある一定のパターンが見えてくる。例えば、光を弱めた状態で音を出して敵を引き付け、敵が音源へ注意を向けた瞬間に強光を投入する。こうすれば敵は目と耳の情報が食い違い、混乱するはずだ。


 「あたしたち、まるで魔物を操る人形使いみたいね。」リールが息をつきながら笑う。「実際、音や光で相手の感覚を狂わせるって、人形使いが糸を引くような戦術よ。」

 「確かに面白い表現だな。魔物は知性が低い場合が多いから、こうした感覚攪乱が効く。M級でこの技が決まるなら、もっと上位ランクの魔物相手にも応用できるかもしれない。」ワシも微笑む。


 昼休み、食堂でリールと席に着く。ガルスや他のN級者は別のテーブルで盛り上がっており、「光と音、両方使えるペアがいるらしいぞ」なんて噂も広まってるようだ。リールが耳を澄ませて「あたしたちのことかもね」と小声で伝える。

 「広まるのは構わない。むしろ他のN級者と情報が共有されれば、みんなが強くなる。」ワシはスープを啜りながら、平然と答える。


 リールは満足げに頷く。「そうね、あたしたちは独占する気もないし。みんなで底上げすれば、L級、K級にも挑戦できる陣容が揃うはず。」

 「そうなれば、N級同士のチーム編成やローテーションもより多彩になって、どんな条件下でも対応できるようになる。卒業後を考えると、在学中にこれだけ多様な実戦的経験を積めるのは大きい。」


 午後、アマル先生から新たな連絡が入る。近々、ローテーション任務が開始されるとのことだ。ワシとリールは週末の巡回シフトが確定し、指定エリアの地図と事前報告書を受け取る。M級魔物が数日前に目撃されたらしく、警戒レベルは高いが、N2人で対応可能という判断だ。


 リールが地図を覗き込み「ここ、昨日まで考えた音と光の戦術が使えそうな地形じゃない?」と指差す。そこは小さな丘と谷が交差する場所で、音が反響し、光が遮られやすい複雑な地形だ。

 「うん、あの作戦が実用化できるか試すチャンスかもしれない。ただし成功を前提にしないこと。まずは通常の光+一撃必殺戦術で様子を見て、状況が許せば音も加える。」

 リールは微笑み、「戦況見て柔軟に対応する、あんたの得意技ね。あたしも柔軟に魔力出力を変えて応じるわ。」


 こうして次の任務へ向けての準備が整いつつある。N級ペアでのM級対処はもはや当たり前になりつつあるが、さらなる実験的戦術が成功すれば、新たな地平が見えてくる。

 夕暮れ、リールが自習室で魔力制御の練習をしているのに付き合う。彼女が光球を微妙な強弱で点滅させる様子を見ながら、「ここで少し弱めて、今度は急に強く」と指示を出す。何度か繰り返すうち、リールも魔力加減に慣れ、顔を上げ「どう、今の感じ?」と笑う。

 「上出来だ、だんだん狙い通りになってきた。これなら実戦でも使える。」ワシが褒めると、リールは鼻歌まじりに「ふふ、ありがとう。あんたが的確にフィードバックしてくれるから、調整しやすいわ。」


 夜の帰り道、星が瞬いている。リールは「明日も少し朝早く集まらない?まだ試したい組み合わせがあるの」と提案する。

 「もちろんいいぞ。お前と一緒なら、どれだけ実験しても疲れを感じにくい気がする。」

 リールは照れ笑いを浮かべ、「またそういうこと言う」と小さく呟く。頬が薄紅色に染まっている。


 部屋へ戻り、ノートに今日の成果を書きつける。N級連絡会で得た知見、音と光の新たな発想、地形を活かした作戦。すべて蓄積すれば、長期的に見てL級やK級への挑戦も夢ではない。現時点でN級は最低自立ラインだが、努力次第で道は無限に広がる。


 リールへの想いも、徐々に温まるように育っている。仲間として、パートナーとして、そしてもしかしたらそれ以上の存在として、彼女はワシのそばで笑っている。この先、どんな障害があっても、共に乗り越えられる気がする。


 深呼吸して目を閉じる。静かな夜の中、次の任務へ向けて精神が整っていく。M級への安定対処を足がかりに、さらなる高みへ進む準備は万全だ。心は穏やかで、未来が楽しみで仕方ない。




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