第7話
まるでチューリップのような形の小さい足跡は、大きさ的にウサギだろう。
可愛いウサギを、コルンに一目惚れしたあの時の思い出に浸りながら追いかけるというのもなんだか絵本のようでロマンチックな気はするが。
“それはコルンへのプロポーズが終わってからだわ”
その時幼い頃の思い出話に花を咲かせながらコルンとふたりで歩いているのか、感傷に浸りながらひとりで歩いているのかはわからない。
後者でないことを切に願う。
「こっちの足跡は……何かしら、この小人が両足で飛んでるみたいなの」
馬の蹄を左右から圧迫したような足跡に首を傾げる。
このよくわからない形の足跡は流石に違うだろう。
なんの動物なのかさっぱり想像できないので、もしかしたら私の知らない獣の可能性もある。
「ただの可能性でも危険は避けるべきよね」
私はその、まるで一対の蹄のような形をした足跡は目的のシカではないと判断して追いかける候補から外した。
そんな私の目に、次に止まった足跡はまるで可愛い猫のような肉球の足跡である。
“この足跡は?”
猫にしては大きく、だが私の手のひらよりかは少しだけ小さい。
それに指のような跡も見える。
「肉球があるからキツネ……? でもキツネにしては大きいのよね」
森に居て、肉球があって、この手のひらサイズの足跡の動物。
肉厚もありそうだからそれなりに体重もあるのだろう。
私は想像力を巡らし必死に考える。が。
「心当たり、ないわねぇ」
猫は好きなんだけど。ちょっとコルンに似ているし。
なんて全然違うことを考えながらそれらの足跡を眺め続ける。
だが正直眺めたところでわからないので、私はその足跡の中から小さすぎずかつ大きすぎないひとつを選んで追いかけることにしたのだった。
「こっちの方、だと思うんだけど……」
思ったより奥へと続く足跡に若干動揺しつつ追いかける。
そもそも一番シカっぽい足跡を追いかけてみたつもりなのだが、馬の蹄で踏み荒らされていたせいで見誤ったのか違和感に少し不安になった。
「でも、私は獲物を狩ってコルンにプロポーズするんだから」
必死でそう自分に言い聞かせ勇気を振り絞る。
ここまで来たのだ。
引き返す選択肢は私にはない。
バクバクと激しく音を立てる心臓をうるさく感じながら一歩ずつ進む。
“おかしい、どうして何もいないんだろう”
足跡はあるのに動物の姿を全く見ず、それがなんだか不気味だった。
それに自分がどこまで奥に来たのかもわからない。
まっすぐにしか歩いてないので戻れはするだろうが、夢中で進んでいたせいでここがどのエリアにいるのかがわからなかったのだ。
「まさか上級エリアにまで来ちゃった、なんてことはないわよね?」
不安を誤魔化すようにわざと大きめにそう口にすると、私の声に反応したのかガサリと奥で何かが動いた気配を察する。
私は落ち着くように息をゆっくり吐き、持っていたクロスボウを構えた。
“姿を確認するまでは引き金を引くのは危険よね”
茂みにいた私が獲物と間違われたように、万が一ということもある。
そう思って狙いを定めたままジッと様子を窺っていると、ゆっくりと木の後ろで何か動いた。
――来る!
ごくりと唾を呑んだ私の目の前に現れたのは、シカ……では、なく。
「子グマ……?」
思っていた獲物と違い一瞬きょとんとしてしまうが、小首を傾げたような子グマの表情に思わず口角が緩んでしまう。
“可愛いかも”
いくら馬の蹄の跡で見えづらくなっていたからって、子グマの足跡とシカの足跡を間違えるなんて相当お馬鹿だったと自身に呆れつつ、このことを後からエリーに報告したらどんな反応をされるのかしら、なんて。
他の獲物が見当たらなかった理由にも、そして子グマが一頭だけでこんな場所にいるはずがないなんてことにもその時は気付かず、私は呑気にクロスボウを下ろし子グマの前にしゃがみこんだ。
「こんにちは、こんなとこでどうしたのかな? お母さんとははぐれちゃった?」
きゅるんとした真っ黒の瞳が、どこかコルンの黒髪を連想させて一瞬気が緩んでいた私は、自身の口にした言葉に全身から血の気が引いた。
“母グマ?”
地面に下ろしたクロスボウへと慌てて手を伸ばし、子グマから離れるように後ろへ下がる。
“こんな場所に子グマだけでいるはずがないわ!”
ならば近くに母グマがいるはず。
そして森の王者であるクマの縄張りに入ってしまったのなら、他の動物がいなくても不思議ではない。
「私上級エリアに入っちゃってたの……!?」
すぐに元のエリアへと戻らなければ。
気持ちだけが焦り心臓が痛いくらいに跳ね上がる。
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