第6話

 本当なら完璧に出来た刺繍入りハンカチと共に、夜景の綺麗な場所で夕陽が沈むのを眺めながらロマンチックにプロポーズしたかったのだが、こうなってしまっては仕方がないだろう。


「私、コルンに告白する」

「……そうね。まぁ、少しはマシになったんじゃない?」


 相変わらず本に目を落としたままのエリー。だがしっかり者の友人にそう言ってもらえたことで安堵する。

 まだ目標のいい女には程遠いかもしれないが、それでもあの私が愚かなことを口にした日からすればきっと良くなっているはずだから。


「次の狩猟大会で何か獲物を狩って、それを手土産にプロポーズするわ!」

「し、狩猟大会で!?」

「えぇ! 見ててねエリー、私やるから!!」

「あ、うぅん、んん、……が、頑張りなさい……」


 狩猟大会まであと一か月。


“騎士団長の娘の力を見せてあげるわ!”


 私はその日から、新たにクロスボウの訓練も始めたのだった。


 ◇◇◇


 狩猟大会の日はあっという間に来た。


「今日が決戦の日ね」

「そんなに気合を入れるなんて、最近のアリーチェは頑張っているんだなぁ」


 あっはっはっと豪快に笑うのは父である。


“そりゃそうよ、告白という決戦の場なんだから”


 おそらく父の思う決戦とは違う決戦だが、そんなことわざわざ説明する必要もないので省略した私は、自身の身を守るクロスボウの手入れを念入りに行いながら開始の合図をラヴェニーニ侯爵家のテントで待っていた。


 狩る側ではなく貰う側で参加する令嬢たちは、今頃は大テントでドレスを着て絶賛ティータイムだろう。


「でも、どうして出場する側になってしまったの……。やっとアリーチェと刺繍出来てとても楽しかったのに」

「お母様ごめんなさい、今日は決戦の日なんです。それに女性でも参加している人は他にもいますよ」

「騎士の方ばかりじゃない!」

「あ、はは……」


 確かに母の指摘通り、女性の身で参加している人のほとんどが騎士爵を持っている女騎士ばかりではあるのだが、少数ではあるが私以外にも狩る側で参加している令嬢だっている。


“まぁ、貰う側になりたいからって狩る側に回る令嬢がほとんどいないのも確かなんだけどね”

 

 去年の私ももちろんコルンから貰いたいとドレスを着てお茶会に参加していた。

 それに毎年ねだっていたというのもあるが、なんだかんだで私に甘いコルンはあの事件のあった翌年から何かしらの獲物を、婚約もしていなかったのに私へと捧げてくれた。


 だが、今年の私が貰うことはないだろう。


“まだ婚約していなかった頃、というのと婚約破棄後というのは意味合いが全然違うわ”

 

「これも私が招いた事態よ。いいの、今年は私がコルンにプレゼントするんだから」


 ふうっと大きく息を吐き、気合いを入れた時にカンカンと鋭い鐘の音が響く。

 それが狩猟大会の開始の合図だった。


“とは言っても、私は馬に乗れないのよね”


 馬で奥まで行く先頭組には当然勝てないどころか一緒に出発すると逆に私が危ないので少し遅れて出発するつもりである。

 ほとんどの人が馬に乗って行くので私はほぼ単独行動になる予定だ。

 


「流石に上級エリアは私じゃ手に負えないから、初級、いやせめて中級……!」


“ネズミは逆に小さくて捕まえ辛いし、ウサギ……は何だかんだでコルンとの思い出の動物だし”


 現実的に考えて私に捕まえられそうなのはキツネか、もしくはシカだろう。


「キツネって私より頭よさそうよね」


 シカまでいくと初心者の私には少し大物すぎるが、私の武器はクロスボウだ。

 遠距離攻撃が可能であり、かつ威力が私自身の腕力に左右されない。


 「それにプロポーズするために今日は参加したのよ」


 ならば多少厳しくとも狙っていかなければ。


“よし、今日の私の目標はシカ! シカを探すわ”


 それにシカならば他の動物より足跡も残りやすく探しやすい。

 ある意味私にピッタリの獲物とも言えた。


「そろそろ先頭組は遠くまで行ったわよね?」


 そろそろ先頭組の馬から逃げた動物たちが自分たちのテリトリーに戻って来ているはず。

 私は頃合いを見て、遅れてひとり狩猟エリアへと足を踏み入れたのだった。



「案外見つからないものね」


 足跡くらいならすぐに見つかるだろうと思っていたのだが、そんな私の願い虚しく地面が先頭組の馬の蹄の跡で荒されていて正直よくわからない。

 詳しい人が見れば見分けられるのかもしれないが、クロスボウの使い方を学ぶことを中心に訓練を重ねたせいで、残念ながら私にはあまり見分けがつかなかった。


“いくつかの足跡があることはわかるんだけどなぁ”


「この、明らかに小さいやつはシカじゃないわよね」

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