第5話
私は気合を入れて、エリーの説明を必死にメモったのだった。
始めたのはそれだけではない。
貴族の娘として当然すべき社交。
「今まではあまり参加して来なかったけれど」
コルンという婚約者がいる以上、出会いの場として使われることの多い夜会などに行く必要はなくサボっていたのだが、参加できるものはなるべく参加するようになった。
もちろん新たな出会いを求めてではない。
社交の場は情報収集の場でもあるからだ。
今ある繋がりを強め、新たに自身の味方をつける。
それらの行為は決して無駄にはならないし、いざということが起きたとしても対処しやすくなる。
それに情報を事前に知っているだけで有利になる場面も多いだろう。
“コルンの家は子爵家。子爵家では爵位的に参加出来ないパーティーもあるけれど、侯爵家ならほとんど全部参加出来るわ”
騎士である彼の力になれるかもしれない情報を、私ならば手に入れられる可能性があるのだ。
ならば参加しない手はない。
「苦手だったダンスレッスンも、新たに家庭教師をつけて貰ったお陰でそれなりに見えるようにはなってきたし」
ただ一方的に彼を追いかける私ではなく、いつか彼に選んで貰えるような私へ。
そうなれるよう、先生に何度も注意された歩き方から改善し私は背筋をまっすぐ伸ばして前に進むのだ。
◇◇◇
「……その努力の結果が、これだとは」
今日の勉強を終えた私は、私室へと帰り机に置かれていた何通もの手紙を見てげんなりとする。
“まさか私にこんなに沢山の婚約申込が届くなんて”
完全に想定外である。
「まだ! 私は! コルンの! 婚約者よ!!」
苛立ちのまま置かれた手紙に文句を言うが、当然手紙が返事をしてくれるはずもなく、私の虚しい叫びだけが部屋へと響いた。
「どうなされますか?」
「お断りの返事を書くわ」
何度も同じことがありもうわかっていたからか、私の返答を聞いてすぐに侍女がレターセットを差し出してくれる。
“前ならふざけないでって破り捨ててたんだけどね”
今の私に婚約者がいるのかは怪しいラインだ。
書類上はまだ婚約中だが、彼から渡された婚約破棄同意書はこの机の引き出しに入っている。
もちろん婚約申込をしてきた相手はそんな事情は知らないだろう。
ただ単に、噂を聞いて送ってきただけ。
その噂というのが――
「私が男漁りをしているだなんて!!」
「言い方変えなさい、この馬鹿」
「だってエリー、私まだ婚約中なのにぃ」
「最終勧告受けてるけどね」
毎日毎日懲りずに送られてくる申込書に辟易とした私の避難先は当然友人の家である。
“なんだかんだで迎えてくれるし、やっぱりエリーって優しいわよね”
口は限りなく塩ではあるが。
こんなあり得ない噂という弊害が出るとは思わなかった私は、お行儀悪いとわかりつつテーブルに突っ伏した。
「ま、突然社交を始めたらねぇ」
「そうよね」
あんなに毎日コルンの元へと通っていた私が通うのをやめ、突然社交を始めたことで私たちの婚約が破談になったという噂が流れたのだ。
「しかもアンタ、男とばっかり踊るし」
「コルンの情報が欲しくて……」
完全に失敗した。
会えない代わりにどうしているのかを知りたすぎた私は、騎士団に兄弟のいる参加者を中心に声をかけて踊りまくったのだ。
「も、もちろん令嬢たちを優先してたわよ? 情報が一番大事だしね。それに私と踊った人たちからは申込書、一通も来てないわ」
「そりゃダンスが始まった途端『コルンは~』『コルンが~』『コルンに~』を連呼したからでしょ」
「なんでわかったの!?」
「何故わからないと思ったのよ」
エリーの指摘通りで、ダンスを踊った令息たちは私がコルンの話しかしないことで婚約破棄の噂はただの噂だと思ってくれたのか、単純にコルンの話しかしない私を面倒な奴だと切り捨てたかで婚約の申込どころか二度目のダンスの誘いすらない。
だが、外から色んな令息と踊りまくる私を見た他の貴族たちはそうは思ってくれなかったようで、現状のモテモテ状態になってしまったという訳だ。
「侯爵家ってやっぱり魅力的なのよねぇ」
「あー、まぁそれでなくてもアリーチェは最近頑張ってるし……」
「え?」
「いいえ、気付いてないなら別に気付かなくてもいいの」
フンッと顔を背けたエリーがすぐに手元の本へと目を落とす。
私からのお礼という賄賂なのだが、気に入ってくれたようで満足だ。
「でも、このままじゃまずいわ」
男漁りをしているなんて噂がコルンにも届いてしまったら、再び告白どころか会ってすら貰えないかもしれない。
“もう時間がない……”
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます