第4話
それからの私は頑張った。
なんだかんだで面倒見のいいエリーに勉強を見て貰い、先生へも積極的に質問をしに行った。
エリーには迷惑をかけているが、「人に教えられるということはそれだけ私の身になっているということよ。復習にもなるし構わないわ」なんて素直じゃない言い方で私を応援してくれている。
“今度エリーの読んだことのない本を取り寄せなくちゃ”
私はとても友人に恵まれている。
そして彼女のお陰もあって私の成績はかなり上がった。
中の上……いや、上の下と言ってもいいくらいには上がった。
「この調子で頑張ればもう少し上を目指せそうだわ」
コルンに会いたくなる気持ちを必死に堪え、演習場に通っていた時間を勉強へと費やした甲斐がある。
それに刺繍も始めた。
母に習い名前を刺繍するところから始めたが、出来は酷いものだった。
“でもいつか、家紋とか入れられるようになれば”
名前ですら手こずっているのに文字と絵柄が複雑に絡み合っている家紋を刺繍出来る日が来るかは正直怪しいが、いつか彼が第四騎士団から第一騎士団まで出世する頃までには習得したい。
「その頃はもうコルンと婚約者同士ではないかもしれないけれど」
それでもきっとコルンは優しいから、受け取ってはくれるだろう。
「アリーチェってどうしてそこまでコルン卿に執着してるのよ」
放課後自主勉をするために訪れた学園図書館で、エリーにそう聞かれ思わず苦笑する。
「一目惚れ!」
「はぁ? 顔が好みってだけで今こんなに頑張ってるの? まぁ勉強することは悪いことじゃないけど」
呆れたようなエリーの声色につい私は吹き出した。
“でも本当に一目惚れだったのよ”
六年前の狩猟大会。
危ないとわかっていたのに可愛いウサギを追いかけて入った狩場。
そんな場所に子供が入れば獲物と見間違えられるなんて事故が起きるのも必然だった。
弓や剣、クロスボウと各々の武器で狩猟大会に臨んでいた参加者のうちのひとりが、小鹿かキツネなどの中型の獲物と見間違えたのだろう。
突然茂みの中に潜り込んでいた私の近くへ刺さった弓矢。
その弓矢に驚き、絶句してしまったのもよくなかった。
“あの時は本当に死ぬかと思ったわ”
その場で声を出せば私が人間だと気付いて貰えただろうし、イチかバチかなところもあるがいっそ茂みから飛び出してしまえば子供だと気付いて貰えたかもしれない。
だが驚き硬直してしまった私は、茂みの中で震えるしかなかったのだ。
狩猟大会の伝統として、自身の狩った獲物を慕う相手へと捧げ告白する風潮がある。
そのため相手も隠れる獲物を見逃すことはせず、いそうな場所へと何本もの弓を引いた。
いつ当たってもおかしくない状況。
その時だった。
「アリーチェお嬢様!」
そう叫び茂みの中に飛び込んできた人物こそ、当時まだ騎士見習いのコルンだったのだ。
“結局コルンの背中には矢傷が残っているのよね”
獲物を探していた相手の放った最後の弓矢。
その弓矢から身を挺して守ってくれた彼の背中には今も当時の傷があるだろう。
騎士として背中の傷は、いかなる理由であるとしても恥とされる。
「コルンだってそのことを知っているはずなのに」
彼は笑ったのだ。
貴女を守れたという勲章をいただきました、と。
私は彼にしがみつき泣きじゃくっていた。
その笑顔があまりにも温かく優しかったから安堵したのかもしれないし、彼に一生残る恥をつけてしまったことへの後悔かもしれない。
きっとどちらもだったのだろう。
父の補助として狩猟大会に参加していた彼は、私がいなくなったという知らせを聞いて一番に飛び出し探しに来てくれたのだと後から知った。
そしてその日から、私は彼のことが忘れられなくなってしまったのだ。
“一目惚れよ。身を挺して助けに来てくれたその気高さと、私を気遣うその笑顔に”
その日から彼がラヴェニーニ侯爵家へ来る日を心待ちにする日々が始まった。
最初こそ、助けなければよかったと言われることを恐れていたが、逆に私にトラウマが残っていないかを心配してくれるコルンの優しさにもっともっと好きになった。
いつしか彼が見習いを卒業し、正式に騎士団へと所属するようになってからは彼の後を追って騎士団演習場にまで通うようになった。
父にそれとなく――では、鈍感な父には伝わらなかったので、何度も直球で彼と婚約したい旨を頼み込んだ。
そうしてやっと彼の正式な婚約者になれたのに、私はもっと彼に構ってもらいたいという一心で取り返しのつかないことをしてしまったのだろう。
“だから”
「エリー、ここがわからないんだけど」
「あぁ、それはさっきやった薬剤学の応用でね……」
“貴方の自慢の婚約者になれるよういい女になってもう一度告白するわ”
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