第2話 12月15日 ボヌールのバックヤードにて
『もう、連絡しないでください。若くてかわいい子とお幸せに』
店長を待つ間に少しスマホをいじっていたら、そんなラインが来ていた。
昨日1日連絡が無かったから、翔太としても嫌な予感はしていたのだが。
「すまんすまん、ちょっと遅れた」
店長が入ってきたので、慌てて沈んだ表情を作る。彼女に振られたばかりの男は、落ち込んでいるべきだろう。
向かいに座った店長はその表情に気づいてくれたようだ。
「……なんかあった?」
「今、振られました」
沈黙、そして大きなため息。
店長は少し腰を浮かせて、大きな手で翔太の肩を叩いてくれた。
菓子作りで鍛えられた手は、ゴツゴツしているのに甘い匂いが優しい。
「またか…… 翔太くん、いい子なのになぁ」
そう、『また』なのだ。翔太は少なくとも年に一度は女性にふられている。店長にふられたと報告した回数も、もう両手で数えきれない。
「子って年じゃないですよ」
「ははは、そうだね。俺らもすっかりおっさんだ。この店も、もう十年以上やってるもんな」
「十三年です」
細かい数字にこだわるのは、経理担当としての癖だ。
店長の友達だった姉に命令され、このボヌールの開業時からずっと店長を支えてきた。初めの数年はバイト代すらギリギリだったが、大学を卒業する頃には自分を正社員扱いで雇えるぐらいの余裕はできていた。今や、常時バイトを5人雇うぐらいに余裕も売れ行きもある。
「本当に感謝してるよ。翔太くんのおかげで今年のケーキの売り上げもいいし。ボーナス多めでいいよ」
経理担当は翔太だから、ボーナス額を決めるのも仕事のうちだ。最終的には店長の承認を得るのだけど、お言葉通り少し多めにもらっておこうと思う。もっとも、翔太としては形じゃなくて、気持ちが欲しいのだけど。
「そういえば、イブはどうする? 一応、早織も誘ってたけど」
その気持ちの方を持っていった姉の名を出されて、翔太は苦笑する。店長の友達だった姉は、店長からの熱烈なプロポーズに負けて結婚し、今や2児の母だ。
手に入らないものを見せつけられるのは勘弁願いたい。ようやく、諦めがついてきたところなのだから。
「遠慮しときます。で、今年の街頭販売ですが、例年通りという形で」
「まだやる? 今年は特に寒いらしいけど……」
「それでも、ですよ。うちの伝統ですから」
開店最初の年に、余りにもケーキが売れないから、店長と2人で必死になってイブの夜に店の外の道まで出て売ったのだ。
「うーん」
今となっては、そこまでしなくても事前の予約と評判を知って買いに来るお客様だけで十分な売り上げが予想される。無理にやらなくても、という店長の判断も分からなくはない。実際寒いし。
そこで、翔太は妥協案。
「店長はいいですよ。今年は男子のバイトがいますから」
「三吉くん? イブの夜に入ってくれるの?」
「頼んでみますよ」
事前にイブに予定が無いことは聞いていた。これまで、翔太が何を頼んでもすぐやってくれる彼だから、多分受け入れてくれるだろう。
彼となら、きつい街頭販売も楽しくやれそうな気がする。
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