第3話 産声
刑場。
イリアスが事切れた直後。
刑場の空が急に曇った。
明らかに異常な天候だった。
数分で晴天が真っ暗になり、そして豪雷と豪雨になった。
槍持ちの頭上に雷が落ちる。
自然の雷の落ち方ではなかった。
槍持ちの兵が崩折れ、地に伏した。
雷鳴が何度も轟き、血のように赤い雨が降り始めた。
刑吏も、見物に来た者も、総ての人間が逃げ惑った。
赤い雨は、灼熱のように総ての人々の肌を穿ち、その身を溶かしたからである。
場所は変わって、天界、神都から二十里の戦場跡。
天軍将兵の死屍累々たる中に、総焔真君の遺体があった。
その総焔真君の首と体がぼっと火を放ち始める。
たちまち両方が火に包まれた。
見開かれたままの総焔真君の双眸に再び光が宿った。
まだだ。
まだ終わっていない。
まだ俺は戦える。
ずるり、と倒れていた体が首の方ににじり寄る。
その伸ばした手が、首を掴む。
誰かが呼んでいる。
(もし神がいるのなら、私に力をくれ)
誰だ。
叫んでいるのは。
悲痛、悲哀、憤怒、憎悪、言いしれぬ激情が、総焔真君の胸中に響いた。
それは総焔真君の持つそれとそっくりだった。
そうだ。
俺は総てを消し去ってやる。
異変に気づいた天軍の将兵が驚愕しながらも総焔真君の亡骸を取り囲もうとする。
怒りと悲しみに力を得た鬼神は、再び立ち上がろうとしていた。
そして。
真紅に包まれた体は、唐突にそこから消えた。
再び刑場。その上空。
赤く降り注ぐ雨、ただの雨ではなかった。
刑場にいる人、遺体総てが雨に触れて溶け、赤い血泥に変わる。
刑場の外にいる人間たちは、恐れおののいて我先に逃げ出した。
そして人のいなくなった刑場に、ひときわ巨大な雷が落ちる。
そして。
光が消えたその跡。
そこに一人の人影があった。
いや、「人」ではない。
捻じくれた角、八本の腕、甲殻類のごときぬめる鎧、三つの赫眼・・・異形の魔神がそこに立っていた。
「―――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!」
言葉にならない雄叫びが天地を揺るがした。
木々はなぎ倒され、城壁は吹き飛び、家屋は粉々になった。
運命に翻弄された一人の鬼神と、運命に翻弄された一人の聖騎士の魂が共鳴して生まれた存在。
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ここからの歴史は短い。
九天幻魔王総龍大君が降り立った惑星に生きる者は、総て命を失い灰燼と化した。
総龍大君が、その圧倒的な力でもってすべての命を刈り尽くしたのだ。
聖王国、教団、そのような人のくくりを嘲笑うかのように、そこに善悪老若男女の区別はなく殺し尽くした。
それだけではなく、無辜の動植物も総て含まれた。
切り払い、焼き尽くす、「死」だけを振りまく存在。
惑星一つを平らげた総龍大君は、次元を飛び、天界へ向かう。
総焔真君の「生まれた」天界へ。
そしてそこでも殺戮の嵐が吹き荒れた。
天軍、民草、悪鬼、一木一草に至るまで刈り尽くされ、焼き尽くされた。
誰もこの鬼神に太刀打ちできるものはいなかった。
天帝は微塵に斬り裂かれて死んだ。
それが終わると、総龍大君は、次々と世界を渡り歩き、命ある物総てを殺し尽くした。
一切の区別なく、一切の躊躇なく、一切の例外なく、一切の討ち漏らしなく、である。
数万世界を渡り歩き、数十億の惑星や世界を踏みしだき、そのことごとくを滅ぼし尽くした。
殺すものが無くなった世界は、世界そのものを打ち壊した。
数百億年をかけて下位次元のすべてを討ち滅ぼし、さらに力を蓄えた総龍大君は、上位次元へ登る。
上位次元はさすがに勝手が違った。
総龍大君は、幾度となく、上位の神々による概念戦闘に破れ、苦杯をなめた。
だが、彼に「真の死」は訪れなかった。
彼自身が、すでに「死」という概念そのものとなりつつあったからである。
「死」「破壊」という概念そのものと同化した鬼神は、やがて、意思を持たぬ世界の維持者である上位神たちをも滅ぼした。
そして、すべての世界は死を迎え、無へと還った。
世界は、消えた。
すべての世界が死したため、「死」である総龍大君もまた「完全な死」を迎えた。
総龍大君も「無」に還り、この話はここで終わる。
―――はずであった。
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