第4話 喪失

 虚無。

 時間も空間もない。

 だがそこに、新しい「世界」が生まれては消えていく。

 泡沫の夢。

 このサイクルは短く、そして長い。

 あるとき、泡沫の如き無数の「世界」のうち、一つの塊が大きく育つ。

 世界の開闢(かいびゃく)。

 瞬く間にそれは無数の世界が連なる多次元世界となった。

 我々の世界はそうしたなかの一つとして生を受ける。

 「世界発生」の機構は源神族<スティアン>、すなわち「法則」として世界を支配する。

 言うなれば、「意思を持たぬ『神』」である。

 世界が複雑化するにつれて、<スティアン>も細分化され、世代を経る。

 そうして多次元世界は増殖と成長を続けた。

 「あるモノ」が顕現するまで。

 世界開闢からどれくらいの時間が経ったであろうか。

 次々と生まれいでる世界。

 その片隅で生じた異物。

 それこそは、「前の」世界とともに消えたはずの九天幻魔王総龍大君であった。

 一度虚無へと消えたはずの彼は、何の因果か、「以前の」総龍大君としてここに顕現してしまった。

 世界は誕生のみの時代を終え、維持と消滅の時代へと進むこととなった。

 顕現した総龍大君は、創生の理、すなわち源神族<スティアン>を敵と定めた。

 上位世界で、「律(法則)」との概念戦闘に入ったのである。

 この戦いは数度にわたり、下位世界をも巻き込んだ「大戦」となった。

 総龍大君は、大戦のたびに幾つもの律を破壊し、スティアンに甚大な被害を強いた。

 同時に、スティアンも大戦のたびに、総龍を一時的とは言え封印することに成功する。

 そうした大戦が何度も繰り返され、その度に神々は再編された。


 天地開闢から数十億年が過ぎ、突如として世界に現れた「それ」は、紛れもなく九天幻魔王総龍大君その「もの」であった。

 一度は全世界の消滅とともに消えたはずの存在。

 創生と維持のみの世界に死を告げるもの。

 破壊の権化という言葉通りの「それ」は、創世神であるスティアン神族を「敵」と定め、その力を振るった。

 上位世界における論理戦闘「のみ」に終止した一度目の「大戦」では、双方とも有効打を与えるには至らなかった。

 だが、その余波で世界の細分化と物質化が進んだ。

 その後、さらに数十億年が過ぎて二度目の大戦が起きる。

 二度目の大戦では、総龍はかつての戦い方を再現した。

 すなわち、「律(法則)」そのものである神々を「物理投影体」に落とし込み、直接戦闘に持ち込んだのだ。

 物理投影体(物理体)を破砕し、その結果を「逆説的に」上位次元にある理論体(律)に反映させる。

 総龍は、尽きせぬ憤怒からくる破壊欲求のみに身を任せてスティアン神族と戦い、何柱もの神々を葬った。

 だが、物理投影体となったスティアンは、すぐに感情というものに適応し、総龍に対する方策を練り上げた。

 それは、総龍の根本原理である「破壊」の対極に位置する概念である「誕生」の律を用い、これを総龍の伴侶とすることでその力を抑えようとしたのだ。

 ミューリナと名付けられたこの女神は、総龍の欠けて荒み切っていた心に染み入るように満ち、その怒りと憤りをなだめた。


 ある時、超絶級の破壊神、総龍大君の前に現れた一柱の女神が現れた。

 金色に流れる髪、白磁のような肌、水衣のような白紗を纏い、肉感的でありながら精緻精巧かつ美麗な肉体美を持ち、花の顔(かんばせ)の女神。

「私はミューリナ。あなたの伴侶よ。」

 女神―――ミューリナは総龍を前にしても臆すること無く告げた。

「俺の・・・伴侶だと・・・?」

 総龍の声は明らかに戸惑っていた。

 イリアスでもない、総焔真君でもない総龍大君は、その「誕生」に際し、憎悪と憤怒以外の感情は捨てたはずだった。

 だが、ミューリナと邂逅した総龍の胸中には、果てしなく求め続けたもののような懐かしさと、狂おしいほどの愛おしさが渦巻いたのである。

 無論、総龍とてスティアンの意図に気付いていないわけはない。

 それでも、その頑なに閉じられていた総龍の心に、ミューリナという存在は染み入った。

 同時に、ミューリナ自身も戸惑いを感じていた。

 自分はこの男の伴侶として「作られた」ことは知っている。

 だが、総龍に対し、焦がれるほどに待ち続けたかのような悲哀と愛情を感じたのだ。

 ミューリナ自身も自分の「作られた経緯」は分かっているのだが、それでもそこまで「仕込まれた」とは思えなかったのだ。

 二人は、不自然に出会ったにも関わらず、自然に溶け合った。

 スティアンは、賭けに勝った。

 それから十億年以上にわたり、二人は安定して存在し、世界は巨大な滅亡の波から逃れられたかのように見えた。

 怒り以外の感情を得た総龍は、わずかな力を放つ以外には何もせず、ミューリナと過ごし続けるかと思われた。

 だが、その目算は予想外の形で崩れることになった。

 総龍に滅ぼされたはずのスティアンの「怨念(残滓)」が、ミューリナの行為を「反逆」とみなし、その自由を奪ったのである。

 感情を理解したが故に負の感情に支配されていた「スティアンの残滓」は、総龍が仕掛けていた投影戦闘の因果を逆用し、ミューリナを呪神と変えた。

 その手に持つは魔剣「裁霊天威邪皇さいれいてんいじゃおう」、即ち総龍の魔剣である。

 総龍と伴侶たるミューリナが神格習合しつつあったため、ミューリナはこの最凶最悪の魔剣を召喚できた。

 突如として、総龍に襲いかかるミューリナ。

 だが、ミューリナを伴侶として受け入れていた総龍は、これに抗う気はなく、抵抗すること無く討たれようとした。

 スティアン五柱の怨念を受けたミューリナの攻撃は熾烈を極めた。

 だが、「破壊の理」そのものである総龍は死ぬことができない。

 手傷を負いこそするものの、総龍を消すには至らないのだ。

 そして運命はもう一度反転した。

 あまりにも苛烈な攻撃をくりだすミューリナに対し、総龍の「破壊神」としての本能が反応してしまったのだ。

 時を同じくして、ミューリナは一瞬だけ自らを取り戻した。

 魔剣を止めたミューリナと、魔剣を構えてしまった総龍。

 生死は逆転し、ミューリナは敢えてその身に総龍の魔剣を受ける。

 愕然とする総龍。

 魔剣無限神武を取り落とし、ミューリナを必死に抱きとめる。

 だが、神霊核に無限神武の一撃を受けた以上、ミューリナが助かる可能性は皆無だった。

 総龍の腕の中で、静かに、ミューリナは微笑んだ。

「ごめんなさい…。」

(あなたを独りにしてしまう)

 そう言外に、想いを込めて。

 ゆっくりと、その姿が薄れゆく。

 そして、滂沱と血涙を流す総龍の腕の中から感触が消えた。

 最愛の者に、転生すらも許さぬ死を与えた総龍は、かつての如く憤怒と悲哀に咆哮し、その心身を焦がし尽くして世界に牙を剥いた。

 そうして最も激しい三度目の大戦が勃発した。

 誰も報われぬ戦いが。




 スティアンの一柱、超神ヴァンスタールは、事の顛末を理解した。

 そして、三度目の大戦は決して免れ得ぬことも。

 三度目の大戦…大戦とは言うものの、実質、総龍とヴァンスタールの一騎打ちであった。

 感情を理解していたヴァンスタールは、総龍の心中を理解していたのだ。

 故に、他のスティアン神族には、戦いの余波によるほころびを修復することを命じ、単騎総龍に立ち向かった。

 もとより勝算など無い。

 スティアン神族最強の一角たるヴァンスタールであれど、「全権超越」と「破壊」という尋常ならざる力に対抗しうるものではなかった。

 数百年という短時間の概念戦闘の末、ヴァンスタールは総龍に敗れる。

 だが、同時に、ヴァンスタールは己の全霊全能力をかけて、総龍を「大封印」に封じ込めることに成功した。

 こうして、総龍は、憤怒と悲哀を抱えたまま、数十億年の眠りについたのだった。

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