2 不審者

 子犬の飼い主を探しているうちに、ティロはオルド解放連合のアジトへ迷い込んでしまった。


(俺がリィア軍所属だってバレたら、こいつら生きて返すことはないぞきっと)


 子犬を地面に下ろすと、ティロは抵抗の意思がないことを示すために両手を挙げた。


「あの、怪しいものではないので」

「どの辺りがだ?」


 警備隊長から借りた多少大きさの合わない平服は山を下りる際にところどころ泥にまみれていて、背は低く伸び放題の髪は完全に目を覆っている。そんな見た目が怪しい男をすぐに信用するほど、反リィア組織も間抜けではなかった。


(この場にいるのは全部で5人か……流石に素手だと厳しいな。他に隠れている奴もいるかもしれないし、そうなると完全に不利だ)


 念のため常に懐などにナイフを忍ばせていたが、今は使うべき時でない。


(どうすればいいんだ? こいつらを刺激せず、静かに俺が撤退できる方法は……)


 ティロが考えている間に、男たちのひとりがティロの身体を調べようと首にかかる鎖に手をかける。


「こいつ、リィア軍の認識票持ってます!」

「何だって!?」


 首から提げたリィア軍の認識票が引っ張り出される。即座に床に引き倒され、ティロは後ろ手に縛り上げられた。


「待て、本当に俺はただ子犬の飼い主を……」

「まだ言うのか、リィアの鼠が」


 その言葉を聞いて、一瞬ティロの目の前が暗くなった。リィア国に刃向かう組織を殲滅するためにリィア軍内に置かれた「特殊任務部」、通称特務では日々反リィア組織を始め国家に反する組織を調べ上げ、逮捕して思想を矯正することが行われていた。


 ティロもこの特務に入るべく、幼い頃からリィア軍内にて過酷な訓練を積んできた。しかし、訳あって正式な特務に入ることはなく一般兵として無為に過ごしているところであった。


(俺は鼠にはなり損なったんだ、今更特務の真似事をしたいわけじゃない。畜生、どう言えば伝わるんだ……?)


「どうします、こいつ?」

「とりあえず地下室にでも転がしておけ、吐き出せるものは吐き出させて、後は同志の敵討ちとしよう」

「ち、地下だって!?」


 それはティロにとって拷問よりも恐ろしい話だった。立たされて小屋の中に連れ込まれそうになったところで、ティロは足を踏ん張って盛大に抵抗する。


「お願いだから、地下室に入れるだけはやめてくれ、頼むこの通りだ、何でも喋るから地下だけはやめてくれ!」


 地下室に入れられると思うだけで、極度の閉所恐怖症のティロは全身から冷や汗を吹き出して目眩がする心持ちだった。屠殺寸前の家畜のように抵抗するティロを見て、男たちは顔を見合わせる。


「何だこいつ、本当に特務か?」

「俺は特務じゃない! だから地下はやめてくれ、頼む!」


 ついに本気で泣き出したティロを見て、男たちはティロを地下室へ連行することを諦めた。


「それなら今ここで言え。お前の所属は何だ?」


 地下への恐怖で麻痺しそうな頭を、ティロは精一杯使ってここから逃れられそうな答えを探す。


(えーと、こいつらはオルド国を滅ぼしたリィア軍を敵と見なしている。だからコール村門番だって本当のことを言ってもリィア軍所属というだけで見逃すはずがない。それなら、こいつらの味方だって言えば少しは話を聞いてくれるんじゃないか?)


「……リィア打倒戦線の者だ、今はリィア軍に潜伏している」


 その答えに、オルド解放連合の面々は顔を見合わせる。リィア打倒戦線は、オルド国と同じくリィア国によって10年ほど前に滅ぼされたエディア国の精鋭たちが結成していると言われている反リィア組織であった。


「その証拠はあるのか?」


 オルド解放連合の男たちは警戒を緩めず、ティロを問いただす。


「発起人ライラに聞いてくれ。俺の名前を出せば、彼女が証明してくれる」


 これでティロは自身が心までリィア軍所属ではないことを証明できると思った。発起人ライラとは、単身で各地に点在する反リィア組織を結集させようとしている女性の名前だった。そして彼女の存在は各反リィア組織と、リィア軍においてはティロしか知らないはずだった。


 その名前を聞いて、オルド解放連合の面々は再び顔を見合わせる。


「誰だそいつは。デタラメな名前を出すところを見ると余計怪しいな」


(くっ、下っ端にまではライラの名前が伝わってないのか……あいつオルドに行くって言ってたのに!! 違う組織に行ったのか!?)


 ティロは内心毒づきながら、更に何か打つ手はないかと考える。


「リィア打倒戦線だって? この前まで俺もリィア打倒戦線にいたが、俺はそんな奴知らないぞ」


 男たちの中から、ひとりが前に進み出る。彼はこの場にいる誰よりも屈強で、たくましい体つきをしていた。


(しまった! 本物もここにいたのか……いや、これは逆に好機かもしれない)


 ティロはエディア出身と思われる男に話しかける。


「あんたもエディアの出身か。俺は今でこそリィア軍に潜伏しているが、元はエディアの剣士だ。反逆の意思は十分にある。どうだ? 俺と手合わせしないか?」


 ティロはリィア打倒戦線の男に、一か八かの剣技の試合を申し込んだ。すると、オルド解放連合の男たちから笑い声が漏れる。


「一般八等でチビのお前が、試合だって!?」

「随分上等な威勢を張る奴だなあ!」


 閉所恐怖症の発作で慌てふためくティロを見た後の男たちは、余計ティロが大口を叩いたと思い込んだ。


「まさか、俺にビビったわけじゃないよな?」


 ティロは何とか剣技の試合に持って行けるよう、更に挑発する。


「男らしく手合わせを申し込まれたら、断るわけにも行くまい。俺はエディアの公開稽古にも出してもらったことがあるんだぞ」


 リィア打倒戦線の男は試合の申し込みを受け入れた。ティロは拘束を解かれ、やっと立ち上がることができた。


「正式な模擬刀はないが、警棒で十分だろう」

 

 警棒を片手に、リィア打倒戦線の男は余裕の構えを見せる。ティロは渡された警棒を無造作に受け取った。


「じゃあ、始めるぞ」


 リィア打倒戦線の男はティロを軽くひねり倒すつもりでいた。しかし、その目論見はすぐに破られることになった。


「何!?」


 試合を見守るオルド解放連合の男たちも度肝を抜かれる。誰一人、ティロが間合いを詰めたところを確認することが出来なかった。ティロに対峙していた男は焦ってティロの攻撃を弾くが、間合いを取ることなくティロは連撃を仕掛けてくる。


「つ、強い……!」

「こいつ、本当に一般八等か……?」


 オルド解放連合の男たちは今度こそ本当に顔を見合わせる。一般八等という階級は、世間的には剣技に慣れてきたばかりの下っ端という印象があった。リィア打倒戦線の男もなかなかの腕前だったが、ティロの剣筋を追い切れずにじりじりと後退していた。


「剣を極める者、まず己の命を剣に預けるべし、だろう?」


 焦るリィア打倒戦線の男に、ティロは低く呟くと攻撃の仕方を変えた。その剣を受けながら、リィア打倒戦線の男は驚愕する。


「待て、待て! お前その剣の型をどこで習った!?」


 剣技には型というものが存在して、国や地域によって大きく基本の型が異なっている。ティロは一度警棒を下ろし、試合続行の意思がないことを見せる。


「だから言ってるじゃないか、俺はエディアで剣を修めたって」


 リィア打倒戦線の男は再度ティロに攻撃を加えようと思った。しかし、どこへ警棒を叩き込んでもティロに弾き返される未来しか見えなかった。それどころか、下手に攻撃を加えると試合を通り越して殺されかねないほどの殺気をリィア打倒戦線の男は感じ取った。


「しかし……わかった、認めよう」


 リィア打倒戦線の男は警棒を下ろした。それを見て、オルド解放連合の男たちも完全にティロに対しての敵意を喪失していた。


「わかってくれれば、それでいい」


 ティロは警棒を預けると、小屋の前で震えている子犬を見つけて拾い上げた。


「それじゃあ、発起人ライラに会うことがあったら俺は元気だって伝えてくれ。俺も陰ながら応援しているから、反乱頑張ってくれよ」


 そう言うと、ティロは足早にその場を立ち去った。残された男たちは、呆然とティロが去って行く方をしばらく眺めていた。

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