修道女エルフは語る。(前編)

天を輝かせるほど照らす太陽の光が降り注ぐ朝…

神聖な礼拝堂にて、私はリーベルタールの教会にてオルガンを無言で奏でていた…


数十から百以上もある巨大なパイプから重厚な音色を放ち、静かだった礼拝堂に神聖な空気へと満ちていく…

それは丸で、天から御使いが降り立ち、神の祝福を与えるかのように…


と、牧師だんな様が来るまでの合間にオルガンの練習を一通りしていましたら、パチパチとした拍手が鳴り響いていた事に気が付きました。


「今の演奏、実に良いものだったわ。”バッハ”の小フーガかな?」

「正式には、”幻想曲とフーガ ト短調”ですね。エミーリア様」

「相変わらず硬いねぇ、ディー。やっぱり、エルフ貴族令嬢の礼儀が抜け切れないの?」


そう、私はただの修道女シスターではなく、このリーベルタールの隣国に存在する大森林の国、神聖エルフェリア国のエルフ伯爵家…ディーラ・レティシア・ラインハルト伯爵令嬢は、エルフ王の息子ライアン第二王子との婚約破棄を言い渡された後に不浄の烙印を押されて国から追放され、このリーベルタールに拾われただけのエルフ修道女です。


それも、目の前にいるエミーリア様と同じく…前世の魂があの女神クズに拾われて、「あっ。こいつ、ジメジメしてるっぽいから傲慢エルフの国に転生させちゃおうっと」という理由でエルフ貴族に転生させられてしまった元ヤクザ教会の一人娘でした。ど畜生…


まっ、牧師であった組長おやじの趣味でパイプオルガンのお稽古が好したのか、追放前後共に社交界でオルガン演奏を任されるほど絶賛されてましたけどね。


さて、そんな与太話をしにエミーリア様が教会に来訪したわけではありませんでしょう。

恐らく、令嬢ギルドの依頼の一つが来るかもしれませんね。


「そろそろ牧師だんな様が礼拝堂に来られ、礼拝ミサが始まりますが…その後で宜しいでしょうか?」

「ああ、良いよ良いよ。どうせ何時ものあれだし」

「またですか?」

「またなのよ…今月で7件目だよ…」


エミーリア様の言葉に、私も一緒になって溜息を付きました。

本当、懲りない国家ですね…


「分かりました。では、何時もの様に」

「ごめんねぇ…それと、クラリスが従者にした女の子の一行も混ざっているらしいから、頼むわね」

「承りました。それと…牧師様の説法、受けていかれますか?」

「ごめん。私、宗教は苦手なんだわ。バーローで散々な目に合ってるから」

「それもそうですわね。では、後日お茶会でも致しましょう」

「うん、お願い。この所、酒と肉ばっかりでクラリスから『肉食(笑)令嬢っすね』と言われたからね」



とまぁ、そんな他愛の無い話をし、牧師様が礼拝堂に来られた時に入れ替わりでエミーリア様が帰られ、後から来られた数少ない教会信者と共に本日の礼拝ミサが行われた…





「相も変わらず、この国への戦争を仕掛けるのだな…」

「全く、愚かしい物ですわ」


礼拝が終えた私と牧師だんな様は、昼食を取っている最中にエミーリア様の持ち込んだ依頼書を見て憐みの感情が湧き出ていました。


隣国・エルフェリア国の○十回目の軍事侵攻。

その隣国侵攻の防衛の為に、私も借り出されるとは…チート持ちのエルフも楽なものではありませんね。

どんなチートを持っていますかって?それはまだ秘密ですわ。


それにしても…この世界の女神クズも傲慢ながら、エルフ達も傲慢でありますね…

どの世界でも、自分達が神に近し種族とか言いながら多種族を見下し、蔑むその姿こそ…まさに私の前世にて習った世界史における中世暗黒時代のお貴族様と全く変わりません事。


「歴史における腐敗の歴史はどの世界でも変わりませんですわね」

「ん?”中世欧州における聖教宗派カトリックが、貴族との癒着による汚職の腐敗と免罪符という金の堕落に激怒したマルティン・ルターが、新教宗派プロテスタントを立ち上げ、原点回帰と政教分離を図ろうとした”的な話かね?」

「それに近いものですわ。何時の時代も、キリスト、イスラム、仏問わずに宗教家が政治と携わって癒着した時は、国は傾く傾向が見え隠れします」

「だろうな。現に、バーロー国の女神教、エルフェリアの大精霊教は常に貴族との癒着を増し、教会に歯向かう者には”破門”を突きつけて脅す。”破門”されて信徒で無くなった者は人に非ずと言わんばかりに殺生を行なうのが堕落した宗教家と政治家…こっちでは王族と貴族であるな」

「ええ。だから、懲りないのですよ。”宗教の自由”を作ったこのリーベルタールを滅ぼそうとして、返り討ちに合って国の権威を失墜させている事に」


そう言って、私は牧師様のカップに新しく紅茶を注ぎ、自らもまた空になったカップに紅茶を注いで飲んだ。


…少し、”喋りすぎた”所為で蒸しすぎてしまったようですわ。

苦味が増してしまってる。


「申し訳ありませんわ。お茶を入れ直しますわね」

「いや、良い。お茶代が馬鹿に成らないからな。少なくとも、私達は”お布施”で生活をしているのだから」

「それもそうですわね。しかしまぁ…”キリスト”の宗派を開設しましたら、意外と再入信される方が多くて助かりましたわ」

「異世界に飛ばされ、かつての国とは違う宗教に強制させられれば、泣いて縋りながらでも入りたがる者だっている。やはり、生まれた時から親しみのある宗教こそが心のよりどころであるからね。人間は」

「でしょうね。ただ、”日本人”は馴染みが薄すぎるから”無宗教派”と言われるんですけど」

「そういう君も私も、元は”日本人”であろう?」

「でしょうね。まぁ、エルフの修道女って言うのも悪くは御座いませんですわ」

「そうだな。私はこんな美人の娘を妻に出来て嬉しいものだ…これも神の思し召しであろう」

「そうですわね。さぁ…始めましょうか。旦那様」

「ああ。”怒りの日”を謳おうではないか」


私と牧師様は、互いに返答を終えてから昼食後のお茶を片付け、準備を始めました…





あと数時間後に訪れる”愚か者”達を迎え撃つ為に。









リーベルタールの中央都市では騒然となっていました。

そりゃあ、大森林とはいえ大国でもある神聖エルフェリアとなれば、共和国軍隊を動かざるを得ないでしょう。リーベルタールに在住している人間達はおろか、ドワーフやエルフ、果ては志願兵のオークやゴブリンも軍勢に加わって、軍備に勤しんでいますね。


「本当、一昔前では見られない光景でしたね」

「これも、君みたいな変わったエルフの貴族令嬢や人間の貴族令嬢と言った”悪役”へと配役に仕立てられた女神クズの副産物とも言えるね」

「その点に関しての団結力は、ある意味感謝するべきでしょうね」


私と牧師様はそう言いながら、街の中にある例の冒険者ギルド…令嬢ギルドに辿り着きました。


「あらぁ?いらっしゃい。ディーラちゃん」

「二週間ぶりです。マスター」

「この前のミサに行って以来、殆ど顔をあわせなかったからねぇ。ごめんねぇ」


そう言って、令嬢ギルドのマスター(オカマ)は私達が持ってきた依頼書を受け取り、契約内容を確認してから受理してくれました。


「確かに、エミーリアちゃんが携えた依頼書に、ディーラちゃんと牧師様の証印が入っているわね」

「では、依頼通りに処理させて貰います」

「ええ。…所で、あたしは今の貴女にどんな態度で示せば良いのかしら?」

「普段通りの、ギルドマスターとして振舞っておられるだけで良いですわ。…”魔王様”」


私は投げやり的に返答をして牧師様と共にギルドを出ると、マスターはフッと笑いながら煙管を一服し、静かに煙を吐き出していた…








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