第2話 浮気はどこからが浮気だと思う?
――俺たちが一線を越えたのは家族が増えてから3日の月日が流れた時。
いつものようにソファーでテレビを眺める俺の横に、美結が腰を下ろした時から俺の中にあるタガが緩んだような気がする。
「なに見てるの?」
「ニュース」
「ニュースなんて見るような人だっけ……?」
「俺を何だと思ってる。ほら見ろこれ、不倫裁判が逆転無罪だってよ?おもろいじゃん」
「……不倫に逆転無罪なんてあるの……?」
「ニュースになってるんだからあるんじゃね?クズなのに何ら変わりはないけど」
「まぁ……そうね……」
歯切れの悪い声が太ももに落ちる。
まるで俺が呟いた言葉が自分に突き刺さったように。
「ん?どした?」
「あーいや……うん。祐希はさ、不倫――というか、浮気はどこからが浮気だと思う?」
人一人分開いたソファーに手をつく美結は、伏せた目をこちらに向ける。
「……美結ってたまに変なこと言うよな」
「変なこと……!?私は至って真面目です!」
「どう考えても変なことだろ」
「このニュース、この状況。変なところなんて1つもありません〜」
「まぁ答えるけどさ……」
腕を組んでそっぽを向く美結に小さくため息を吐く。
そうして体の力を抜きながらソファーに体重を預けた。
「……キスからじゃないか?」
「キスから……?祐希の基準は結構甘々なんだね」
「いやまぁ彼女が他の人と手繋いでたら嫌だけど、浮気とは言えんじゃん」
「なるほどねぇ……」
含みがあるように紡いだ美結は、俺と同じように体重を預ける。
「ちなみに私もキスから」
「美結も甘々じゃねーか」
「私、結構寛大だから何でも許しちゃうんだよね。全然手とか繋いでも大丈夫!」
「…………嘘つけ」
「ん?なに?私が嘘だって言いたいの?」
「……はいはいなんでもありませんよーだ」
鋭い睨みとともに突かれる太もも。
中学の頃のあの嫉妬深さを知ってるからこその言葉だったのだが……是が非でも隠したいのだろう。
逃げるように顔だけを逸らす俺に、細めた瞳が近づいてくる。
「元カレだからって調子乗らないでくれますか〜?」
「乗ってねーって」
「キスもまともにできなかったくせに、威張らないでくれますか〜」
「……それはそっちもだろ」
「心外だね!私はチキリな彼氏のために誘ったんだよ?『今日、家に親いないから』って」
「だったらこっちが心外だわ。ゴムも買って家に行って最初に服を脱いだのは俺だぞ?……というか、あの後俺からキスしたし」
美結に顔を戻せば、太ももに挟まれるように手をつく美結と目が合う。
さすればいたたまれなさが勝り、
「……私の誘いがあったからできたくせに」
「……友達に強引に言わされたくせに」
どちらからともなく捨て台詞を吐き合って顔を逸らした。
そうして訪れる静寂の中に紛れるMCの声。
俺たちをおだてるように紡がれる『聞こえますか〜』という言葉。
「……祐希」
MCの声に反応したのだろうか。
不意に口を切る美結はギュッと俺のズボンを握る。
「……ん?」
小さな反応とともに居心地が悪そうな顔を見下ろす。
「…………今日の夜、空いてる……?」
握っていたては太ももを撫で、内股へと転がっていく。
「……はい?」
そんな言葉を吐いたのも必然だろう。
だって、俺たちは元カレと元カノの関係であって、それ以上に兄弟。
それに――
「……部屋で待ってるから」
赤くなった顔を逸らした美結は腰を上げてソファーから去っていく。
その様は中学時代の『誘い』を彷彿とさせる。
すべてを出し切ったと言わんばかりに荒れる息と、握りしめられた手のひら。
小さくなった声すらも当時と同じ。
「え、ちょっ!」
バタンッと勢いよく閉められた扉に弾き返される言葉は、リポートする声によって打ち消された。
「……んだよあいつ……」
心底あいつの考えてることがわからん。
中学の時から、別れる瞬間まで。
一体何をどう思ってこの誘いをしたのか。
どのような感情になったら元カレを誘おうと思うのか。
「……はぁ……」
渦巻く感情の中、テレビを消した俺は頭を抑えて思案に浸る――
「ただいま……って言いたいところなんだけど、美結ちゃんがすごい勢いで階段登っていったよ?なにかあった?」
不意に開かれた扉とともに聞こえるのは母さんの心配気な声。
「あー……いや、なんでもない」
当然親になんか言えるわけもなく、頭を抑えたままの俺は小さく紡ぐ。
「えーその感じ絶対なんかあったじゃん。もしかしてもう喧嘩したの?早くない?」
「してない。それどころか……仲良すぎるほどだと……思う」
「ほんと?ならなんで勢いよく上がっていったの?」
「……仲が良すぎるが故じゃね……?」
「……そんなことある?」
「うん、ある」
思わず『仲が良い』って表現してしまったけど……いいよな?
大抵そういうのをするのは仲が良いやつだし。
「ならいいんだけど」
「よいしょ」という声とともにエコバッグを机に置いた母さんはなに食わぬ顔で食材を取り出し始める。
刹那――
――ドタドタドタドタ
聞こえてくるのは廊下から。
勢いのあるその音は、言わずもがな階段から降りる音。
「……ほんとになにもなかった?」
「…………うん。なんもなかったよ」
(あいつほんっと動揺したらわかりやすいよな!)
深くため息を吐く俺なんて他所に、ものの数秒で玄関の扉が開かれ、相変わらずの慌てた足音とともにその扉は閉まった。
「美結ちゃんがただ元気なだけかな?」
「……そうじゃね」
「ならいいんだけど――あっ」
「え?」
ピタッと母さんの動きが止まった。
そして錆びた歯車が回るようにこちらを見据え、
「パン粉買い忘れちゃったからそこのコンビニで買ってきてくれない?」
「……俺が行くの?」
「ごめんね?私が行くべきなんだろうけど……この後すぐお仕事の電話があって……」
「分かった。行ってくる」
「ほんとごめんね」
「いいよ。仕事頑張って」
そんな言葉とともに腰を上げた俺は大きく伸びを披露し、財布を受け取った。
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