家族になった俺たちは一線を越えたけど、残りの一線は超えない。

せにな

第1話 ――俺たちは、一線を越えた

「……ごめん」


 数分前まで騒がしかったベッドに溢れるのは、を濁すための言葉。


「私も、ごめん……」


 ピトッとくっついた背中越しに聞こえる言葉も、同じように罪悪感を紛らわすもの。



 ――俺たちは、一線を越えた



 数日前、我が家にを迎え入れた。

 犬とか猫とか、そんなちっぽけな話ではなく、その日は母さんとお義父さんが再婚した。


 そんなお義父さんと、連れ子が家にやってきたのは今のように湿った空気が漂う6月の中旬の話。


 身だしなみも整え、2人を迎え入れるために玄関で待っていた俺の前に現れたのは、40前半の男性と、俺と同い年ぐらいの焦げ茶の髪を肩まで伸ばした少女――


 ……というか、俺と同い年のだった。


「あ」

「え」


 言葉が重なったのは必然だったと思う。


 どちらからともなく目を見開いた俺たちは、気まずさから共に視線を逸らした。


「こ、こんにちは……でいいのかな?2人はどこかで出会ったことがありそうだけど……」

「あ、まぁ……そうっすね!中学の頃の同級生……というか今も同じクラスです!」


 場の空気を濁すようにお義父さんに言葉を返す俺。


「そそ!ちょっと驚いただけっていうか……まさかがいるとは思わなくてさ……」


 乗っかるように言葉を続けてくれた彼女は居心地が悪そうに視線を泳がせる。


「あっ、そういうことね?それなら安心したぁ〜」

「……安心?」

「だって我が子達が出会って3秒で顔を背け合うんだよ?どこかで喧嘩でもしたのかと心配するじゃない」

「あ、あぁ……な、なるほど?なんかごめん」

「別に謝んなくてもいいのよ?私だっていきなりお友達がって言われたら驚くもん」

「「…………」」


 言わずもがな、少女――石倉いしくら美結みゆがここに来たということは、母さんの言う通り俺たちは兄弟になるということ。


 どちらが兄姉になって、どちらが弟妹になるのかなんて今は関係ない。


「とりあえずリビングに行きましょうか?ここじゃジメッとしてるしね」

「そうだな。お邪魔します」

「今日からはあなたもこの家の一員なんだから畏まらなくていいのよ〜?」

「そ、そうだな……。じゃ、じゃあ……ただいま……?なのか……?」

「帰りなさい。あなた」

「……ただいま」


 気まずさ満載の俺たちの隣で、お義父さんの腕に手を回した母さんはイチャイチャしながらリビングへと向かっていく。


 こんな母さんはできれば見たくなかったのだが、新しい夫ができたことが相当嬉しいのだろう。


「……あまりお父さんたちには口出ししない方がいいかもね……」


 俺の考えを読み取ったのか、はたまた同じことを考えていたのか。


 2人の背中にジト目を向けながら紡ぐ美結は不意にこちらに視線を寄せる。


「……なんだよ」

「……一応、『よろしく』と言っておこうかと思って」

「あぁ……うん。よろしく」

「よろしく。……あと、これは忠告なんだけど」


 首を動かして母さんたちがリビングに入ったことを確認した美結は俺の耳に口を近づける。


「(元カレってことは言わないでね)」

「分かってる。初日で家族団欒な空気を壊すほど俺はクズじゃない」

「ま、それはそうね。彼女の私がクズじゃないことは保証してあげる」

「そりゃどーも」


 ニカッと笑みを浮かべる彼女はそそくさと靴を脱ぎ、腰の後ろで手を組んでリビングへと走っていく。


 そんな姿は高校受験で切羽詰まっていたあの頃を彷彿とさせる。


 腰まで伸びていたはずの焦げ茶の髪はいつの間にか短くなり、あの日よりも前。


 俺にだけ見せていたその笑顔はどの宝石よりも綺麗で、一生涯頭から離れることはない――はずだった。


「ほら、祐希ゆきも早くおいで?」


 リビングに入ったはずの美結がヒョイッと顔を覗かして手招きをする。


「……おう」

「どしたの?考え事でもしてる?」

「まぁ……前よりも髪伸びたなって」

「いつもクラスで顔を合わせてるのに?」

「ふと思ったんだよ……」


 クスクスと口元を抑える美結は俺と違ってなにも考えていないのだろう。


「お義母さんがクッキー焼いてくれてるんだって。変なこと話すのもいいけどクッキーも食べよ?」

「だな」


 その懐かしさに思わず苦笑を浮かべてしまう俺に、小首を傾げる美結。


 けれどクッキーの誘惑には勝てなかったらしい。

 すぐに顔を引っ込め、ダイニングテーブルへと歩いていった。

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2024年12月20日 07:14

家族になった俺たちは一線を越えたけど、残りの一線は超えない。 せにな @senina

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