第10話 弔い(前編)
「何で……どうして、こんな……」
仄暗い蛍光灯に照らされた廊下の長椅子に腰を下ろし項垂れる和也の前に、青い解剖着を身に纏った若い男が歩み寄った。
「岩井さん……。まだここにおられたんですね。解剖の結果が出ました。ここじゃアレなので、待機室で。で……警察の方も一応待ってます」
男がそう言うと和也は無言のまま重い体を起こし、ノロノロと歩き始める。案内された場所へ一緒に着いて行った。
あの後、自宅に救急隊が駆けつけたがすぐに死亡と判断され、悠子の遺体は警察に引き渡されていた。司法解剖の結果が分かるまで、警察から待機するように命令されていたのだ。どうやら事件性があるものと見て、捜査を検討しているらしい。その間、悠子の遺体が横たわる解剖室前の廊下で数時間生気を失った屍のように座り込んでいた。
待機室に入ると、白髪頭の紳士のような格好をした高齢男性と、中年と若い男の二人組が口論を繰り広げていた。
「あれは殺人でも事故でもない! この世には『呪い』というものが本当に存在しているんだ!」
「確かに不可解な点はいくつもあります。ですが、『アレ』が石嶋さんの死と直接関係があるようには思えません。第一発見者から詳しく事情を聞かないと何とも言えない状況なんです。お願いです。第三者であるあなたはこの事件に関与するべきではありません。これ以上干渉してくれあるのであれば、あなたも逮捕しなければならなくなりますよ!」
「どうして分からない……。あれ以上犠牲者を増やすつもりか? じゃあ、おたくらは勝手に捜査すれば良い。だがこれは、簡単に解決できるもんじゃないことは肝に銘じておけ。何が起きても、私は責任は取れないからな」
白髪頭の男がそう言うと、扉の方へ振り返った。丁度和也が部屋に入ってきており、男は息切れしながら和也の元へゆっくり歩み寄った。
「君に任せるしかないんだ……。あいつらに真実を話したところでどうにもならない。君は、疑われているよ。だが、できるだけ正直に話せ。いいね?」
「……分かりました」
男は和也の肩を軽く叩くと、苦しそうな咳払いをして部屋を出て行った。
「岩井和也さんで間違い無いな? 石嶋悠子さんについていくつか質問がある」
年上の警察官がパイプ椅子を引き、そこに座るように誘導される。その間、若い方は和也の後ろに着いて回り、彼を警戒するような態度を見せた。
和也は言われるがままゆっくりと椅子に腰掛け、警察官の様子を伺った。どう考えても穏便には至らないということは承知していた。
「私は水嶋(みずしま)だ。そこにいるのは木下。まぁ、まだ君を疑ったりはしていない。だが、質問されたことは全て正直に答えるんだ」
水嶋がそう言うと、和也は不愉快そうな表情で頷く。
先ほど和也に話しかけてきた若い解剖医が待機室に足早に入り、黒いファイルに挟まれた書類を水嶋に渡した。彼はそれをペラペラとめくると、司法解剖結果の書類と、解剖時に撮影された遺体が写された数枚の写真を取り出し、写真を一枚ずつ縦に並べる。
「できれば署で話を聞きたかったのだが、君に何かあってからじゃ困るからね。司法解剖の結果、悠子さんは子宮に重度の損傷を受けたことによる出血性ショック死だったことが分かった。だが、傷の程度から見て、どうも自然に起きるものとは考え辛くてね。君は救急隊にいきなり出血して倒れたと言ったらしいな。で、実際どうなのかを聞きたい」
和也は眉を顰め、水嶋を睨みつける。
──やっぱり疑ってるんじゃないか。
怒りが込み上げ、手足に震えが出る。
「あの話に嘘はありません」
「では、君はなぜ今まで面識がなかった悠子さんを自宅に連れ込んだんだ? 何か目的があったのか?」
「最初に接触してきたのは悠子さんの方からです。俺が妻の墓参りをしてる時に声をかけられて、それで……」
「それで?」
水嶋は挑発するように和也を問い詰める。埒が開かないと判断した和也は、ポーチから白い手拭いに包まれたブローチを取り出し、そっと開いてテーブルに置き乱暴に水嶋に近づけた。
水嶋は一瞬仰け反るような姿勢をとった後、目を凝らしてそれを確認した。
「悠子さんからこのブローチを見せられ、これが何なのか知ってたら教えて欲しいと言いに来たんです。逆に質問するが、あんたたちはこれがどういうものか分かってるんだろ? 分かってるんなら教えてくれ。悠子さんはずっとこの正体を探ってた。あんたたちが何を隠してるのかは知らないが、俺は彼女の言うことを信じてる」
和也は乱暴な口調で警察官に対して感情をぶつける。和也がなぜ警察官にブローチのことを聞き出そうとしているのか。その訳を知るには、およそ五時間前に遡る。
悠子の遺体が運ばれた後、和也は彼女が残した付箋に書かれていた『筒宮竜司』に連絡を取っていた。起きたことを洗いざらい話し、彼女が亡くなったことを伝えると、すぐに話すことがあるから会いたいと返事をもらったのだ。
悠子が解剖のために東北大学病院に運ばれることを知り、和也と筒宮はそこで落ち合うことで合意した。
「君が岩井和也君だね? 私は筒宮竜司。少し遅くなってすまない。……中でいいかな?」
病院に入ると筒宮はホールの端に和也を誘導し、人目を気にするように辺りを見渡した。誰も見ていないことを確認すると、声を顰めて話し始めた。
「君は、悠子が持ってるものを知っているんだね?」
「あ、はい……」
和也はショルダーバッグからそれを出そうとするが、筒宮は右手を和也の前にかざし止めた。
「ここでは危険だ……。それは、正体不明の強力な呪いがかけられている。まだそんなものを持ってたなんて……。悠子、何で言ってくれなかったんだ。もう取り返しがつかないことは分かっているが……」
「あの、悠子さんとは大学で知り合ったと聞きましたが、どうして今まで連絡を取り合っていたのですか?」
筒宮は和也の質問に懇切丁寧に説明し始めた。
「悠子とは民俗学研究会でな。その会合では、大学に在籍していない一般人も招待している。悠子の母親も元大学教授で、古くからの付き合いでね。私たちは、日本が古来から持つある『力』について研究していたのだよ。表では民俗学研究と謳っているがな。母親は一度だけ幼い悠子を連れて訪れたことがある。その時にこのブローチを見せられたんだ。彼女は『これに取り憑いている変なものが、私たちに悪さしようとしてる』と言って、それを調べるように依頼してきたんだ。過去に似たような別のブローチを持ってきた人物がいたが、一度会って以来連絡が途絶えた」
「神津家と関わる人ですか?」
「いや、何の関係もない血筋の人間が持っていたよ。一つは古びた骨董品店で見つかった。子供がそれに触り、数ヶ月後に悠子と同じように大量出血で死んだと聞かされた。その遺族も今では行方不明だ……。それは私が責任を持って管理しているが、あのブローチは他にも複数あって、もう何人もの人間を殺している。母親は悠子には詳しいことを伝えてなかったんだろう、それがどんなものなのか……。だが、結果的にそれが仇となった。何も知らなかった悠子が、それに触れてしまったんだ。父親を探していたと言っていたね?」
「はい、父親を恋しがっていました。父親に会うために、あのブローチの送り先の住所を辿ってきたんです。その時に触ってしまった。彼女はただのブローチだと思っていたようですが、母親は違ったようで警戒していたようですね。でも、悠子さんは何も悪くないと思います」
「そうだとも……悠子は何も悪くない──何も……。全ては、あんなものを生み出してしまった元凶のせいだ……」
筒宮は紳士帽を取り、ムラのない真っ白な頭髪が顕になる。待合室の椅子まで移動し腰掛けると、和也も彼に釣られるように隣に座る。
「前に、君の奥さんがブローチに接触した可能性があると言ってたな。やはり同じように鏡を怖がっていたのか?」
「はい……。でも、直接触ったかどうかは分かりません。ただ、赤ん坊の時、真悠はそれに触った夫婦に接触しています。義母の真紀江さんは、それを『因果』だと言ってました。直接触れていなくても、触った人と関係を持つと同じ呪いにかかるということでしょうか?」
筒宮は「うーん」と唸りながら考え込み、『調査記録』と書かれたノートを茶褐色のトランクから出す。そのノートには一枚の古びた写真が挟まっており、それを和也に手渡す。写真の裏には掠れた文字で『一九五五年 怪異一七一号』と書かれていた。だが、一つだけ悠子が持っていたブローチとは相違点があった。それは、彫刻された蜘蛛の数である。
基本的な形状は変わっていない。だが、写真に写された蜘蛛は向かい合うようにして二体描かれていたのだ。悠子が和也に見せたブローチには一体しか描かれていない。
「これは……」
図書館で出会った老人の話を思い出す。
ブローチは盗難を防ぐために似たような模造品を複数作り、本物は純金でできている。その偽物には、触れた人間を殺めてしまうほどの強い呪いがかかっていると。
「これは──『本物』なんですか?」
「いや、これは君が持っているものと同じ本物の複製だ。この蜘蛛の数は、それにかけられた呪術の力量によって変わってくる。本物とされているものには、五体の蜘蛛が描かれているといわれている。誰が持っているのか調査している段階だ」
確かにぱっと見た感じ輪郭も形状もほとんど同じであるが、そこまでの違いが出てしまったら簡単に見分けがつくものだ。だが、本物を一切表には明かしていないとすれば話は別である。神津家の人間が簡単に区別できるように、呪術のレベルに合わせ装飾も敢えて変えていたのだろう。一般人からするとそんな都合は知る由もない。
もしも筒宮の言っていることが事実であるとするなら、本物は悠子の命を奪ったあのブローチよりも強力な力を持っているということになる。それに触れてしまったらどうなってしまうのかは、考えたくもない。
「実は、このブローチを預かった後に警察が訪ねてきたんだ。これを探していた。彼らはこの存在を知っていたんだ。事前に私は警察が来ることを聞いていて、知人のところに預かって貰っていたから取り上げられることはなかったが、彼らは何か知っている。あのブローチを我々が持っていると不都合なことがあるんだ。君のもできれば安全なところに保管したい。いいかね?」
「はい……。僕もずっと持っているわけにはいかないから……。ですが、預かるのは少し待っていただけませんか?」
「君が望むなら待とう。だが、あまり変なことは考えるな。それも危険であることには変わりない。なるべく早く頼むよ。分かったね?」
和也が筒宮にブローチを預けることを躊躇っていたのは、筒宮を信用していなかったわけではない。ある目的を遂行させるためだった。
和也は数時間前の筒宮との会話を思い出す。
「神津家のことを教えてほしい。この地域の警察なら、知らないことはないだろう?」
水島と木下はお互いの顔を見合わせる。
「そ、そんなの知るわけ──」
「辞めろ、木下」
木下が声を荒げ和也に噛みついたところを水嶋は阻止した。
「そんなに知りたいなら教えてやる。署の方にまだ当時の資料が残ってたはずだ。木下、連れて行け」
「……分かりました」
上司の言うことには逆らえないのか、木下は嫌々ながら返事をする。
──上手くいったのか?
木下は和也の腕を掴み上げ、まるで連行するような形で一緒に部屋を出た。
「ちっ、あの白髪のクソオヤジは……何考えてやがる」
水嶋は舌打ちをし、椅子を蹴るようにして立ち上がると二人の後を追った。
警察署へは自分の車で行くことを許された。パトカーが前から誘導していたが、カーナビに頼れば問題無しだった。到着すると、水嶋が事前に総務部に話を通してくれていたようで、そのまま中に入ることができた。
白一色の不気味な廊下を通り過ぎ、『未解決事件資料保管室』と書かれた重々しい鉄製の扉を、部下の木下が力を込めて押し開けた。新聞紙か木材のような、独特の匂いが室内に籠っていた。
「おい……ここで待て」
水嶋が先に入ろうとする和也を威厳とした態度で止めた。和也は太々しい態度で扉の端に寄ると、水嶋は一瞬和也を睨みつけ、そのまま奥に歩いて行った。
水嶋が抱えて持って来たのは、刑事ドラマにあるようなダンボールに入った資料──などではなく、頑丈な木箱に入れられた何かであった。その箱を室内に設置された白いデスクに慎重に置く。随分と古めかしく、木箱はどす黒く変色している。かなり長い時間この保管室に眠っていたのだろう。カビが繁殖していなかったことが幸いだった。その箱を何となく観察していると、『神津事件』と墨のようなもので書かれた文字が目についた。
「何なんだ、それは?」
異様に感じた和也は水嶋に尋ねる。
「ここにお前が欲しがっている情報が入ってんだ。最初の記録は『大正十三年 七月二十九日』。神津家が関わった不審な事件が発端だ。本当は署長から誰にも見せるなと口止めされていたが……お前、見たんだろ? あれを……」
水嶋がそう言いながら和也を睨め付けた後、デスクに設置されていた白いゴム手袋をつけ箱の中を探り始める。
「お前は知ってるか? 神津家は、この地域で一番有名な『呪術師』だったとか……。今ではよくあるだろ? 変な宗教に関わって人生崩壊した家族の話。その日、この一家の元で下働きをしていた女が謎の不審死を遂げたんだ」
水嶋は箱の中のものを表に出し何かを探していた。麻紐で閉じられた冊子のようなものが何冊も出てくる。それを一冊ずつ確認しながら、当時に起きた事件を説明する。
「そして、近くでそれが見つかった」
水嶋が差し出したのは、当時の事件の捜査報告書。
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【事件発生日】大正十三、七月二十九日
【報告者】西上 涼斗(にしがみ りょうと)(四十二)
【発見時刻】午後二十一時十七分
(※遺体発見者・國浜警察捜査第一課 里見 菅五郎(さとみ かんごろう)捜査官(四十八))
【被害者】西上 久江(にしがみ ひさえ)(三十八)
【捜査終了日時】大正十三、九月五日
【概要】
上記の時刻、夫の西上涼斗により國浜警察署に捜索届が出される。被害者の西上久江は、大和三冠呪術師一族「神津家」の女中。事件より二日前の二十七日、終業時刻の八時を回っても家に帰らず、不審に思った夫が捜査本部に届を出し受理。周辺の住人から目撃情報を募る。二十七日朝五時三十前後に、神津家邸宅の玄関に入っていくところを数人が目撃。二十九日午後十八時に邸宅を訪問、捜索開始。午後二十時十七分、邸宅地下、物置扉付近に血痕付着を確認。内部調査の末、数十にも及ぶ切り傷を負い死亡している西上久江を発見。その後、敷地内の井戸の中から当主の妻、香枝(かえ)の遺体を発見。顔の左半分がひどく損傷しており犯行の残虐性が窺える。殺人容疑として当主、神津孝盛(かんづ たかもり)(五十三)を逮捕。娘の美和(みわ)保護施設に移送した。
神津孝盛の取調べの際本人が自供。殺害を認める。犯行動機は、神津家代々の家宝である『呪符』を久江が盗んだと疑い、それを問い詰めると暴れたため、側にあった刺身包丁で殺害。香枝の犯行動機は、久江の逃走を幇助したことである。一方でその呪符のひとつは娘が持っており、孝盛の供述によると、五つあるうちの三つの呪符が紛失しているという。もうひとつは久江の遺体発見現場である厨(くりや)の空釜の中から発見。孝盛が訪れる前に久江が隠したと考えられる。残りの一つの所在は未だ不明。
久江が呪符を盗んだ動機や、香枝が犯行を手助けした理由は捜査終了後も依然として分かっていない。
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「切り傷……顔の左半分がひどく損傷……。真悠と悠子が見てたのは……。夫婦の顔じゃなかったのか──」
和也はボソボソと独り言を呟く。
「何だよ」
水嶋が機嫌悪そうに腕を腰に当てた。和也は概要の部分を指さして水嶋に質問する。
「あ、いや……この『呪符』っていうのは?」
「これこそお前が知りたいものだろ? そいつだよ。お前が持ってるブローチみたいなやつ」
──みたいなやつ?
和也は水嶋のその一言に眉を顰める。
「えっ、まさかお前、それをただのブローチだと思ってないよな? さっきはあんなに形相変えて教えろとか言ってたくせによ」
水嶋は馬鹿にしたように鼻で笑っていたが、和也は無表情のまま内心はらわたが煮えくり返っていた。
「そんで、その事件は瞬く間に世間に広がったようだ。噂が噂を生み出して、全世間から目の敵にされて奴らは権力を失った。噂といってもすぐに消えたみたいけどな」
水嶋はそう言いながら、当時の新聞記事も開いて見せた。
大々的に見出しが置かれ、事件前の神津家の悪事やそれに関わった者達の被害記録や罵詈雑言などが記事に書き連ねられていた。この記者も神津家に対して苦言を呈していた。そして神津家が辿った末路は『村八分』と『一家離散』である。
続いて見せられたのは、当時の邸宅から押収したと思われる家系図である。神津孝盛には娘以外にも、妹が三人、兄が一人おり、兄の名前の下に線が引かれたまま空白となっていた。
「この事件以前にも、三姉妹の末っ子の神津美佐枝(かんづ みさえ)が謎の多臓器損傷で死亡している。お前が言ってたように、急に穴という穴から血を吹き出して死んだらしい。その時は不明の病死ということになっていたが、肺片方、大腸、子宮……そこだけ跡形もなくぐちゃぐちゃだったとよ。他の二人はどうなったかは知らんが……」
水嶋は苦虫を噛み潰したような表情をすると、もうひとつ別の新聞紙を差し出した。あの記事よりも小さい見出しであったが、すぐに目につくような場所に書かれていた。
『神津家の娘が頭部四肢切断遺体で発見 犯人の目星はつかず……』
和也はその記事を見て目を丸くする。
「保護されたはずの娘は、その事件の記事が出た二日後に施設の裏庭で遺体で発見されている。結局、孝盛を恨む被害者の犯行ということになっているが、その娘が持ってた呪符がなくなってたんだよ。おかしいと思わないか? バラバラにしておいて遺体はそのままって……。この犯人は何がしたかったんだろうな? しかも、遺体が発見される五分前には、子供たちによって生存が確認されている。その裏庭は子供たちの遊び場になっていて、頻繁に人が出入りする場所だ。誰が見ててもおかしくなかった場所で殺すか? 最後の生存が確認された場所から裏庭を大人の足で歩いて行っても、三分以上はかかるらしい。ということは……だ……。実質犯行できる時間は一、二分。もしくはゼロだ。その短すぎる時間で、遺体を切断するなんて──」
「あり得ない」
和也が言葉を挟み込む。
「あんたたちはこれでも、この事件をただの殺人だと思ってるのか? 筒宮さんが言ってた……。これは──『呪い』だ」
「なのなぁ、岩井……。俺たちは警察官だ。オカルト調査隊じゃないの。超常的なものが関わってるとか、んなくだらねぇもん誰が信じるかよ」
水嶋は声を出して笑いながら誤魔化した。明らかに怖じけていた。
「じゃあ、何であの時アレ見て引いたんだよ」
「ん……そ、それは蜘蛛が怖かったからだよ!」
──強がりやがって……
何がともあれ、神津家の秘密がこれで分かった。残すは、このブローチ(呪符)の正体だ。
和也は水嶋から視線を逸らすと、何かが反射しているのに気がついた。入り口のすぐ側に手洗い場があった。壁に取り付けられたフックにぶら下がった丸い鏡が、反対側の窓から入ってくる日光を反射していたのだ。
自宅から持ってくる時にはハンカチにちゃんと包んでいたが、急に不安になり恐る恐る鏡に近づく。
「おい……何やってんだよ。勝手なことすんな」
水嶋が和也の方を振り向き呼び止める。だが、和也はそんなのお構いなしに鏡に距離を詰める。
鏡の先には、目の下にクマができ、鼻の下に髭を生やした醜い自分の姿があった。
──いつもの俺か……
「おい! 聞いてんのか!」
ようやく水嶋の怒鳴り声に気付き、疲れ切ったような目で水嶋の顔を見る。そのまま目線を下ろすと、手にゴム手袋を嵌めた水嶋の手が視界に入った。
「これだ……」
和也は何か閃いたのか「ふっ」と笑みを浮かべ、水嶋に歩み寄った。
「怖くないっていうなら、ちょっと頼みたいことがある」
「はぁ?」
ポケットにしまっていたブローチを水嶋に差し出す。まるで年下をからかうような意地の悪い笑顔で、和也は期待を胸に最後の賭けに出ようとしていた。
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