影の迷宮
若城八千代
第1章 第1節 影の迷宮
第1章 第1節:影の迷宮
砂漠は容赦なくその広がりを見せていた。熱気が蜃気楼を生み出し、地平線はまるで歪んだガラスの向こう側にあるかのようだ。カルディオス——その金色のドームは
太陽の光を反射し、遠くから見れば幻想的な宮殿のようにも見えたが、その中に潜む現実はまるで違う。
ドームの最下層、「影の迷宮」と呼ばれる場所には、光はほとんど届かない。
鉄とコンクリートが複雑に絡み合ったこの地下の都市には、古びた機械の軋む音と湿った空気が満ちている。通路が迷路のように延び、住民たちはいつもその中を
通っている。
ここでは、一瞬でも道を間違えれば、迷い込んだまま戻れなくなる危険があった。
レイナはその迷路の中で、小型のツールを片手にしゃがみ込んでいた。細い指先が精密な機械部品を扱うその動きには迷いがない。薄汚れた作業服の袖をまくり上げた腕には、何年もの労働の痕跡が刻み込まれていた。だが、その表情にはどこか誇りがあった。鋭い目が部品のひとつひとつを捉え、次に何をすべきかを確信しているかのようだ。
「これで…あと少し…」
そう呟いた彼女の声は、機械の音にかき消された。狭い通路の片隅で動かなくなった空気循環装置を修理することが彼女の今日の仕事だった。この装置が止まれば、迷宮の住民たちは酸素不足に陥る。彼女が感じるプレッシャーは計り知れない。
そのとき、背後から聞き慣れた声が響いた。
「そんな狭いところで何してる?まるで蟻みたいだぞ。」
レイナが顔を上げると、そこにはケインが立っていた。影の迷宮の住民にしては珍しく、彼は背筋を伸ばして立ち、長いコートを羽織っている。そのコートは擦り切れてはいたが、その仕立ての良さが彼の過去、かつて治安隊員だった頃を思わせた。
黒い髪は乱雑に束ねられ、鋭い眼差しが迷宮の薄暗い光に反射している。
「そんなことを言うために来たわけじゃないでしょう?」
レイナは修理を続けながら問いかけた。その声には苛立ちが滲んでいたが、どこか信頼のようなものも感じられた。
ケインは通路の壁にもたれかかりながら答えた。
「お前に会いに来る理由なんて、ほとんどが気まぐれさ?今日は…
これを見せたくてな。」
彼はポケットから小さな端末を取り出した。それは古びていたが、何か特別なものに違いなかった。レイナは一瞬手を止め、それに目を向けた。
「またガラクタ?私には修理する時間なんて…」
「違う。見ろよ。まだ動いてる。」
ケインが端末を操作すると、かすれた光がスクリーンに映し出された。そこに表示されていたのは、カルディオスのドームの設計図——それも、表向きには知られていない地下層の詳細な構造だった。レイナの表情が変わる。彼女の目はその端末に釘付けになり、しばらくの間、言葉を失っていた。
「これ、本物?」
「おそらく。」
ケインは小さく笑った。
「これをどうするかは、お前次第だ。」
その瞬間、レイナの中で何かが弾けるように動き始めた。彼女の生きる場所、
閉じ込められた影の迷宮。この場所から抜け出し、青い空を見るための手がかり…
それが、目の前にあるのかもしれない。
「これが本物なら、私たちは…」
レイナがそう呟くと、ケインが口元を歪めて笑った。
「だが、真実を知ることが必ずしも解放に繋がるとは限らない。光を求める者は、
時にその熱に焼かれるものだ。」
彼の言葉に、レイナは静かに頷いた。それでも、その光を目指さずにはいられない。彼女の目の中には、希望と覚悟の火が灯っていた。
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影の迷宮 若城八千代 @wakashiroyachiyo
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