僕に対するクレームじゃないのに!

崔 梨遙(再)

1話完結:1700字

 僕が名古屋の求人広告屋で働いていた時、何度もクレーム対応に行かされた。僕に対するクレームではない。会社の若い女の娘(こ)に対するクレームだ。会社の営業で、女性は4人。1人は僕よりも年上の先輩(チーフ)。他の3人は年下の先輩。そう、年下だが先輩なのだ。歳は24歳が2人と22歳。24歳の内の片方はシッカリしている。もう1人の24歳と22歳は“ポヤ~ン”としている。だが、“ポヤ~ン”としているところが“カワイイ”と気に入られて取引してくれるお客様も多いのだ。“ポヤ~ン”は彼女達の武器なのだ。それで、商談中に質問されても


「わかんないです~♪」


と答えても許してもらえるのだ。スゴイ女の娘達だ。


 だが、“ポヤ~ン”としているというのは欠点にもなる。求人広告を出して、応募が無いと、怒るお客様が多い。お客様が怒って、


「どうなってるんだよ! ちょっと来いよ! 説明しろよ!」


と、担当が呼び出される。最初に“今回は応募者は来ないかもしれませんよ”くらい言っておけばいいのに、“ポヤ~ン”と取引して帰ってくるから、こういうことになる。しかし、怒っているお客さんの所へカワイイ女性営業マンを行かせることは出来ない。


 ということで、“ポヤ~ン”としている24歳と22歳の女の娘に対するクレームの対応に何回も行かされた。実際、他所の求人広告屋で、怒ったお客様に若い女の娘の営業マンが軟禁されて、泣かされて帰ってきたということがあったらしい。なので、若い女の娘を、怒っているお客様の所に行かせるのは用心するようになっていた時期だったのだ。


 でも、何故、僕? 男性の先輩や上司が行けば良いのに。何故か? わからないが僕ばかりクレーム対応に行かされた。勿論、理不尽だし不愉快だった。



「あれ? 担当の○○さんは?」

「私は○○の先輩です。○○の代わりに先輩の(本当は後輩だけど)私が謝りに来ました」


 奥へ通されたら、応接室の鍵を閉められることも多かった。


「納得がいくまで帰さないぞ」


などと言われる。


 こういう時、まずはひたすら謝罪だ。相手の怒りがおさまるまで、とにかく謝る。罵声を浴びせ尽くしたら、お客さんもスッキリして冷静になる。普通はそこまでで帰るのかもしれない。だが、僕の場合、そこからが勝負だった。なぜなら、応募が来なかったということは、まだ求人ニーズはあるからだ。


「今回の○○(女の娘)の失敗は、この広告では採用出来ないと最初に申し上げなかったことです。そもそも、今回の求人は、この広告では無理だったんです」

「どういうことだ?」

「中途採用の場合、この職種でしたら平均給与は○○万円くらい、時給なら〇〇〇円くらいです。貴社の場合、明らかに賃金が安いんです。立地はいいですが、給与をアップするか? この職種の、ひいては貴社の良さを広告に書かないと応募者を募るのは難しいです」

「じゃあ、給料をアップすればいいのか? 他のスタッフの給料もアップしなくてはいけなくなるじゃないか」

「そうです。ですが、同業他社さんの方が少し給料が高いのは現実ですから、今回を良い機会と思って、全スタッフの給料を少しアップさせるのもいいかもしれません。それをしないのであれば、もっと多くの情報量を書き込めるだけの枠での求人広告が必要です。この場合、求人広告費の方がアップします。求人広告費をアップするか? スタッフの給料をアップするか? どちらをお選びになりますか? どちらにせよ、もう1回は求人広告を出していただくことになりますが」


「……」



 こうして、僕はクレーム対応をした上、新しく申込書をもらってくる。だから、いけなかったのだろうか? それで、僕はクレーム対応の専門にされたのだろうか? でも、あれだけ罵声を浴びせられたら、新しい申込書をもらわないと割りに合わないと思う。僕は入社1年以内だったので(2年目から歩合がもらえた)、1円ももらえなかったのだけれど。僕の心は、いつもモヤモヤしていたのだけれど。







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僕に対するクレームじゃないのに! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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