後編
「ちょっと! 何をしているの‼ これはどういうこと⁉」
自室に戻ると、大勢の衛兵が詰め掛け、廊下にまで溢れていました。王妃様の集めていた自慢の宝石やドレスが全部引っ張り出され、床に散らばっています。王妃様は怒りで顔を真っ赤にしながら、衛兵たちを蹴散らそうとしました。
けれど、大柄な衛兵たちに敵う訳もなく、王妃様はあっという間に縛り上げられてしまいました。
「離しなさい! 離して! こんなこと王様が知ったら――」
「私の指示だ」
部屋の奥から、ぬっと現れたのは王様です。王妃様は言葉を失いました。王様は自慢の口ひげを撫でながら、冷たく王妃様を見下ろしています。
「ここ最近、部屋に引きこもって怪しげなことをしていると聞いてな。まさか魔女なのではないかと、調べてみればこの有様だ」
王様は籠の中の林檎を、全部床にぶちまけてしまいました。コロコロと、王妃様の作った林檎があちこちに転がっていきます。衛兵たちは気味悪そうに、毒々しい色のまがい物の林檎を避けました。
「試しにネズミに食わせてみたらどうなったと思う? 泡を吹いて死んだ。貴様、この毒林檎を誰に食べさせるつもりだった? まさか、私の黒雪姫を狙ったのではあるまいな⁉」
「……」
「答えろこの魔女め!」
王様に足蹴にされて、王妃様は悲鳴を上げながら床に倒れてしまいました。王妃様は、血走った目で王様を睨み上げました。
「私に何かすれば、私の祖国が黙っていないわ。戦争になるわよ」
「ふん、構わんさ。元よりそのつもりだ」
王妃様は言葉を失いました。
この男は、王妃様を人質にして戦争を仕掛けるつもりなのでしょう。元から王妃様の国と仲良くやっていくつもりなどなかったのです。
王様が愛しているのは、黒雪姫だけ。
王妃様は、悔しさのあまりぎりぎりと歯を食い縛りました。ここには、誰もいません。王妃様を助けてくれる人は、誰も。
そんな彼女の目の前に、一つの林檎が映りました。籠に入っていた毒林檎のうちの、一つ。あまり大きくなく、形もそんなに良くはないけれど、色だけはどの林檎のそれよりも真っ赤で禍々しく、素晴らしい出来でした。
王妃様は、躊躇いなく、その林檎に齧り付きました。
『――賭けをしよう。君は毒林檎を作ったはずだ。そのうちの一つに、私が魔法をかけた。何でも一つ、君が強く願ったことを叶える魔法だ』
『そんなことが可能なの? 自分では実の一つまともに作れないくせに』
『昔はたんと実らせていたさ。願いを叶える、魔法の実を。歴代の王たちは皆、それはそれは欲しがったものだ。だが、つまらん願いをただ叶え続けるのも面白くない』
『でも、じゃあ、その林檎を外したら』
『命を落とす。それくらいのリスクがあってこそ、勝利の果実は美味いというものだ』
王妃様の部屋に衛兵が詰め掛けたあの日から、数日が過ぎました。
王宮は至って平和です。王様は王妃様の国に宣戦布告しました。これから大勢の人が命を落とすでしょうが、この王宮の人間には関係ありません。
人々がまだ眠りについている明け方のことです。衛兵たちが、王妃様の部屋の物を運び出し、荷台に詰め込んでいます。
「全部燃やしちまうのか? 勿体ないな。この指輪なんか良い値で売れそうだ」
「やめとけやめとけ。魔女の持ち物は全部呪われてるって話だ。遺体と同じように、持ち物も全部、灰になるまで燃やし尽くさなきゃならんのだと」
「うわっ、見ろよこの鏡! 王妃の姿が映っているぞ!」
衛兵の一人が、悲鳴を上げました。大きな禍々しい鏡には、確かに王妃様の姿が映っています。
「なんて気味が悪いんだ。やはり魔女だったんだな。死んで当然の魔女だ」
「何を話しているの?」
そこに、可憐な声が掛けられました。衛兵たちは皆ハッとなって、「黒雪姫様!」とビシッと背筋を伸ばしました。黒雪姫は、くすっと笑みを零しました。
「ご機嫌よう。これはなあに?」
「おっと、お待ちください黒雪姫様! 姫様は触らない方が!」
「あら、どうして?」
「王妃、いや、魔女の持ち物ですから! 呪われたら大変だ! あの女は姫様を――」
「おい、それ以上は!」
他の衛兵に止められ、彼は、あっと口を噤みました。
「すみません、姫様にこんな話し……」
「いいのよ。気にしないで」
彼女は、荷台に積まれた魔法の鏡を見て、ふっと微笑みました。
「じゃあね。お仕事頑張って」
「はい!」
ああ、何て良い気分でしょう。スキップしながら、黒雪姫の部屋へと戻ります。
部屋の中は、黒雪姫の好みそうな可愛らしいもので溢れています。年にそぐわない花柄のベッド、大きな瞳のお人形さん、たっぷりのフリルやリボンつきのドレス。
正直、こういうものは彼女の趣味ではないのですが、これから徐々に自分好みにしていけばいいでしょう。
彼女は、小さな鏡の前に座りました。髪を梳きながら、鏡に向かって問いかけます。
「鏡よ鏡よ、鏡さん。この世で、一番美しいのは、だあ~れ?」
答えは、返ってきません。鏡に映るのは、愛らしい黒雪姫の顔だけ。
けれどもう、どうだっていいのです。彼女の願いは叶えられました。誰がどう見たって、今この世で一番美しいのは――――王妃様、なのですから。
「綺麗な綺麗な黒雪姫。これからは、私が貴女の人生を全うしてあげる」
本当の黒雪姫がどこにいったって?
そんなの、だあれも知りません。
黒雪姫 神田祐美子 @kyukyukyukyu
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