第2話 メインヒロインを金の力で助けてみた

 街の広場に足を踏み入れると、活気のある喧騒が耳に飛び込んできた。行商人の威勢のいい声、子供たちの笑い声、道端の芸人が奏でる笛の音。


 全てが、この世界が確かに「生きている」ことを感じさせる。


「これが……ゲームの舞台か」


 街の景色は、画面越しに見たものよりも遥かに鮮明でリアルだった。細かな石畳の模様、露店に並ぶ色とりどりの果物、そして通りを行き交う人々の表情。


 どれもが美しく、同時に厳しさをはらんでいた。


 俺はメイドのファイナを従え、目立たないように馬車を降りた。


 貴族然とした姿で街中を歩けば、余計な注目を浴びるのは明白だ。とりあえず簡素なマントを羽織り、身分を隠すことにした。


「セリオス様、本当にここで何かお探しですか?」

「そうだ。ここでやるべきことがある」


 下町の汚い場所にファイナの方が戸惑っていた。


 だが、ゲームの知識では、リーゼはこの街で母親と共に困窮して暮らしているはずだ。彼女の母親は重い病気にかかっており、高価な薬を買えずに命を落とす。


 その原因が、セリオスが贅沢の限りを尽くすために、エーグリッド領内の税金を重くして、彼女たちの生活を困窮させたことに原因がある。


 そのため、リーゼは勉強を頑張るようになり、特待生として学園に入り力ある貴族と恋に落ちて、セリオスのような悪党貴族の政治体制を破壊する。


 その決意をさせる。彼女の物語の始まりの場所がここのはずだ。


 だが、今は違う。俺はこの「セリオス・フォン・エーグリッド」として、彼女の悲劇を防ぎ、未来を変えることができる。


 ふと、狭い路地裏から聞こえてくる言い争いに足を止めた。


「お願いです! ほんの少しでもいいのです! お金を貸していただけませんか? 母が、母が死んでしまうんです!」


 少女の必死な声が響く。だが、貧しい下町では誰も彼女を助けることはない。


 むしろ、重い税金のせいで自分達が生き残ることすら難しい状況なのだ。


 路地の奥に目を向けると、そこには汚れた服を身にまとった少女が、一人の行商人に懇願していた。その姿は記憶の中にあるリーゼと一致した。


 ゲーム画面越しに見た彼女は、気高く、凛とした雰囲気を持つヒロインだった。しかし今目の前にいる彼女は、痩せ細り、肩を震わせながら涙を浮かべている。


「いい加減にしろ! 金がない奴に薬なんて売れるか! こっちだって商売なんだ、慈善事業じゃない!」


 行商人が苛立った声を上げ、彼女を突き放す。少女はよろめきながらも、もう一度手を伸ばそうとするが、その手は虚しく空を切った。


「お願いです……せめて……」


 見るに堪えなかった。


「待て」


 低い声で制すると、行商人も少女もこちらを振り向く。俺は路地に一歩踏み込み、少女をかばうように前に立った。


「この子に薬を売れ。いくらだ?」

「は、はあ? あんた誰だよ?」

「値段を聞いている」


 静かな威圧感を込めて言い放つと、行商人は慌てて背筋を伸ばした。俺の見た目や雰囲気から、ただの通行人ではないと察したのだろう。


「そ、それは……金貨十枚です。こっちだって税金を払ってるんだ。ビタ一文負けられないぞ!」


 金貨十枚は庶民には到底払える額ではない。今の俺にとっては微々たるものだ。懐から金貨を取り出し、無造作に手渡す。


「これで足りるだろう。お釣りは取っておけ」


 行商人は驚愕した顔を見せ、慌てて薬を差し出す。俺はそれを受け取り、少女リーゼに手渡した。


「ほら、これでいいだろう」

「……え?」


 リーゼは呆然と薬を受け取る。その手は震えており、彼女の目には涙が浮かんでいた。


「どうして……こんな……」

「必要だから買った。それだけだ」


 俺は短く答え、彼女を立たせるように手を貸した。彼女は戸惑いながらも、その手にすがるように立ち上がる。


「ありがとう、ございます……本当に……」


 彼女の声は震えていたが、その中には確かに安堵と感謝が込められていた。


 そのまま彼女を送り届ける道中、俺は無言を貫いていた。どう接すればいいのか、まだ分からなかった。彼女にしてみれば、ただの奇妙な善意の施しに見えるかもしれない。


 しかし、彼女の家に着き、病床で苦しむ母親に薬を渡したとき、リーゼの目に浮かんだ感謝の涙を見て、俺は少しだけ満足した。


「どうして……こんな私たちを助けてくれるのですか?」


 彼女の問いに、俺は短く答えた。


「……気まぐれだ」


 本当の理由を伝えるわけにはいかない。だが、これでいい。少なくとも、彼女の母親の命を救うことができたのだから。


「あの!」

「なんだ?」

「なんでもします! お母さんを助けてくれた恩を返すには私に何ができますか?!」


 ボロボロで、決して美しくはない。だが、将来的に彼女はメインヒロインとして王国一番の美人と呼ばれるようになる。


「なら、お前の全てを私が金で買う」

「!!!」

「嫌だろ? なら、そんなことを気にしなくていい」

「いえ! よろしくお願いします!」

「えっ?」


 リーゼは深々と頭を下げた。


「あなた様のお名前を教えてください。私と同い年ぐらいなのに、颯爽と現れて私のお母さんを助けてくれました。その恩に報いたいんです!」


 いやいや、潔すぎないか? 確かに命の価値は低いかもしれないが、母親のために自分を安売りしすぎじゃない? 


「マジで?」

「はい! 私は本気です!」


 うん。ボロボロの体なのに、どうしてそんなに瞳の力が強いんだよ。これがメインヒロインの力だというのか?!


「ファイナ」

「はっ!」

「この母娘を連れ帰る」

「よろしいのですか?」

「俺が拾った平民だ。文句はないな?」


 俺が睨むとメイドが何故かフルフルと震え出した。


「全ては、セリオス様の思うがままです!」

「よし。おい、リーゼと言ったな。俺はセリオスだ。覚えておけ。そして、今からお前たち母娘を俺の家に連れ帰る。このまま放置していれば、いくら薬を飲んでも母親は死んでしまうからな」

「あっ」


 どうやら薬を飲めば助かると思っていたようだな。だが、甘い。このままでは栄養失調で確実に死ぬ。


 せっかく、リーゼを金で救ったのに、母親に死なれては意味はない。

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