第3話 ヒロインを太らせてみた。
豪奢なエーグリッド邸の食堂は、普段通り静寂に包まれていた。だが、その日は少し違った。
長いテーブルの中央、昨日まで路地裏で苦しんでいた母娘が座っていたのだ。
屋敷の主であるセリオスが連れ帰ったことで、従者たちは戸惑いを見せたが、人をペットのように拾ってきたと母娘のことを哀れな目で見つめた。
俺の前にある長テーブルを一緒に囲んでいる。
「これだけの料理……本当に私たちが食べていいのですか?」
リーゼの母親、マリアは、困惑した表情でテーブルに並ぶ豪華な料理を見つめていた。うん、メチャクチャ美人だ。
将来のリーゼをそのまま連れてきたような女性で、少し大人っぽさがある。
テーブルには、ローストチキン、バターたっぷりの焼き立てパン、スープ、そして新鮮な果物の盛り合わせ。普段の彼女たちの食卓には到底並ばないような贅沢品ばかりだ。
「当たり前だろう。ここに座っている以上、俺の客人だ。食え」
俺は当たり前のように言い放ち、フォークを手に取る。
ただ、周囲で控えているメイドや執事たちは目を丸くしている。
「セリオス様が……『食え』なんて言葉を、こんな優しいトーンで……」
「あの横柄だったセリオス様が、こんなに穏やかに誰かと話しているなんて……!」
普段のセリオスは執事やメイドに命令する際、高圧的な態度を取っていた。
「そこに置け」「早くしろ」「俺のいうことが聞けないのか?」など、冷淡な言葉が飛ぶのが常で、誰もが彼に怯えていた。しかし、口調こそセリオスだが、中身は俺なので、どうしても違いは出てしまう。
「まだ何か不満か?」
母娘が遠慮して手を伸ばさないのを見て、セリオスは少しだけ眉をひそめた。
「病人と栄養不足の奴にこんなものは重いかと思って、胃に優しいスープも用意したんだぞ。それも食えないのか?」
「そ、そんなことありません! ありがとうございます!」
リーゼが慌ててスープを一口飲む。その瞬間、彼女の顔が驚きに満ちた。
「……おいしい……」
彼女の母親もそれを見て、恐る恐るスプーンを口に運んだ。そして、涙が浮かぶ。
「こんなに温かくて優しい味初めて食べました……」
その姿に、メイドたちの視線が柔らかくなる。だが俺の態度が変わったことには戸惑いを感じているようだ。
食事を続ける母娘を見つめながら、俺は執事に声をかけた。
「アルノー、この料理は俺の命令で作らせた。問題ないな?」
「は、はい、セリオス様。なんの問題もありません。全てセリオス様のご命令のままに!」
「それと重税を課していたが、半分に減らしておけ、今年は不作のようで税金を取っては住民の生活がままならない」
「へっ?」
「聞こえなかったか?」
「いえ! すぐに取り掛かります!」
執事アルノーは深く頭を下げる。その動きに、以前とは違う「敬意」が混じっていることを俺も感じる。
どれだけセリオスが非道なことをしていたのかわからないが、思わず小さくため息をつく。
「そうか。だがな、アルノー。これからはもう少し柔軟にやれ。困っている者がいれば、すぐに俺に相談しろ。あと、メイドたちにも休息を取らせてやれ。特にファイナは最近疲れているようだ」
俺が声をかけるたびにフルフルと震えるのは、正直堪える。きっと怯えられているのだろう。
だが、俺の発言に、アルノーは再び目を丸くした。
「セリオス様が……そのようなお言葉を……?」
だが、アルノーは驚きを隠しながらも深々と頭を下げる。
「かしこまりました、セリオス様。今後そのようにいたします」
廊下に控えていたメイドたちは、口元を押さえて囁き合う。
「セリオス様、何かあったのかしら……」
「でも、今日は表情も少し柔らかい気がするわ」
「もしかして、母娘を拾ったことで何か心境の変化が……?」
従者たちもそのうち慣れてくるだろう。
♢
それから二ヶ月ほど、母娘はエーグリッド邸で暮らすことになった。
最初の日には、風呂に入れるところから始めたとは思えない。
「おい、そこのメイド。二人を風呂に入れて、新しい服と部屋を用意しろ。それと、消化の良いスープを用意せよ」
「はっ、はい!」
「ファイナ、二人が部屋で休める手伝いをしてやれ」
「かしこまりました」
そんな初日の一幕に、屋敷で働く者たちを驚かせた。
だが、今では俺の指示により、栄養バランスを考えた食事が毎日届けられ、母親マリアの体力はみるみる回復していった。
ガリガリに痩せて汚かった見た目は、次第に丸みと赤みを帯びて、健康的な肌色をするようになった。それと同時に、マリアの胸元は丸みを帯びてなかなかのボリュームがあった。
娘のリーゼもガリガリで美少女とは言えなかったが、身長が伸びてふっくらとしてきた。どうやら栄養が足りなくて、成長が止まっていただけのようだ。
「どうだ? 具合は」
俺はリーゼたちの部屋に様子を見に行った。
「セリオス様! す、すみません!」
「母親の世話で疲れているのだろう。お前もちゃんと食っているか?」
ゲームで見たことがあるリーゼは、もっと凛として誰も寄せ付けない女性だった。才女であり、その強さと賢さで乙女ゲームの学園で特待生として、王族や貴族たちを籠絡していく。
他のライバルたちと競い合い、真実の愛を見つけるのだ。
だが、今のリーゼは戸惑いながらも凛としていると言うよりもぼんやりと頷く。
彼女の顔色は少しずつ良くなり、その頬にはわずかながら血色が戻ってきていた。
「お前が倒れたら意味がないだろ。少しは自分を労れ」
セリオスの言葉に、リーゼは驚いたような顔をする。
「セリオス様は……本当に変わった方なんですね」
「どういう意味だ?」
「お会いした時は、少し怖い方かと思いました。でも……こんなに優しいとは思っていませんでした」
リーゼの言葉に少しだけ顔を背ける。何かを誤魔化すようにため息をついた。
「気にするな。ただ、お前たちに死なれると俺が困るだけだ」
「どうしてセリオス様が困るのですか?」
「なんでもない。元気になればいいんだ」
俺は強引にリーゼの頭を撫でて部屋を後にした。
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