第一章 殲滅戦 黒岩家を撃て!(1)


 Jガイアの要塞化に伴い、新設された監房はコンプライアント・タワーに隣接する隔離棟の中にある。鉄枠に強化ガラスの入った丸窓は海側へ開いていて、基地内の様子を伺う事はできない。

 

 しかし、滑走路の方から間断なく響く爆音と振動で、駐留するVCのほぼ全機が発進したと、美貴にはわかった。

 

 まだ榎将補の会見は始まっていない筈だが、テロリストのアジトへ奇襲でもかける腹積もりだろうか?

 

 ヘン、別にど~でも良いや。

 

 美貴は固い寝台の上で、薄っぺらい毛布を頭から被った。投げやりとヤケクソが、お世辞にも豊かとは言えない胸の奥で、空しくぶつかり合っている。

 

 もう何もしたくなかった。できるモンなら今すぐ自衛隊を辞め、黒岩家からも遠く離れて、心の旅に出たいと思う。

 

 ここまで落ち込んだのは何年ぶりかな?

 

 

 

 

 

 思い当たるのは12年前、真希が誘拐されて、犯人から「ナナ」という女の引き渡し要求があった時の事だ。

 

 美貴が、昔の父の恋人だという女の存在を知ったのは、それが初めてだった。

 

 行方不明だから引き渡せない。

 

 轍冶が電話口で、そんな風に犯人と交渉していたが、友人の榎や柘植と深夜に語り合う言葉を盗み聞きした内容は、若干ニュアンスが違っている。

 

 「ナナ」には生存の可能性があり、居場所についての心当たりもあったらしい。

 

 それを全て犯人に明かせば、交渉も少しはうまく運んだろうに、轍冶は断固として拒否した。光代の懇願にも耳を貸さなかった。

 

 父さんは、母さんや家族より、ナナって女の方が今でも大事なんだ!

 

 まだ中学生だった美貴は、頑なにそう思い込み、怒りを募らせた。

 

 それまで自他ともに認めるお父さんっ子で、何処へ行くにも轍冶に寄り添う有り様だったから、その反動は大きい。

 

 すっかり落ち込み、一人で部屋へ閉じこもっている時、紛れ込んだ野良猫が首輪に妙なメッセージをつけていた。


 真希を取り返したいなら、夜中、一人で裏手の空き地まで来いと言うのだ。


 家から抜け出す美貴に気付いた亜紀が、その頃、交際していた東大生と一緒についてきて、探偵気取りも束の間、気が付いた時には変な奴らに取り囲まれ……






 ホント、バカだったよな、私。


 亜紀と共に不気味な形をした金属製ヘッドセットを付けられ、脊髄辺りにヘッドセット備え付けの注射器で何か注入された時の苦痛と恐怖は、今も忘れられない。


 あの注射は、一体何だったんだろう?


 只、痛いだけで何も起きなかったけど、あの後、私達に生じた変化と何か関係あるのだろうか?


 考えた所で、ど~せ何の結論も出ない。


 こうなりゃ徹底的に現実逃避。何が起きようとベッドを出るもんか。

 

 すえた臭いがする毛布の下で美貴が体を丸くした時、誰かドアを叩く音がした。

 

「何だよ、ふて寝の邪魔すんな!」


 悪態をついても、ノックは止まない。仕方なくドアの側へ寄り、鉄格子から廊下を見ると、見慣れた顔がそこにはある。


「ん~、お休み中悪いけど、余計なボケかます暇は無いのよね~」


 Jガイアの衛兵用ユニフォームを着込み、つば付きの帽子を心持ち目深に被った亜紀が立っている。

 

「げっ、姉貴!?」


「ハイ、ごきげんよう」


「嘘だろ……どうして、ここに?」


「だから、話す暇はないって言ったでしょ。さぁ、早く出て、これに着替えて」


 ドアを開いた亜紀が、衛兵の服をドサッと美貴の前に投げ出した。


「見張りは?」


「そりゃ、あなた」


 亜紀がグッと力こぶを作る。不運にも彼女と出くわし、何処かでノビている筈の衛兵達に、美貴は同情したい気分になった。


「嬢ちゃんがた、急いでくれ。もうすぐ榎の会見が始まる」


 亜紀の背後から数名が近づいてきて、先頭にいる小柄な男の、白髪と皺だらけの笑顔が見えた。


「……笠井幕僚長、謹慎してる筈じゃ?」


「わしが手引きせんと、亜紀ちゃんをここまで入れてやれなんだ。老体に鞭打ち、最後の御奉公よ」


 笠井に従う衛兵姿の男達も、みな六十前後の老兵ばかりである。


「他にも味方が潜入してる。美貴、これから派手な騒ぎになるよ」


 事情が判らぬまま、美貴は笠井の前でしなやかな肢体を晒し、素早く衛兵服を身にまとった。


「……ほ、こりゃ眼福」


 恥ずかしがってる場合じゃない。


 らしからぬブルーな気分は消し飛び、美貴の闘志とお祭り好きの血が盛大に騒ぎだしていた。

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