13.余計じゃない食べさせ合い2

 私にはまだ佐々原さんの傍にいる資格がない。だって、興奮して鼻血を出してしまうんだから。鼻血が出て迷惑をかけるんなら、傍にいないほうがいい。


 でも……でも!


「泉さんのサンドイッチ美味しそうだね。ね、一口頂戴。私のも一口あげるから!」


 佐々原さんの目がキラキラ輝いて、それが泉さんに向けられる。あんな目を直視したら、キュン死してしまう。もし、泉さんじゃなくて私だったら……あーダメだ! また興奮して鼻血が出そうだ!


「そういうことは他の人とやって。私はやる方じゃなくて、見る方専門なんだから」

「意味わかんないこと言わないでー。ただ、食べ比べをしたいってだけだよ。泉さんも私のサンドイッチの味が気になるでしょ?」

「別に気にならないわ。だから、水島さんとやってみせて」

「今の私はエビとアボカドの味が気になるんだよー」


 淡々と断る泉さんをものともせず、佐々原さんは泉さんに詰め寄った。体を寄せて、肩にもたれかかっておねだりをする。


 ほ、欲しがりな佐々原さん……可愛い! もたれかかって、体で体を揺すっている。駄々を捏ねる子供みたいで、普段見せない子供のような行動から普段とのギャップを感じて辛い!


「ねー、ねー。いいでしょ? 私のもあげるからさー」

「……もう、しょうがないわね。本当は見ている方がいいんだけど、今回は特別だからね」

「わーい、やったー」


 この勝負、佐々原さんの勝ちだ。泉さんはとても残念そうな顔をしてため息を吐いているが、対照的に佐々原さんはウキウキとした様子。嬉しそうな佐々原さんいいな……こうやって眺めるだけで満足してしまう自分がいる。


「待って、今食べていない方を千切ってあげるから」

「そんなの気にしないよー。カブッとさせて」

「ダメよ。それだと百合になってしまうわ。私は百合になりたいんじゃなくて、見ていたいだけだもの」

「それだと、普通の交流ができないじゃん。細かいことは気にしないー、うりうりー」

「ちょっ……頬を押さないで」


 佐々原さんが泉さんにじゃれている。体を寄せ合いつつ、佐々原さんが泉さんの頬を指先を捻りながら突いている。それには泉さんが困惑して困ったような表情になっていた。


 そっか、佐々原さんと友達になるとこんなに距離が近くなるんだ。い、いいなぁ……泉さんは佐々原さんから友達になろうって言われているからこの距離感なんだ。私はまだ友達になろうって言われてないから……。


「ホラ、食べていいわよ」

「ありがとう!」

「あ、コラ! 自分の手で持って食べなさい!」


 泉さんがサンドイッチを差し出すと、佐々原さんがすぐにかぶりつく。しかも、泉さんが食べていたところを遠慮なくかぶりついた! こ、これって間接キスに入る、入らない!? どっち!?


「ふふっ、ご馳走様」

「もう……行儀悪いわよ」


 美味しそうに食べる佐々原さんと呆れて笑う泉さん。二人とも顔が整っているから、そんな光景でも絵になるというか……。眼福な気がする。


 女の子同士の交流にこんなに癒しを感じるのは初めてだ。好きな人と学校一の美人の交流だから、特別な感情でも湧くんだろうか? これが百合を見て興奮する泉さんの気持ちなの?


 佐々原さんと距離があるから安心して見ていられるのは得だ。しかも、色んな表情が見れるから楽しいし、やっぱり眼福だ。もし、隣が私だったらもっと良かったんだけど、今の私にその資格はない。


「じゃあ、今度はウチのをあげるね。ハイ、どうぞ」

「……それって私もかぶりつけってこと?」

「これでおあいこだね」


 佐々原さんが上機嫌でサンドイッチを差し出すと、泉さんがちょっとだけ怪訝な顔になった。たぶん、百合になるのが嫌なんだろうけれど、佐々原さんはそれを許してくれない。


 泉さんはため息を吐くと、佐々原さんの差し出したサンドイッチにかぶりついた。ただの食べさせ合いをしているだけなのに、この光景はときめくというか不思議な感じがする。


「どう? 美味しいでしょ?」

「想像と同じ味ね」

「もっと、美味しそうにしてよー」

「十分美味しいってことよ」


 仲睦まじい二人の姿はとても微笑ましい。……なんだけど、やっぱり悔しい! あー、どうして私は佐々原さんの隣にいることができないの!? 私の心臓が弱いばっかりに、距離を詰めることができない!


 泉さんみたいに交流が持ちたいよー。もっと、見つめ合ってお話がしたいよー。あわよくばじゃれついて欲しいよー。くっそー、泉さんめ! 私にも佐々原さんと交流させろー!


「あっ、水島さんが羨ましそうな目で見てる」


 はっ、き……気づかれてしまった! そ、そんなことないよ! 羨ましいとかじゃなくて、その、あのっ……。


「そうよね! 水島さんも羨ましいわよね! そうだと思ったわ!」


 途端に泉さんが目をキラキラさせてこちらを見てきた。うっ、美人の満面の笑みは効きます。そんな風に言われると、流されちゃうというかなんというか……。


「そっかー、気づかなくてゴメン! 水島さんも泉さんのサンドイッチが食べたかったんだよね」


 ……ん?


「……ん?」


 あ、泉さんも私と同じ反応をした。


「ホラ、泉さんと水島さんのサンドイッチ交換しよっか!」


 まるで、良いことをしたと思っているような顔をして佐々原さんが急かしてくる。いや、私が交換したかったのは佐々原さんで……泉さんとこういうことをしようとは思ってなかったんだけど。


 なんてことは言えるはずもなく、私と泉さんは目を合わせて笑い合った。お互いに同じ思いだったみたいで、こんな状況になったのがおかしく思えてきた。


「じゃあ、泉さん……どうぞ」

「いただくわね」


 私がサンドイッチを差し出すと、泉さんがかぶりつく。こんなことをしていると仲のいい友達だと勘違いしてしまいそうになる。まだ、私たちはそんな関係じゃないのに……でもなんか嬉しい。


「たまごハムも美味しい?」

「うん、美味しいわ。たまごが意外と濃厚で癖になりそう」

「ね、たまごが美味しいんだよ。あ、口元についてるよ」

「えっ、やだ……恥ずかしい」

「泉さんも可愛い所あるんだね。今、取ってあげるね」


 私はトートバッグの中からテッシュを取り出して、泉さんの口元を拭いてあげた。


「うん、綺麗になったよ」

「……ありがとう。全く、私は百合をするつもりはなかったのに」

「それだと、みんなと交流できなくて困るんじゃないの? 少しくらいは許してくれてもいいんだよ」

「そうね……少しならいいかしら。じゃあ、今度は水島さんね」


 そう言って、泉さんはサンドイッチを差し出してくる。そのサンドイッチを噛んで千切った。エビとアボカドとフレッシュな野菜を感じて、あっさりとした味なのに旨味を感じる。


「んー、エビとアボカドも美味しい!」

「私のチョイスは中々いいでしょ?」

「うん、良かった! 泉さん、ご馳走様」

「私もご馳走様。……食べさせ合いも中々楽しかったわね」


 そう言って、優しく微笑んだ。うわっ……綺麗な顔。不意に見せたその顔に不思議と胸が高鳴った。学校一の美人の笑顔を直接浴びるのは心臓に悪いよー。でも、何故か不思議と心地いいのはなんでだろう?


「食べさせ合いができるのは女子の特権でしょ」

「そうなのかしら? まぁ、男子でやるのは見たことないわね」

「男子は食べさせ合うっていうよりは、奪うって感じがする」

「そう考えると、食べさせ合いは女子の特権ね。うん、こういう食べさせ合いがあちこちで起こればいいのに、女子限定で」


 女の子同士の交流は可愛いし、見ててほっこりするからね。佐々原さんと仲良くなりたかったけど、泉さんとは少しは仲良くなれたかな?

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