14.余計……な? 指示

 楽しくランチを食べた後、図書館の談話室へと戻ってきた。私たちが座っていた席がそのまま空いていたので、その席に座る。


「サンドイッチ美味しかったね。もっと食べられたら、もう一つ食べれたのに」

「二個食べるのは夢だよね。運動後だったら、頑張れば食べられそうかな?」

「二種類の味が楽しめるのはいいわね。あのサンドイッチが半分になればいいのにって思わない?」

「それいいね! 二種類のサンドイッチが楽しめれば良かったのになー」


 久しぶりに食べたサンドイッチは美味しかった。食べさせ合いをして、他の味が楽しめた事は良かったけれど、やっぱり落ち着かない。ハーフにして二種類楽しめれるようになればいいのにな。


「うっ」


 えっ、どうしたの泉さん! うめき声を上げて蹲る泉さんを前に私たちは慌てた。


「泉さん、どうした!? お腹の調子が悪くなった!?」

「だ、大丈夫? トイレとか行く!?」

「……はぁはぁ、大丈夫よ。ちょっと、百合不足で体が不調になっただけだから。いつもは小説や漫画を読んで補給していたんだけど、今日は勉強を教えていたから補給できなくて」

「ウチの為に……ゴメン、泉さん!」


 そ、そんな! 泉さんって百合を補給できていないと体調がおかしくなるの!? さっきまであんなに楽しそうにしていたけれど、本当は辛かったんじゃないのかな?


 だったら、わた、私が泉さんの代わりに佐々原さんに勉強を教えないと!


「泉さんは休憩をしてて。午前中に泉さんが頑張ってくれた分、午後は私が頑張るから!」

「そうしてくれるとありがたいわ。できれば二人が仲睦まじく勉強をしている光景が見られたら……きっと私の体調も良くなるはずよ」

「仲睦まじい……で、できるかどうか分からないけれど……鼻血が出ないように頑張ってみる!」

「もっと良くなるために、私から指示を出すわ。それに従ってくれると、すぐに体調が良くなるかも」

「じゃあ、ウチらがそれをすれば泉さんの体調は良くなるんだな」


 そ、そこまで百合が不足していたなんて……いつもはどれくらいの百合に浸っていたんだろう。学校の休み時間にはかならず小説を読んでいたから、もしかしてそれと同じくらいの時間が必要なのかな?


 まだなんとなくしか百合が分からないけれど、泉さんが指示を出してくれるんなら自然な百合になるはずだよね。どれだけ泉さんの為になれるか分からないけれど、頑張ろう。


「それじゃあ、水島さんよろしく」

「よ、よろしく」

「今はこのところをやっていて、文章からして意味不明なんだよね」

「これだね……だったらまとめてあるから、まずはそこを読んで貰って」


 ぎこちないながらも勉強が再開された。教科書を見せられて、今やっている範囲を確認する。その部分はまとめていたはずだから、ノートを捲ってその部分を見せてあげた。


 佐々原さんは真剣な表情でノートを見る。その横顔は凛々しくて、思わず見惚れてしまうほどだ。心地いい鼓動が鳴って、ずっとこの気持ちに浸っていたい気がする。


「うん、やっぱり水島さんがまとめたノートは分かりやすくていいね。自分のペースで学べるから、とっても良い感じだよ」


 ノートに向けられていた視線がこっちに向いた。とても嬉しそうな表情をしてそんな事を言ってくるから、鼓動が高鳴って仕方ない。そんな顔を間近でみせられたら、どうにかなっちゃうよ。


「そこで、これよ」


 その時、私を現実に引き戻す声が聞こえた。佐々原さんから視線を外して泉さんを見ると、泉さんはノートに文字を書きなぐっていてそれを見せつけていた。


 そのノートには「お礼に頭を撫でる」と書いてあって、それが泉さんの指示だと気づいた。もう一度、泉さんの顔を見て見るととても期待に満ちた目を向けてきている。


 えっと、これは……私が頭を撫でられる方になる? 佐々原さんに? ……そ、そんなこと!


「じゃあ、水島さん。ノートをまとめてくれてありがとね」


 慌てている隙に佐々原さんの手が私の頭に乗る。そして、優しい手つきで撫でてくれる。


 嘘……佐々原さんが私の頭を撫でてくれている! こういう時ってどうしたらいいの!? えーっと、えーっと……!


「ワン!」


 咄嗟に私は犬の鳴き声を真似した。


「なんで、犬の鳴き声をっ!?」

「思ってた反応と違う! 一瞬で百合じゃなくなった! うっ、百合が足りない!」


 あわわ、どうやらこの反応は間違いだったみたい! こういう時ってどんな反応をするのが正解なのー!?


「そういう時は照れて恥ずかしがる姿が見たかったのに……どうしてそうなったっ!」


 泉さんが悔しそうに机を叩いていた。そ、そうか……そういう時はそんな反応をするのが正しかったのか。い、今からでも間に合うかなぁ……。


「え、えへへ……」

「今更笑っても百合は戻ってこないのよっ!」

「渾身のギャグが滑って、笑って許してっていう感じにみえるね」

「もっと、尊い空気よ降りてこいっ!」


 今更笑ってもダメだったみたい……百合って難しい。百合になれば佐々原さんと仲良くなれるはずだったのに、私にはその素質がないってこと? それは困る、仲良くなりたいのに!


「次、次の指示をお願いします! 次こそは百合にしてみせます」

「……よし、その言葉を信じるわ。次のお題は……これよ!」


 物凄い勢いでノートに文字を書きなぐった。それを私たちに見せてくる。


「『落ちたペンを拾おうとして、手が重なってドキッ』……なるほど」

「いや、勉強はどこにいった」

「じゃあ、佐々原さん」

「お、勉強始める?」

「ペンを落としてください」

「その小芝居は続くの?」


 ちょっと怪訝な佐々原さん。これは私たちが仲良くなるのに必須だから、やるんだよ。


 視線で訴えると、あまり納得してないふうに佐々原さんがペンを落とした。ここで、素早く手を伸ばして……手が重なってっ!


 シュバッ! と、手を伸ばすと私が一人でペンを拾ってしまった。そこに佐々原さん成分はない。


「違うわ! もっと、あっ……ってな感じでゆっくり拾わないと!」


 泉さんの指導が入る。そ、そうだよね……そうじゃないと手が重ならない。再度ペンを床に置くと、深呼吸をしてその時を待つ。


「スタート!」


 泉さんの合図に私が動く。ゆっくりと動いて、手を重ねるタイミングを図って……そう思っているのに手はまた素早くペンの拾う。


「水島さん……どうして!?」

「だ、だって……」


 予想に反する私の行動に泉さんが声を上げる。そうだよね、今度こそ手が重なるって思ったところに、さっきと同じ行動をしたんだから。でも、それには理由があるの。


「手が重なると思ったら、恥ずかしくなってできなかった。自然に重ならないように手が素早く動いてしまったのっ」

「まぁ、恥ずかしいって思っているとそうなるよね」

「くっ……事前に分かっていたからできなかっていうのっ。それもまた……よしっ」

「えっ、いいのっ!?」


 だって、だって! 手が重なると思ったら、できなくなるのが当然だよ! 事前に手を重ねてくださいって言っているようなものだから、そんな勇気がないよ!


「だったら、今度は……!」

「次は私ができそうなことでお願いっ」


 次の指示を泉さんが真剣に考え始めた。佐々原さんとの進展の為に良い指示が来るように祈った。お願い、何かいい案をっ!


「えっと、それで……私の勉強は?」

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