12.佐々原さんの隠された素質

「あら? もう十二時なのね」

「えっ、じゃあ! 休憩しよう!」

「そうね。ランチでも食べに行きましょうか」


 二人が会話をすると視線がこちらを向く。


「水島さん、大丈夫?」

「う、うん……もう大丈夫だと思うよ。ごめんね、二度も鼻血が出ちゃって」

「ウチらは大丈夫だけど、水島さんが心配だよ。もし、体調が回復しないなら帰った方がいいと思うんだけど」

「う、ううん! 大丈夫! お願い、一緒にいさせて!」


 二人に心配をかけるとは……これは失態だなぁ。それに、目的だった佐々原さんに数学を教える事も泉さん任せになってしまった。うぅ、私が教えたかったのに。


「水島さんも大丈夫らしいし、三人でランチしに行きましょ。どこがいいかしら? 隣の商業施設には色んなものがあるけれど……希望はある?」

「あんまり高くない所がいいかなー」

「じゃあ、サンドイッチのお店に行きましょう。ここなら、セットで千円もしないからお得だと思うのよね」

「いいね、そこにしよう! あっ、水島さんはそこで大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。私も安い方が助かるし」


 次の予定が決まると、私たちは席を立った。休憩時間になったから、沢山お喋りできるよね。期待に胸を膨らませて談話室を出て行った。


 ◇


 昼時の賑やかな商業施設内を歩き、目的のお店に辿り着いた。店内はまだ空席があったため、問題なく座れそうだ。だけど、座る前に注文を済ませないといけない。


 カウンターの前でどれがいいか三人で考える。


「色んな種類があるから迷うよね。二人は決まった?」

「ウチは照り焼きチキンにする! 安いし、ボリュームもあるし、勉強を頑張った私に丁度いい」

「私はエビとアボカドにするわ。あっさり食べたかった気分だし」

「えっ、二人とも早い! 私はえーっと、えーっと……たまごハム!」


 二人とも決めるのが早いよー。つい、目に入ったものに決めちゃった。焦って決めた私を見て、二人はおかしそうに笑った。


「別に急いでいないから、ゆっくりで良かったのに」

「だって、遅れたら嫌だなって思って……」

「気にしなくても良かったのよ」


 二人の目がまるで小さな子供を見るような優しい目をしていた。うぅ、そんなに子供っぽかったかな? 今度はスマートな決め方をしなくては!


 食べたいものが決まると、今度はカウンターで注文が始まる。パンの種類を決め、入れる野菜を決め、かけるドレッシングを決める。二人ともスムーズに注文して行くけれど、私は悩んで中々注文が決められない。


 私が注文を考えている内に二人は会計に進んでいった。さっき、スマートに決めて行こうと思ったのに、全然できていない! これは必殺技を出さねばなるまい。


「パンの種類はどうします?」

「……オススメで! これ以降、全部オススメでお願いします!」


 これしかない! すると、驚くように私のサンドイッチができあがっていく。ふー、初めからこれを使えばよかった。


 私のサンドイッチができあがり、一緒にドリンクも注文する。それから会計が終わると、先に席に座っていた二人の所にようやく行くことができた。


「あーあ、慌てる水島さんを見るのも楽しかったのになぁ」

「悩む姿が可愛かったわね。グッと来たわ」

「もう、二人ともそんな事言わないでよー。さっ、食べよう」


 私は焦っていたんだから、そんな事は言わないで欲しい。話を逸らすように食べようと勧めると、二人はサンドイッチを手にして食べ始めた。


 私もサンドイッチを手に持つが……このサンドイッチは長くて厚いから口の中に入りきらない。大きな口を開けてかぶりつけば、サンドイッチの端っこしか噛めず、中身が外に出てしまう。


 なんとか噛み切って食べるけど、頬がいっぱいになってしまう。すると、二人の視線が私に注がれた。


「ふぁい?」

「百合じゃないけど、可愛い女の子は癒されると思ったの」

「頬一杯に詰め込んで、可愛いなって思って」

「んんっ!」


 か、可愛い!? やだ、恥ずかしい! こんな頬一杯に詰め込んで食べている姿を見られて、微笑ましい表情で見られるのは微妙な気持ちになる!


 急いで頬に入ったサンドイッチを咀嚼して飲みんだ。


「もう、二人とも! からかわないでよ!」

「からかってないわよ。本当の気持ちを言っただけよ」

「そうそう。あっ、口元についているよ」


 何かに気づいた佐々原さんが私の口元に手を伸ばしてきた。親指で私の口元を拭うと、拭った親指をペロリと舐める。もしかして、ついていたものを……? それを理解した瞬間、体が急沸騰した。


「口元についてたよ」

「なっ、なっ、なっ……」


 にこりと笑う佐々原さん。今、佐々原さんは私の口元についていた物を指で拭って、それを……それを……!


「あー、ご馳走様です!」


 その時、泉さんの叫び声が轟いた。ビックリして泉さんを見て見ると、身悶えしている様子が目に飛び込んできた。いや、それは私がやりたかったことで……どうして泉さんがそんな事になっているの?


「ど、どうしたの泉さん」

「もう! あなたは、もう! 何をして、もう! そんなシュチュエーションを見せつけるなんて、もう!」

「痛い、痛い! た、叩かないでよ!」


 戸惑う佐々原さんの肩をバンバン叩き始めた泉さん。いや、だからそれは私がやりたかったことー!


「そうだ! もう一度やってみせて! 今度は写真に収めるから!」

「いやいや! 水島さんの口元に何もついてないからできないよ!」

「だったら、水島さん! さっきみたいにサンドイッチを頬張って! さぁ、さぁ!」

「お、落ち着いて泉さん!」


 物凄いハイテンションで捲し立ててくるが、それにはついていけない。腰を浮かせて詰め寄って来る泉さんの肩を押さえつけて、なんとかイスに座ってもらえた。


「泉さんがこんなにテンション高くなるなんて、どうしたの?」

「いや、どうしたもこうしたも! さっきの一瞬で尊い瞬間が生まれたのだから、テンション上がらずにいられますか!」

「泉さんがこんなにテンション高くなるってことは、百合が関係しているのかな?」

「今のはまさしく百合だったわ!」


 じゃあ、私と佐々原さんは女の子同士の交流を持てたっていうことになるよね。恥ずかしかったけど、少しは佐々原さんとの距離が縮まったのかな?


 テンションが上がっていた泉さんだったけど、今度は静かになって真剣に語り始める。


「前から思っていたんだけど……佐々原さんってシュチュエーションを作るのが上手いわね」

「えっ、な……何?」

「自然体に百合に繋がるシュチュエーションになっていて、驚く場面が多いわ。あなた……本当にノンケ? もしかして、百合好きなことを隠しているんじゃないでしょうね?」

「いやいや、私はいたってノーマルだよ! あー、でも……前に距離が近いって友達に注意されたことはあったかな?」

「ノンケなのに、沢山の百合なシュチュエーションを作るなんて……佐々原さんが恐ろしいっ」


 泉さんが何を言っているのか分からないけれど、佐々原さんが百合に繋がるシュチュエーションを作っているみたいだ。それって、佐々原さんが積極的に交流を図ってくれているってことだよね。


 そういえば、そんな感じがする。放課後残っていた時も色んな交流を交わして、ドキドキしたことがあったし。じゃあ、佐々原さんの近くにいたら自然と深い交流を持つことができるってこと?


 だったら、できるだけ佐々原さんの近くに居よう。そうしたら、深い仲になれるかもしれないし、もしかしたら思いが重なるかもしれない。でも、あんなことが沢山起こったら、私の身が持たない可能性もある。


 やっぱり、強心臓を早めに身に付けないといけなさそうだ!

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