6.余計に静観する

 今日も放課後がやってきた。先に帰る一条と清水を見送ると、机の上に勉強道具を置く。今日こそ、佐々原さんのために勉強を教えなくては。


 昨日、家に帰ってからテスト範囲をノートにまとめてみた。数学が苦手な佐々原さんにも分かりやすいように、ポイントを書いて読んだだけで意味が分かるように。


 まぁ、私がこんなところをしたところで本当に佐々原さんのためになるかは分からない。だって、学年一の成績を取っている泉さんがいるんだもの、泉さんに教わったほうが分かりやすいかもしれない。


 そうなると、私の努力は無駄だったってことで……。ううん、佐々原さんのために何かをしてあげたいっていう気持ちが大切だから、そんなことは考えない。そう、気持ちが大事だ。


 勉強道具をまとめて立ち上がり、後ろを向く。斜め後ろの離れた席で佐々原さんが待っていてくれた。その姿を見るだけで、嬉しくて頬が綻んでしまう。今日も佐々原さんと一緒にいることができる、嬉しいな。


 高鳴った胸を落ち着かせて、佐々原さんの近くに寄る。


「あのっ……佐々原さん、今日もよろしく」

「うん、よろしく。今日こそ、数学の勉強をするぞー」

「う、うん! 頑張ろうね」


 良かった、普通に喋ることができる。昨日は変なテンションになって、変な所ばかり見せちゃったけど、今日は良いところをみせるんだ。そして、お友達になってもらう。


 近くにある席からイスを借りると、佐々原さんの机を囲んで座る。すると、向かい側から泉さんが近づいてきた。佐々原さんを挟み、泉さんもイスを借りて近くに座る。


「じゃあ、今日は昨日の続きからね。二人がどんなことを思っているのか、教えて欲しいわ」

「ち、違うよ! 数学の勉強をするんだよ!?」

「まー、昨日は泉さんがお手本を見せただけで終わったからね。私たちが言わないと不公平な感じがする」

「えっ、勉強は!? さっきの気合はどこに行ったの!?」


 気合入れて勉強の準備をしてきたのに、なんだか今日も勉強をする気配がない! このままだと佐々原さんの進級が心配だから勉強をして欲しいんだけど、でも佐々原さんと喋るチャンスがー!


「なんか、今日も水島さんから複雑な心境の電波が流れてきたわ。これは葛藤百合の気配……」

「確かに、なんか複雑そうな顔をしている。放置していいの?」

「ぐぬぬっ……」

「この複雑な心境を放置すると気持ちが育っていくと思うの。それは清々しいものになるのか、それともドロドロとした黒いものになるのか……変化していく瞬間が見れるなんて、またとない栄養素補給の機会」


 佐々原さんの進級は大事……もし留年になったら学年が離れ離れになっちゃうから、会う機会が減っちゃう。でも、佐々原さんと仲良くなれるきっかけを手放せない。佐々原さんを思えば勉強なんだけど……やっぱり仲良くなる機会は手放せない!


 というか、かんがえるのたいへん! こういうときはじぶんのきもちにすなおがいいね!


「よし、話そう!」

「決着がついたみたいだけど……」

「これは自分の欲に忠実になった顔だわ。百合っていうか能天気っていうか……ちょっと思ってたんと違う」

「えっ、二人してどうしたの?」


 私が考えている隙に二人の話が進んでたのかな? ハッ、二人だけ仲良くなって……突き放される未来が見える。ちょっと待って、私を置いていかないで!


「ホラ、どんなことを思っているのか話そう? えーっと、私から話すね」

「正直言って、このまま話させていいのか迷ってしまうわ。百合度を感じなさそうな感じになりそうな予感が……」

「百合って自然に発生するものなの?」


 険しい表情になる泉さんに佐々原さんが質問をした。


「自然現象なのは間違いないわ。意図的に出そうとしても、思ったような百合が展開できるわけじゃないし。……そうか、だから今はそんなに発生していないのかしら。やはり、百合は深いわ……」

「また考え事から戻ってこないね」

「おーい、泉さん。戻ってこーい」


 佐々原さんが泉さんの肩に手を置いて揺さぶる。ハッ! 私もそんな風に考え事をすれば、肩を触って揺さぶってくれるんじゃない!?


「うーむ、百合とは一体……うーん、うーん」

「二人して考え事しないで、戻ってきて!」


 すると、佐々原さんの手が私の肩を触る。キターッ! 佐々原さんとの初接触! 私の手よりも大きな手が肩を掴み、揺さぶってくる。佐々原さんが私を揺さぶってるー!


 ……ちょっと強いような。あ、やっぱ、止め……止めっ……! 嬉しいんだけど、激しく揺さぶられるのは辛い!


「も、戻った! 戻ったから!」

「そ、そう? 良かったー。泉さんはー?」

「何よ、さっきから」

「二人とも戻ってきたー……」


 ホッと安心する佐々原さん。私に構ってくれたことは嬉しかったけど、揺さぶりが強すぎて堪えられなかった。私がもっと強い子だったら、もう少し佐々原さんが触ってくれていたのにっ! 弱い私が悔しいっ!


 場が落ち着くと、佐々原さんが口を開く。


「で、何を思っているかだったね。ウチは泉さんと水島さんはもっと大人しい子だって思ってたんだ。だから、話をしても合わないかなーって思ってた」


 うっ、それはショックだ!


「でも、二人と話していると意外にも楽しくてさビックリしちゃった。泉さんは良く喋るし、水島さんは面白いし。今まで喋ってこなかったのが勿体なかったなって思ったよ」


 明るい口調で話すその言葉に心が救われた気がした。話をしても合わないって思われていたのは悲しかったけど、こうして話すようになって私を分かってくれたみたいだ。


 それが何よりも嬉しい。無関心が一番辛いから、関心を寄せてくれたのが嬉しい。その他大勢から一個人として認められた気がした。ようやく、私という存在を認めてくれたのが嬉しい。


「だから、今回を機会にこれからも沢山お話をしたいなって思ってる。これからも仲良くしてくれるかな?」

「もも、もちろんだよ! それはこっちからお願いしたいくらい!」

「真正面から向けられる感情は気持ちがいいわね。そうか、元気っ子を相手にしている時はこんな気持ちだったのね。だったら、あの漫画の主人公が感じていた気持ちは」

「はいはいはい! また、泉さんがどこかに行っちゃいそうだよ! この子はすぐどっかに行くんだから、捕まえておかないとダメじゃない。えいっ」


 そんな泉さんの様子を見て佐々原さん困ったように笑い、泉さんの肩を軽く抱いた。


 あわわわわー! 何そのスキンシップ! 今の文脈で抱き着こうっていう意図は見えなかったはずだけど、どうしてこうなった!?


 ……いや、落ち着け。捕まえておかないと、をふざけて表現したに過ぎないかもしれない。そう、これはただのスキンシップじゃなくて、高度なおふざけの入れて仲を深めようとする交流。まさに、これが百合じゃないのか?


 これが百合だとしたら、私にもチャンスがあるはず。そう、このまま考え事をしていれば……佐々原さんが意識を飛ばした私を捕まえにくるかもしれない。さぁ、佐々原さん! 私はいつでもカモンだよ!


「ちょっと、いきなり抱き着かないで。そういうのは見る専門なんだから」

「えー、ちょっとふざけただけじゃん。もしかして、こういうの慣れてないから照れ臭い?」

「……まぁ、少しは照れくさいわよ。でも! 私は見ている方が好きだから、佐々原さんは別の子にどんどんやってもいいわよ」

「どんどんやったら不審者だよ! 泉さんってばおかしー!」

「私はっ、いつでもっ、カモンだよっ!」

「うわっ!? ど、どうしたの水島さん?」


 私はカモンなのに……なのにっ! どうしてこうなった!?

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