5.余計に仕切る
佐々原さんの机を囲んで私たちはイスに座った。これから百合を学べるらしいんだけど、どんな事をするんだろう。
「でもさ、百合が女の子同士の交流っていうんなら、何も気にせずに話すだけでいいんじゃない?」
「えっ……じゃあ、特に学ぶこともないの?」
「色んな百合があるって言っていたから、その中でウチらに合うやり方があったりするとか?」
「泉さんの反応で百合は複雑なものっていう印象があるから、分かりやすくしてくれるのかな?」
百合が分からな過ぎて疑問形が多くなる。私も佐々原さんも百合は女の子同士の交流を描いたものしか理解してないから、本当に良く分からない。
私たちの疑問を受けて、泉さんが腕組をしながら目を閉じている。あれは、真剣に考えている様子だ。やっぱり、百合ってそう簡単なものじゃないんだ。でも、佐々原さんと仲良くなるためだったらどんなことでも頑張れそう。
しばらく、泉さんは熟考した。私たちは黙って待っていると、固く閉じていた目が開く。一体、どんな言葉が出てくるんだろう……。
「私が今見たいのは、思いを打ち明ける感じの百合ね」
見たい? 思いを打ち明ける?
「それって、水島さんがやったんじゃ……」
「もも、もう一度告白して玉砕しろっていうの!? っていうか、あれは泉さんが先走ったせいで!」
「まぁ、片思いのままっていう切ない状況もグッと来るというか……」
「さっき、仲良くなる手段って言っときながら、仲を切り裂く事態になりかねなくない!? 私のライフをゼロにしたいの!?」
さっき断られたばかりなのに、また断られるために思いを打ち明けるだなんて鬼畜過ぎる!
「意を決して告白する光景と玉砕する光景にはそれでしか味わえない栄養素があるのよ! 今、私はそれに飢えている!」
「私の告白を変な栄養素にしないで! 私にも心っていうものがあるんだよ!」
「でも、水島さんは諦めていないじゃない! また、そこにも栄養素があるから……これもまたっ!」
「私は栄養ドリンクじゃないよ!」
私の決死の告白を栄養素にするなんて、ひどい! ってか、栄養素って何!? カルシウムとかビタミンになるの?
「正直言って、また断るのは辛いから告白は無しにして欲しい」
「うっ……辛すぎるっ!」
「そうね。そう何度もあることじゃないからこその栄養素だから、補給した栄養素で我慢するわ」
「もう二度も振られてますっ」
二人が正直な事をいうから、私のライフがどんどん削られていく。っていうか、私だけ辛い思いしてない?
「まぁ、告白は無しにしても思いを打ち明ければ、今よりも仲良くなれると思うわ」
「どんな思いでもいいの?」
「今、思っている事でもいいと思うわ」
「そ、それじゃあ……見本に泉さんが思いを打ち明けてよ」
「私?」
不思議そうな顔をしているけど、言っている本人が当事者だって事忘れているんじゃない?
「ウチは泉さんがどう思っているか知りたいな。今まではただのクラスメイトだったから、全く会話してなかったから泉さんの事が良く分からないし」
「私も。遠くからでしか見たことがなかった泉さんが、昨日からこんなに近くなって驚いている。そんな泉さんがどんな思いを抱いているか聞いておきたいな」
「私の事なんてどうでもいいわよ。私は百合を見たいのであって、当事者になるつもりはないんだから」
泉さんは百合が好きなのに、百合をするのは嫌って言う事? 普通は好きだったら、自分もやってみたいって思うんじゃないの?
「でも、ウチらじゃ百合は分からないし。お手本見せて欲しいな」
「うん、うん。どうすればいいのか分からない。泉さんが百合らしくお手本を見せてくれたら、できそうだよ」
「百合らしいお手本ねぇ……。私が見たい百合……」
また、泉さんは腕を組んで考え始めた。百合好きな泉さんがこんなになってまで考えるんだから、百合って難しいんだろうな。やっぱり、人と仲良くなるのは誰だって大変だって言う事だよね。
すると、泉さんが腕組を解く。少し視線を逸らしながら、少し言いにくそうに口を開いた。
「私はあまりクラスに馴染めていなくて、これといって仲のいい人はいないわ。だから、これまではクラスメイトとあまり喋らないで過ごしていたの」
それもそうだ。学校一の美人で学年一頭が良い泉さんは高嶺の花のようで、安易に触れてはいけないような感じだった。軽く挨拶はするものの、会話に発展する事がなかった。
「今回二人と沢山喋れて、その……楽しいわ。佐々原さんは思った通りに話しやすくて親しみやすいし、水島さんは大人しいと思ったら全然そんな事なくて面白いところが沢山あって楽しい」
少し照れ臭そうに言う泉さんの姿にちょっとキュンと来た。学校一の美人が恥じらいつつ、思っていたことを告げる姿がこんなにも可愛らしいとは思ってもみなかった。
隣の佐々原さんを見ると、私と同じことを感じていたのかキュンとした表情で泉さんを見ていた。ナニコレ、スゴイハカイリョク。いい、凄く良い表情をしているよ佐々原さん!
「こんな私に付き合ってくれるなんて、二人とも優しいのね。私……そんな二人が好きになっちゃった」
フワッと咲いた、泉さんの満面の笑み。無邪気に笑ったその顔はいつも見せている涼しい表情からは考えられないくらいに人懐っこい。親しみを感じるその笑みに不意に鼓動が高鳴った。
泉さん、さっきの笑顔は反則だよ! 美人の笑顔はとっても効く! この動悸……どうしよう!
泉さんを直視できなくて隣を見て見ると、佐々原さんが目に手を当てて天井を仰いでいた。どうやら、美人の無邪気な笑みに佐々原さんもやられたらしい。だよね、効くよね! その気がなくても、そうなっちゃうよね!
泉さんの顔面が羨ましい。私も泉さんみたいに美人だったら、こんなふうに佐々原さんを悶えさせていたはずなのに! 私も佐々原さんを悶えさせたーい!
悶々とそんな事を考えると、泉さんの無邪気な笑顔がスンとなくなった。
「まぁ、こんな感じね」
「いや、落差が激しすぎるよ! もうちょっと見ていたかったのに!」
「泉さんの顔面は凶器だったね。殺されかけた」
「くっ……私も同じ気持ちだったけど、佐々原さんをこんな目に合わせるなんて、美人の泉さんが憎い!」
「私はさっきから感情がごちゃごちゃになりつつある水島さんが見れて、良い栄養を貰っているわ」
「また栄養素扱いにされている!?」
どの辺に栄養を感じているのか、誰か教えてー!
「じゃあ、次はあなたたちの話を」
泉さんがそう言うと、チャイムの音が鳴った。そして、放送委員の下校時間を告げる声が流れる。
「あら、もうそんな時間なの? まだ、話を聞きたかったのに」
「そうだね、まだ話を……って、佐々原さんに全然数学を教えないで終わっちゃってた!」
「だよねー」
「それよりも百合の方が大事よ!」
「いや、数学を教えるために放課後残ったんだからそっちを大事にしようよ!」
「仕方ないわねぇ、明日も放課後残るわよ!」
あ、あー! その手があったか! じゃあ、また佐々原さんと一緒にいられる? それはそれで嬉しいな。よし、明日も放課後残って佐々原さんに数学の勉強を教えるぞ!
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