4.余計に語る

 終わった……私の恋が終わってしまった。ゆっくりと関係を進めて、そこから恋に発展して、いずれ付き合う。そんな事を考えていたのに……はっきりと宣言されてしまった。


 ……分かっていた。昨日の時点で佐々原さんがその気じゃないってこと。でも、すぐに認めたくなくて、まだ大丈夫だなんて根拠のない自信を持って自分をごまかしていた。


 まだ希望を見ていたかった。ぎこちない交流を深めて、少しずつ仲良くなっていくが楽しくなって、仲良くなっていく過程で私を好きになってくれたら……。


 なのに、それすらできなくなっちゃった。まだ、終わりたくないのにっ!


「そう、付き合う気はないのね。それは仕方がないわね」

「えっ、えーーっ!! さっき、あんなに付き合えって言っていたのに、あっさりそんな事言っちゃうのー!?」

「だって、本人にその気がないなら強要できないじゃない」

「そうだけど、そうだけど! そこは言い出しっぺとして、しつこく食い下がるとかさ! もうちょっと、しがみ付いてもいいんじゃない!?」


 思わず泉さんに掴みかかり、畳みかけるように言う。泉さんは私と佐々原さんが付き合うことに賛成していたのに、そんなにすぐに意見を変えちゃうの!? そこは応援して貰わないと困るよー!


「付き合った方がいいとは思うけど、嫌々やっている百合を見ても嬉しくないのよね。水島さんだって、佐々原さんが嫌々付き合ったら嫌でしょ?」

「それは嫌! 佐々原さんには嫌な思いをさせたくない! ……でも、はっきり断られちゃったから」

「それなら平気よ。まだ道は残っているわ」

「付き合うのが嫌ってはっきり断られた状態から復活する手段があるんです?」


 前のめりになって泉さんに問うと、泉さんは凛々しい表情をして頷いた。


「それが百合よ」

「百合……それが私を救ってくれる手段なの?」

「えぇ、百合は全てを救うわ。とても尊くて高潔なものなの」


 凄い……告白を断られた状態からでも復活できるなんて。百合ってそんなに凄いものだったんだ!


「それって、ウチが嫌な目には合わない?」

「佐々原さんも嫌な目に合わないわ。それどころか、今よりも仲良く楽しくなれる手段なの」

「へー、そうなんだ。付き合うのとかは無理だけど、普通に仲良くなるのはウチは歓迎だよ」


 そ、そっか……付き合うのとかは無理だけど、仲良くはしたいって思ってくれているんだ。首の皮が繋がった……繋がった? いや、あれは一度ぶった切りされて、それを糸一本で繋ぎなおしたようなものじゃない?


 いやいや、これはチャンスだ。佐々原さんと百合で繋がれば、今より仲良くなれるチャンスだし、その先だって夢見ていいかもしれない。うん、百合を使って佐々原さんと仲良くなろう。


「それで、結局百合ってなんなの?」

「あっ、それ! 私も知りたい」

「そうね……百合を語るには一言では足りないけれど、一息で言うなら……」

「「……一息?」」


 すると、泉さんが大きく息を吸った。


「女の子と女の子が厳密に言うと女の子じゃなくてこの場合は女性を示すんだけどでも年齢によって厳格に決められていることじゃないのよねそう年齢差は関係ないわでも女の子っていう言い方がとてもしっくりくるのは私の性癖がそこに集中しているからであってそこに他意は入っていない」

「「……っ!?」」

「まぁ女の子っていう言い方が好きだからそういうんだけどその女の子同士の恋愛や友愛や友情的な交流を描いたものでそれはもう本当に様々なバリエーションがあるってことは知っておいて欲しいけどその豊かなバリエーションのせいで百合とはなんぞやっていう論争が度々起こってしまうのまぁそれだけ百合は魅力的な」

「いやいや、長い長い!!」

「息っ! 泉さんの息が心配だよ!」

「……何よっ、ハァハァッ、まだ……言えたのにっ」

「息も絶え絶えじゃん!」

「百合を語るのに命かけないで!」

「こっちは命かけてるのよ!」


 語るだけに命をかけないでー! こんなところで花の女子高生の命を散らせないでー!


「それで……百合の意味が分かった?」

「えっと……とりあえず、女の子と女の子の話っていうのは分かったかな。佐々原さんは?」

「ウチもそんくらいしか分からなかった」

「はぁぁぁぁぁあああっ!? あなたたち、何を聞いていたのー!?」

「泉さんが思ったよりも早口で聞き取れなくて……」

「泉さんの息がすんごく気にかかって、話が入ってこなかった」


 耳から入った言葉が頭に入っていかないで反対の耳に通り過ぎていった貴重な体験をした。そう言うと、泉さんは物凄く残念な顔をする。泉さんってこんなに表情豊かだったんだ。


「一息じゃなくて、一言で言ったら百合ってなんなの?」

「あ、うん! その方が分かりやすい!」

「……一言、だと?」


 泉さんは難しい顔をして、腕組をしながら唸り始めた。私たちは泉さんの言葉を待っているんだけど、泉さんから一言が出ない。体を左に右に捻りながら唸り続ける。長い時間待った後、おずおずとした様子で口を開いた。


「女の子同士の交流を描いたもの……かしら」


 あ、それなら分かるかも!


「そっか、女の子同士の交流なんだね」

「だったら、普段と変わらない感じなんだ」

「普段と変わらないというか、まぁ……そういう描写もありなんだけど。そういうのは百合度が低くなるというか……でも、そういうのが好きな人たちは沢山いるから需要はあるし。私もそういうのが読みたくなる時があるから……」

「また、長くなり始めているよ」

「なんか思ったよりも複雑なものなんだろうね」


 泉さんはまだ何か語りたそうにしているけれど、これ以上聞いたらややこしくなるから聞きたくない。


「特別なことはしなくても良さそうで安心したよ」

「いえっ! 百合は特別よ、特別なものなの!」

「でも、女の子同士の交流の事なんしょ? だったら、普段ウチらがやっているのと変わりないじゃん」

「そうだけど、そうじゃない!」


 私たちが思っている百合と泉さんが思っている百合には何か違いがあるということかな? でも、そっか女の子同士の交流の事を百合っていうのか。それだったら、百合という名目で佐々原さんと交流が持てそう。


 佐々原さんも百合は嫌がっている様子はないし、問題なく百合ができそうだ。でも、具体的に何をしていいのか分からない。百合をすればもっと仲良くなれるって言ってたけど、どんな風に仲良くするんだろう?


「あなたたちは百合初心者、だから詳しく知らなくても仕方がない。仕方がないけど……思いが伝わらないってこんなに複雑な気持ちになるのね。ちょっと、登場人物の気持ちが分かったような気がするわ。ハッ! この解像度を持ちながら、あの小説を読めばより詳しい感情が分かるんじゃないかしら!」

「おーい、泉さん戻ってこーい」

「私たちを放置しないでー」


 また自分の世界に旅立とうとしている泉さんをなんとか引き留めた。現世に戻ってきた泉さんはいつもの凛々しい顔に戻ると、強気な態度で口を開く。


「じゃあ、もっと仲良くなるために百合について学んでもらうわ」


 百合を知れば、佐々原さんと仲良くなれるチャンス! 頑張って、百合を学ぶぞ!


「えっ……あの……ウチの数学の勉強は?」

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