3.余計な一言
チャイムが鳴り、最後の授業が終わった。教室内は騒めき、それぞれが帰る準備をする。そんな中、私はイスに座ったまま身動きしないで考え事をしていた。
考えるのはもちろんこれからの事。放課後に泉さんと一緒に佐々原さんに勉強を教えることになってしまった。告白がうやむやになって、こんなに早く機会が訪れるとは思ってもみなかった。
いつも遠くで眺めていただけの佐々原さんが近くで感じられる。その事を考えるだけで鼓動は高鳴るし、頬が熱っぽくなる。こんな調子で本当に勉強を教えることができるんだろうか?
悶々と考えていると、肩を叩かる。振り向くと、そこには一条と清水がニヤついた顔で立っていた。
「大変な仕事を押し付けられたな!」
「まぁ、腐らずに頑張ってね」
「うん、ありがとう。しばらく一緒に帰れなくてごめんね」
「いやいや、気にするな。まさか学校一美人で勉強ができる泉と一緒に居られるなんて、いい機会じゃないか」
「お近づきになって、仲良くなってきてね。そしたら、私たちにも紹介して」
いやいや、私がお近づきになりたいのは佐々原さんなんだって。でも、二人の注目は泉さんにいっているみたいだ。そうだよね、学校一美人で頭がいいんだから、意識はそっちに行く。
二人はそれだけを言うと、教室から出て行った。残された私は刻一刻と近づいてくるその時間の事を考えて緊張してきた。
普通に喋れるかな? 変な事しないかな? そんな不安が浮かんでは消えていく。ここで変な事をして、変な子だと思われたら大変だ。だから、平常心を保って――
「水島さん、やっほー」
「ひゃっ!?」
私の目の前に突然佐々原さんが現れた! 思わず変な声を上げて、不自然に体が跳ね上がる。
「あ、ごめん。驚かせちゃった?」
「う、ううん! だだ、大丈夫だよ!」
「みんな帰っちゃったし、早速勉強の手伝いをお願いしてもいいかな?」
「もも、もちろんだよ。わた、私で良ければお願いします!」
「お願いするのはこっちなんだけど……」
わー、急に話しかけてきたからどもっちゃった! それにやっぱり変な事を言っている気がするー! 印象が大事なのに、ちゃんとできなくてガッカリだ……。
そういえば、泉さんはどうしたんだろう? 顔を上げて見て見ると、泉さんは手で四角を作って、その穴からこちらを覗いていた。
「泉さん、何してるの!?」
「ちょっと百合度を測ってたわ。私の合格ラインに達していなくて、とても残念だわ」
「百合度? 合格ライン? 泉さんは面白い事を言うね」
「えっ、佐々原さん……なんでそんなに落ち着いていられるの!?」
百合度とか合格ラインとか意味分からない事言わないでー! こっちは佐々原さんに話しかけられて、ドキドキしているのに……余計に混乱する。
「あれね、見つめ合う時間が少なかったと思うのよ。目と目で思いを交わさないと、百合度は上がらないわ。もう一度、同じ態勢で見つめ合ってくれないかしら?」
「あー……昨日の百合を教えてあげるを実戦しているとか?」
「えぇ、そうよ。百合の良さを知ってもらうには、まず体感するのがいいと思ったのよ」
えっ、ちょっと待って。なんで二人が通じ合っているの? もしかして、私の知らないところで話し合っていたとか? いつの間にそんなことに……私より泉さんの方が佐々原さんと仲良くなっていて悔しい。って、そういうことじゃなくて!
「ちょ、ちょっと待って! そんな事を急に言われても困るし! それに百合って何!?」
百合が分からないから全然話についていけないし。というか、佐々原さんも百合ってなんなのか分からないんじゃなかったっけ?
「あー、確かに。ウチも百合って分からないや」
そ、そうだよね! 佐々原さんも分からないよね!? 仲間がいてホッとしていると、泉さんはとても残念そうな顔をしてこちらを見てきた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「泉さんの気合の入ったクソデカため息なんて貴重だね。動画に取りたい」
「いや、これはみんなに見せたらダメなヤツだよ!」
仮にも学校一の美人で学年一の頭の良さがある人だよ! そんな動画をみんなに見せて、幻滅したらどうするの!?
酷い顔で存分にクソデカため息を吐いた泉さんは私たちを見下すような目で見てきた。うっ、美人だから余計に迫力がある。
「あなたたち、昨日の今日で何も予習はしてこなかった訳?」
「まー、気になっていたけれど泉さんが教えてくれるって言ってたしね」
「わ、私は他の事でいっぱいいっぱいになっていて……」
「な、なんですってっ。百合に微塵も興味がないなんて……」
そう言うと、泉さんはショックを受けた顔をした。百合ってそんなに重要なのかな? あの泉さんがこんなに執着するから、なんか凄いことなのかな?
頭を抱えて項垂れる泉さんはわなわなと震えた後、勢いよく顔を上げた。
「そんなのだと困るのよ! いいカップリングが見つかったのに、その当事者たちが全く百合を知らないなんてっ!」
「カッ、カップリングッ!? いや、いやいや! わ、私たちはまだそんな関係じゃないから! だ、だよね佐々原さん!」
「まぁ、カップルではないよね」
「うっ、そう言われると……心が痛い!」
「どう言えと!?」
うぅ、本当の事だけど……改めて言われるのが辛い。そりゃあ、今はカップルじゃないと思うけど……これから仲良くなって親密になれば、カップルになれるんだもん。
「ちょっと、あなたたちやる気はあるの?」
「勉強のやる気はあるけど……」
「そういえば、全然勉強始めてないよね」
「そんな事より、百合の事よ!」
えー……勉強の為に放課後残っているのに、そんな事にされてしまった。
「まず、あなたたちに必要な知識は百合がどんなものか、ということね」
「ウチに必要なのは数学の知識なんだけど」
「追試まで一週間しかないのに、こんなことやっている暇ないよー」
「こ、こんなこと……こんなことって言った!?」
「ひっ!」
クワッ! と泉さんが睨んできてビックリした。な、なんか不味い事言ったかな?
ゆらりと体を揺らして近づいてくる泉さん。一体なんだろう? と思っていると、急に両肩を掴まれた。そして、鋭い目が私を射抜く。
「もし、百合を知れば水島さんは佐々原さんともっと仲良くなれるわよ」
「えっ……」
「仲良くなれれば、もしかしたら付き合うってことも夢じゃなくなるかも」
「付き合う……」
それは本当なの? 百合を知れば、佐々原さんと仲良くなって付き合うことができるようになるの? そんなこと、そんなこと……!
「知りたい。私……百合を知って佐々原さんともっと仲良くなりたい! あわよくば、付き合いたい!」
「その調子よ! 私から百合を学んで、佐々原さんと付き合うのよ!」
「もしもーし、丸聞こえなんだけどー」
……あれ?
「はっ! あわわっ、聞かれちゃった! あの、その、だからっ……!」
「観念して水島さんの付き合いなさい!」
私が慌てている間に泉さんが余計な事を言う。まだ、友達にもなっていないのに、そんなところまで進めないよ!
すると、佐々原さんの表情が曇った。
「えっと、ウチはノンケだから水島さんと付き合うことはできないよ」
その言葉に私は膝から崩れ落ちた。ゆっくりと関係を進めていくつもりだったのに……泉さんが決定的なことを言うから!
これからどうなっちゃうのー!?
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