7.余計にスキンシップした
二日も放課後残ったのに、全然勉強ができなかった。今日も三人で残る約束をしたけれど、しっかり勉強ができるか不安だ。
このままだと佐々原さんの追試が合格しない事になりかねない。そうならないために、留年をさせないためにも数学を教えなくっちゃ。
固い決意を胸に自分の席を立つと後ろを向く。そこには佐々原さんが残っていて、動いた私を見て笑顔を見せてくれた。
「今日こそよろしくー」
「こ、こちらこそお願いします」
「いやー、結局昨日も話が盛り上がって勉強どころじゃなかったね。楽しくてすっかり勉強の事を忘れてたぐらいだから」
「今日はちゃんと勉強しようね。私、テスト範囲のところを分かりやすくまとめてきたから」
「えっ、そんな事をしてくれたの!?」
私は佐々原さんの机でノートを広げると、まとめたところを見せてあげた。
「わっ、本当だ。綺麗にまとめてある! これって、テスト前にまとめたヤツじゃなくて?」
「佐々原さんに勉強を教えることが決まってから、自分でまとめてみたの。数学が苦手な佐々原さんでも分かりやすいようにポイントを抑えて書いてみたんだ」
「本当だ! 文章の意味が理解できなくて困っていたところが分かりやすくなってる!」
佐々原さんはまとめたノートを見て、とても嬉しそうにしてくれた。良かった、私のまとめたものが佐々原さんのためになっている。それが嬉しくて自然と頬が緩んでしまう。
嬉しそうにノートを見ている佐々原さんを見ていると、不意に佐々原さんがこっちを見た。それだけで鼓動が高鳴って、緊張してしまう。
「これで少しは数学ができるようになりそうだよ!」
イスから立ち上がった佐々原さんは私を――。
「水島さん、ありがとう!」
軽く抱きしめてくれた。私よりも長身な佐々原さんにすっぽりとその腕に埋まり、柔らかい感触が私の体を包み込む。突然の事で思考が停止して何も考えられなくなった。
「こんな事までしてくれるなんて、水島さんは優しいね! 感激しちゃった」
今までにないほど近くで感じる、佐々原さんの明るい声色。それに……初めて感じる佐々原さんの匂い。一度に色んな情報が流れ込んできて、それに溺れてしまった。
「えっ、あのっ、そのっ」
上手く言葉に出せない。けど、次第に状況が呑み込めるようになってきて、現状を理解した。佐々原さんが近い! 柔らかい! いい匂い!
近くで感じる佐々原さんに体中が熱くなり、顔が焼けるように火照る。こ、これは……昨日私が求めていたこと! それが、とうとう現実になって起こった!?
ははーん、なるほど、分かった。昨日は欲のセンサーが働いていたんだな。だから、待っていても来なかった。だが今日は、無欲だったから自然の流れでそうなったわけだ。無欲だ、無欲の勝利だ! ナイス、私ぃっ!
「いい、いいわっ!」
その時、泉さんの叫び声が聞こえた。ビックリして顔を向けると、興奮した様子で泉さんが近づいてきていた。その泉さんは佐々原さんの後ろに移動すると、その体を急に抱きしめる。
「そういうのが見たかったのよ!」
え、えー!? い、泉さん何をしてっ……今、私の方が抱きしめられているのに、佐々原さんを奪わないでー!
困惑している私を無視して、泉さんは佐々原さんの体をくるりと向きを変えて向かい合わせになる。
「佐々原さん、良くやったわ!」
「へっ? な、何が?」
「自然と百合のような状況を作れたじゃない! それよ、そういうのが見たかったのよ!」
一人で興奮する泉さんは向かい合わせの佐々原さんに熱弁をした。
「そ、そう言うのって……ただふざけて抱きしめただけだよ? そんなので百合になるの?」
「なる、なるわ! あの瞬間は花が咲いたようだった。やっぱり、不意打ちの抱きしめはいいわね。抱きしめたほうは感情が高ぶってそんなことをしちゃって、だけど受け止めた方は意識してドキドキする……」
「また泉さんがどこかにいっちゃうよ」
「まさか、その光景が生で見れたなんて……佐々原さん、グッジョブ!」
そう声を上げると、泉さんは佐々原さんに熱い抱擁をした。いや、それ……私がしたかったヤツ! 私が佐々原さんにしたかったヤツを途中から入ってきた泉さんがしちゃうわけ!?
でも、そんな二人が絵になっているような気がする。こっちの方がお似合いのような……く、悔しい! そう思っちゃう自分が悔しい! 私もそんなふうにみられたい!
しばらく、泉さんの熱い抱擁を見ていると突然その腕が解かれる。ようやく解いてくれた……ホッとしていると今度は泉さんがこちらに視線を向けた。そして、佐々原さんの体を避けるとこちらに近寄った。
「水島さんもナイスだったわ!」
「えっ、わ、私?」
「抱きしめられた時の表情……あれは意識しちゃっている雰囲気が出ていた。突然の接触に戸惑いながらも嬉しい気持ちが大きくなって……。とにかく、ナイスな受けだったわ!」
そう言うと泉さんは私を強く抱きしめた。が、学校一の美人に抱きしめられた! 泉さんも柔らかいし、いい匂いだし、綺麗だし……お願い! さっきの佐々原さんの感触を上書きしないでー!
私の中で佐々原さんに抱きしめられた時に感じた物が、どんどん泉さんに与えられる感触に上書きされてしまっている。離して欲しいけれど、こんな美人に抱きしめられるなんてまたとない機会だから、まだ堪能していたい気もしないでもない。でも、私が好きなのは佐々原さんでっ!
泉さんに抱きしめながら、色んな感情が湧いてきてごちゃごちゃになっていく。うわぁぁっ、やめてぇぇっ、佐々原さんの事で頭をいっぱいにしたいはずなのに、泉さんに浸食されていくー。
「へー、泉さんがそんなことをするなんて意外だな。スキンシップとかしないように見えたから」
突然の佐々原さんの声に泉さんは私の体を離してくれた。た、助かった……。
「あぁ、ごめんなさいね。突然、目の前に百合が出てきたからいてもたってもいられなくなったのよ」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、今度から百合っぽいところを見せれば、面白い泉さんがみれるかも?」
「……面白い? それって私のこと?」
「うん。こんなにコロコロと表情を変えて、いきなり大胆な行動を取るなんて、泉さん面白すぎ。ね、友達になろうよ」
人懐っこい笑顔を泉さんに向けながらそう言った。そんな……私よりも泉さんを先に友達に?
「友達、ね。まぁ、それくらいならいいわ」
「やった! 放課後以外でも話しかけてもいい?」
「そんな許しなんているのかしら? いつでも、話しかけていいわ」
「じゃあ、今度友達の町村と沼田にも紹介していい?」
「別にいいけど、仲良くなれるかは分からないわよ」
「絶対に大丈夫だって! 泉さん、面白いもん」
どんどん話が進んでいって、二人の仲が深まっているように思える。わ、私も佐々原さんと友達になりたいのに……何がいけなかったの!?
そ、そうか……佐々原さんを抱きしめれば、私も友達の仲間入りを果たせるって事だね。だ、だったら……わ、わた、私も佐々原さんに抱き着いて、友達に昇格してもらうんだ!
身構えて、佐々原さんの隙を窺う。窺う。窺う……。好きな人にそんなのできたら苦労はしない! やっぱり無理だー!
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