創作たるもの

篠月黎 / 神楽圭

第1話

 一人鍋をつつくテーブルの上で、ポンとスマホの画面が緑色に光る。 



『年末帰る?』 



 佐伯さえきからだった。就職してから十年以上経ち、地元に帰ることも、大学のあたりに遊びに行くこともなく、すっかり疎遠になって久しかった相手だ。なんなら、もともと佐伯から個人LINEがくるような仲ではなかった気がするのだが、珍しい。 


 ワハハと賑やかな笑い声がテレビから聞こえている。ズゾゾと音を立ててよれよれの白菜をすすりながら、左手でLINEを開いた。佐伯からだと思ったLINEは、佐伯からグループLINE「ぶんコミュ(9)」に宛てられたLINEだった。 


 なんだ、どうりで。既読をつけてしまった手前、画面を閉じるのも申し訳ない気がして、開いたままにしてソーセージを口に運ぶ。熱々の肉汁が飛び出ないよう、用心しながら齧っていると、トーク画面に次の吹き出しが現れた。 


『帰るけど、妊娠5ヶ月なんだよねー』 

『マジかおめ。てか結婚報告しようや』 

『まだ結婚してないし』 

『やめろ、ややこしい話ぶっこむの』 



 佐伯と三原みはらが無関係な話を続けるのを横目でみながら、ソーセージをかじり続けた。そのトークがひと段落しても、次の返信はない。 


 今年の年末も、地元に帰るつもりはなかった。帰らない特別な理由があるわけではなく、帰る理由がなかった。だから返事が思い浮かばず、トーク画面は開いたまま鍋を食い続ける。 


 そのトーク画面が薄暗くなった。ロック解除が面倒でちょんと画面をつついて画面をキープすると、拍子に汁が液晶に飛んだ。ティッシュで拭こうと思ったが、テレビの隣に転がっているのを見つけたので、諦めてユニクロのフリースの袖で拭いた。長い毛はあまり汁を啜らず、ただ水滴を伸ばしたような跡ができてしまった。 


 めんどくせえ。気怠い気持ちを溜息にのせてもう一度スマホを手に取ると、また佐伯のアイコンが現れた。 



『引っ越しの片付けしてたら見つけたから、同窓会でもどうかと思いまして』 



 同時に送られてきた写真に載っていたのは、「ぶんコミュ」が文化祭で発行したサークル誌の表紙だった。 


 お、懐かしい……。スマホに顔を近づけながら箸を置く。長年使っている片手鍋はどこかが歪んでいて、箸がコロコロと取っ手に向けて転がってしまったので、仕方なく鍋の中に突っ込んだ。 


 寂しかったトーク画面には『エモい。帰省するでー』『めちゃ懐かしい! まだ悩み中だけど、同窓会あるなら帰ってもいい』次々と吹き出しが連なっていく。 


 この流れに乗って返事をしようとしたとき『つかさ』続く吹き出しが俺の手を止めた。 



尾道おのみち、作家デビューしてるってマ?』


 

 続けて送られてきたのは、『無能の烙印を押されて追放された末の王子、憧れの異世界ダンジョンを旅してみる5』の単行本を持っている手だ。ペンネームは『奥の舗装ほそうみち』。 



『マジ!』 

『我らがぶんコミュから作家様いたんかい!』 

『なんでどいつもこいつも報告を怠るのか、社会人としてなっていない』 

『でも佐伯も報告しないで引っ越そうとしてるんじゃん』 

『市内で引っ越しするのに報告要りますかねえ……』 



 なんか、面倒くさい流れになったな。タイミングを見失い、もう一度スマホを置く。


 

 ところで、我らが「文章を緩く書いて楽しみたいコミュニティ」サークル、略してぶんコミュのサークル人員は、確か20人弱だった。幽霊部員もいたので、いま迷わず名前を挙げることができるのは15人。しかも、LINEができたのは俺達が卒業する頃だったので、卒業後にLINEも分かってグループに招待されたのは9人だけ、そして現状発言したのは5人。 


 ……江田えだも、このグループLINEには入っていたはず。グループメンバーを表示すると「えだちひろ」という名前と、その隣にピースサインの飲み会の写真が出てきた。 

 いま、既読はいくつついたのだろう。大学4年生の飲み会の写真から更新されないままの江田の顔を見ながら、じっとスマホを見つめて考え込む。テレビの音は聞こえなくなっていた。 

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